不屈の魔女
何が天才だ。
何が天災だ。
リオンがいつだか小言のように言っていた。
お前達は俺と違って才能に満ちあふれた人間だと。
俺もそれなりに努力しているだろうけど、きっとお前らは努力すらなんてしたことがないんだろう。
……あぁ、違うんだ。別に悪い意味じゃない。なんていうか……自然なんだ。
その時のリオンの顔は、寂しげでも、悲しげなんてものは一切なかった。
私達を心の底から尊敬……とまではいかなくても、誇りのように語っていた。
普段であればそんな顔はしない。私がこっそりと飲ませたお酒のせいだ。
私達のことをどう思っているの、と。
僅かな下心も見られないように、でも本心が知りたくてついうっかりとした行いだ。
けれど、そこで得られた回答は、私達が欲しかった回答ではなかった。しかし、本心から出た言葉は、余計に私達を燃えさせたのを覚えている。
『人ってのは、強くなりたかったり、頭が良くなりたかったり、なんらかの目的のために努力するんだ。……いや、お前達だってそうなんだけど。自分が望む研究結果のために勉強しているんだろうけどさ。なんて言えばいいか……好奇心の塊? って、なんだこりゃ』
リオンはあまりお酒が強くないらしい。
ちょっと飲んだだけで頭の回転が悪くなっている。
けど、言いたいことはなんとなくわかった。
要は、私達は自分の好奇心に嘘をつかない、ってそういうことを言いたかったんだろう。
誰かよりも強くなりたい、誰かよりも勉強ができる人になりたい。
そういった目的で努力する人が悪いとは思うわけがないし、私だってすごいと思う。
でも、私達はそれとは違う。
誰かと比べたいわけじゃない。
誰よりも強くなくてもいい。勉強ができなくてもいい。
自分の限界を知りたいわけでもないわけではないが、そこまでの欲求はない。
ただ、自分のしたいことをしているだけ。
セラフィはただ冒険したいだけで。
イグスは自分を鍛えたいだけで。
シュリは祈りを捧げたいだけで。
テッドは今を楽しみたいだけで。
トーカは何かを探しているだけ。
理由なんてない。
ただ自分のしたいことをして、それが今になっているっていうだけのこと。
人としての抗えない原点にして自然。だからリオンは私達のことを天災と呼ぶんだろう。
……違う、と叫びたかった。
他の人はそうかもしれない。
けど、それは私に当てはまるものじゃない。
「ほれ、どうした? もう終わりか?」
「っ……」
ゲンケイの声に私は現実に引き戻される。
ゲンケイの手の中にあるのは丸い光の球体。
「儂を止めることは、貴様には不可能なのだよ」
「っ。【音をひき裂き天の爪】!」
詠唱を破棄することで、出の早い魔法をくり出す。
しかし、ゲンケイは私を鼻で笑い、光の球を前に出す。
「あぁ、もう!」
光の球は形を変え、ゲンケイを守るように盾となる。
それを見て、私は盾にかすり傷の一つも与えてやるものかと魔法の軌道を変える。
さっきからこればっかりだ。
「温くなったな。ケイラよ」
「なんですって?」
「遠慮なく儂に攻撃すればいい。こんなもの、盾にもならんというのに」
そう言って、ゲンケイは汚い手で盾に触れる。
すると、盾はまた光の球へと形を戻す。
「たかが、人の命。どのみち終わるものだ。儂を倒すために支払うには安いものだろう?」
「生命を研究している人間の言葉とは思えないわね」
「人の命、というより限りある命に興味はない。儂があるのは研究に役立つ命だけだ」
ゲンケイは自身の固有魔法【魔力操作】を用いて、人々から集めた魔力と魂を同時に操る。
そして、私の攻撃の際に、魂を魔力から分離させることで、文字通り命の盾を作る。
結局は形のない盾だ。何かを防ぐこともできない。しかしだからこそ、そんなものに攻撃を加えたら、盾は簡単に砕かれ、その命が……どうなるかなんて考えるまでもない。
「この、外道がっ」
「だから温くなったと言うのだよ」
ゲンケイはやるだけ無駄だと言わんばかりに、自分の魔力も少しも攻撃に使う気はない。
攻撃されたら人の命を盾にするだけで、自分から私に攻撃を仕掛ける様子はない。
だからこそ、隙がない。
