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二人の間違いはどこから……

 ――どこで、間違ったんだろうな……。


 その声に、俺は少し離れた場所で倒れている人物に身構えた。


「やめろ、もう動けねぇよ」


 しかし、シエンがそんな俺を制すように手をあげてそう言った。


「けど……!」

「あぁ、まだ意識があるとは思わなかった」


 そういうことじゃない。


 意識のあるなしはカミュラさんには関係ない。


 その身体で活動する植物を止めない限り、身体は動き続ける。


「【無壁(ブレイクスルー)・改】は魔力だけを傷つけるものじゃねぇ。内側から肉体を壊すものでもある」

「……は?」

「つまり、体内の植物にもダメージが入ったってことだ。直に、身体の中にいる植物は死ぬだろうよ」


 だからもう動けないだろう、そうシエンは言った。


「全然、動かないや」


 シエンとともにカミュラさんに近づくと、彼女は力なく笑っていた。


 それは、学園で見たものと変わらない優しい笑みだった。


 カミュラさんの中にいる植物は、最後の力とばかりに、彼女を必死に動かそうとミキミキと頑張っているようだった。


「まさかシエンくんが私を止めてくれるなんて」

「……悪かったな」

「ふふっ。それは、私を止めたのが自分だから? それとも私を止めたこと?」

「両方だ」


 ――優しいなぁ、シエンくんは。


 そう言ったカミュラさんは泣いていた。


「俺が優しい? そんなわけないだろ」


 シエンがそう言うものの、カミュラさんは首を横に振った。


「優しいよ。私とは違って」


 カミュラさんはまるで懺悔するかのように目をつむった。


「私をこんなにしたけど、私はまだ生きてる。……でも、私はそうじゃない。自分の目的のために、私はたくさんの人を、この国の人々を殺そうとしている。それも、皆に無理矢理笑顔を作らせて。そんな私が優しい、わけ、ない……よ……っ!」


 きっと身体が動いていたのなら、両手を目に当てて、涙を見せまいと泣いていたのだろう。


 でも、今はそれができない。


 俺達に、見せたくもない涙を見せてしまって。見せてしまったからこそ、余計に涙が止まらなくなって、涙がどんどんあふれて(こぼ)れる。


「どう、して……? どうして、そんなにシエンくんも、リオンさんも、皆も、私に優しくするの? どうしてこんなにも、優しくできるの?」


 こんな私なんて死んでしまった方がいいはずなのに、と言われているようでなんだかイラッとした。


 だが、それを言う前に。


「ッ!」


 遠いところで爆発が起きるのが見え、その振動が俺達にも伝わってきた。


 今の爆発は今までのものとは少し違う。


 おそらくあれはケイラによるものだ。


「……どうやったら皆を止めることができる?」

「……無理だよ」


 俺の質問に、カミュラさんはまた、申し訳なさそうに首を横に振った。


「無理でもなんでもアイツらにやらせる。だから教えてくれ」

「そういうことじゃ、ないの」


 カミュラさんは俺の目を真っ直ぐに見つめた。


「私が皆に植え付けた花は、この、植物と同じ。独立しているから。私でも止められないの。死ぬまで、止まらないから。……皆には本当に、悪いこと、しちゃったなぁ……」

「……マジかよ」


 じゃあ、これは止められないのか?


 ここまで来て、ここまでやって、止める方法がない?


 そんなバカな話があるか。


「なんでもいい! 何か手がかりになるものを……そうだ! 種を出してくれ!」


 まだ、可能性はゼロじゃない。


 皆に植え付けられた種をトーカに持っていき、トーカに解析させることができればあるいは……!


 そう思って俺がカミュラさんの前に出ようとしたときだった。


「……おい、待て。今なんつった?」

「……ははは」


 そんな俺を押しのけ、シエンが先にカミュラさんに近づいた。


 その焦り様