「昔のおぬしなら迷いなく攻撃したはずだ。まぁ、それでも儂は止められないのだが、少しでも一矢報いようと儂をボコボコにしていただろう」
もう魔法は発動してしまっている。
この魔法陣に国中の魔力が収束させられている。
この魔法陣の近くにゲンケイがいる限り、すべての命が、それこそ尽きるまで盾にするだろう。
それがわかっていながら、昔の私だったら怒りにまかせてコイツを……間違いなく殺していただろう。
それをしない理由? そんなの決まってる。
「私はリオンを越えなきゃいけないのよ」
「ふむ? そのリオンとは?」
「アンタが知る必要はない」
速度がダメなら、数で勝負するしかない。
私は脳内を五つに分けるイメージを作り上げると、私の中にある五つの人格を生み出す。
私と同じ思考、同じ感覚を持つ五人の私。
頭が焼けるような、そんな負担を魔法に乗せるように魔法陣を展開する。
「……忌々しい」
頭の中で詠唱していると、ゲンケイがそう言ったのが聞こえた。
一人の人間が同時に複数の魔法陣を生み出すことは不可能である。
その理由は至極単純で、どんなに頑張ろうとも人一人の頭には、一人分の頭しかないからだ。
考え方を工夫すれば、同じ魔法の数を増やすことはできるかもしれない。しかし、まったく別の魔法を同時に発動することはできない。
たしか、それを発表したのはこの男だったはず。
それを否定したのが私。
可能性を否定するのが嫌だったのだ。
できないことを否定する方法なんて一つしかなかった。できることを目の前に示すだけ。
それを私はやった。
だからこそ、ゲンケイは私を憎むのだろう。
しかし、それはこっちの台詞だ。
私だってお前を憎んで、嫌悪してここに立っている。
「五重魔法。【砂漠の塔】【朝露】【対魔法・霧散】【毒蛇の吐息】【空気汚染】!」
ゲンケイの周りを囲うように、どこからともなく現れた砂が舞い上がり、ゲンケイを逃がさんと閉じ込める。
さらに、その表面がじわりと滲んで砂が固まり、内外の空気を明確に分断する。
このままでも窒息するだろうが、中で空気を生み出されては困る。そのために、ゲンケイの魔力を限界まで弱める。
そして、念には念とゲンケイの周りに毒霧を発生させ、さらに空気と融合させることでより体内に吸収されるように促す。
直接的な魔法が人々の魂を人質に躱されるなら、魂に影響のない攻撃を加えるだけ。
……しかし。
「悲しいかな。どちらにせよ、魔法で儂に敵うわけがないというのに」
閉じ込めたはずの声が、はっきりと聞こえた。
「【魔力操作】は魔法に対して最強なのだよ」
閉じ込めたと思っていたゲンケイは、何事もなかったようにひょっこりと塔から出てくるとそう言った。
「お主の魔力はお主の力ではなく、すべて儂の力となる」
ゲンケイが私の魔法で作り出した塔に触れると、塔はグニャリと曲がり、私に牙を向ける。
「一般魔法と固有魔法の決定的な違いはもちろんわかるであろう?」
水で固まれた砂は勢いよく私に放たれ、それに反応して私が杖を構える。
だが、それを見越していたかのように、その手前で、砂が爆発するように四方八方に飛び散った。
「自由の利かない一般魔法で生み出されたものでも、私の固有魔法によって自由が生まれる」
私の全方位を囲んだ砂たちが、弾丸のように弾き出される。
それに対し、全方位からの攻撃を防ぐために魔法を張る。
だが、それすらもゲンケイの手の上で。
「悪手だな」
「ぐふ……っ!?」
突如湧きあがった異物を吐き出すと、それは血だった。
そして、集中が切れたことによって張るべき魔法が消失し、全身に砂の弾丸が突き刺さる。
「がぁっ……」
「自身の魔法で追い詰められる感覚はどうだ?」
回らない頭で考える。
全方位から襲い来る砂の弾……それに対する防御の魔法……密閉された場所でのこの息苦しさ……毒……くそ。
私がやろうとしていたことをそっくりそのまま返すのではなく、よりよい方法を示すようなやり方。
すると今度は。
「頭上に気を付けることだ」
その声に上を見上げてしまったのは、単に焦りからだった。
「何も――ッ!」
ないじゃない、と言う直前、足が持ち上げられる感覚で、自分の足場が上昇していることに気付いた。
しかし、気付いただけでもう遅かった。
ここは私の知らない地下だ。
地下で身体を上に持ち上げられたら……しかもゲンケイの誘導に釣られて顔は上を向けている。
「顔に急な危険が迫ったとき、人は思考停止するものだ」
重心を後ろに動かすなり、なんだって時間はあった。
「あがっ……」
「無様な声だ」
顔を天井にぶつけられてから、それに気付いたって遅い。
鼻から吹き出す血を見ながら冷静に考える。
落ち着け。焦ってもゲンケイの手の上で踊るだけだ。落ち着いて、自分のペースに持っていくことが大事だ、と。
「【ビックバン】!」
自由落下中にゲンケイに向けて魔法を唱える。
「無駄だと言うのがわからないお主ではないというのに」
心底呆れるような表情を見せたゲンケイは、私に右手を突き出した。
「その魔法は何もないところで爆発を起こすのではない。我々が見えない魔力を集めて、それらが爆発するのだ。それを操ってしまえば――」
私のすぐ近くで大爆発が発生する。
咄嗟に防御魔法を唱えたと言え、意識が途切れそうになるほどの威力。
さすが私、なんて冗談でも言えない。
だが、ねらい通りの結果は起きてくれた。
地下で起きた爆発は地上へと続く穴を開け、私は空に投げ出された。
「【こちらに来なさい】!」
「……む!」
ゲンケイに直接働きかける魔法は、ゲンケイの固有魔法でも操作できない。
ゲンケイを空におびき寄せた私は、改めて五つの魔法陣を層のように重ね合わせる。
「あなたの固有魔法が天敵? 笑わせるんじゃないわよ!」
私は思いっきり叫んだ。
「あなたの固有魔法は所詮、一度に操れるのは一つの魔法のみ。つまり、五つ同時の魔法は防ぎようがない!」
地下では場所が狭いこともあったが、何より皆の命を人質にされていた。
しかし、今は一瞬の隙を突いて、その人質と距離を取らせることに成功した。
こうなってしまえば、あとは固有魔法への対処をするだけだ。
そんなの、ないも同然だった。
「五重神滅魔法!」
ゲンケイにねらいを定めるように五つの魔法陣が浮かび上がる。
一つ防げたとしても、あとの四つで確実に息の根を止める。
「天災すら起き――」
あと少し、という瞬間だった。
「なん、で……っ!?」
私の目に映ったのは、ゲンケイの奥に見える巨大な岩と、それを包むように張られた結界。
あれは確かに強力な結界だけど、私の全力の魔法に耐えられるものではきっとない。
今、私がこのまま魔法を撃ってしまったらどうなるか。
……なんで。
「まさに、不幸!」
ゲンケイが高笑いをした。
「守るべき者を殺して、私を殺せるか!?」
「ああああぁぁぁぁあああああッッッッ!!」
なんで!? どうしてこうもうまくいかない!
魔法を撃つ直前に、魔法陣ごと真上に修正する。
私の苛立ちを上乗せした魔法は何もない空へと放たれる。
「一つは落としてやろう」
「ぁぁぁぁああああ!?」
五重魔法のうちの一つが、真下に向けられた。
ねらいは私ではなく、その落下地点は、仲間が必死に応戦している教会。
「ううううぅぅぅぅ!」
頭の血管がはち切れそうな痛みを発しながら、私は魔法をさらに唱える。
やったことのない同時に六つ目の魔法――【飛行】
必死の想いで私は落下地点との間に身体を割り込ませ、自身の魔法に撃たれる。
正真正銘限界を越えてしまい、防御魔法すら張れない私は生身でそれを受ける。
「……ぐふっ」
地面に衝突した私は、砂埃の中で目に腕を当てた。
泣いてたまるか。泣いてたまるか。
その一心を胸に、私は目を擦る。
悔しかった。不甲斐なかった。情けなかった。怒りたかった。悲しかった。死にたくなった。自信をなくして自分を見失ったような気さえした。
「……わよっ」
だけど、立ち上がらないわけにはいかなかった。
どれだけ苦しくても、負けそうでも。
「立ち上がらない理由にはならないわよっ!」
この砂埃を通して頭上のゲンケイを、そしてはるか空を見上げる。
絶対に俯かない。絶対に諦めない。
だって、私がそんなことをしてしまったら。
――リオンは、きっと。
五重魔法と五重神滅魔法、何度も間違いそうになりながら……




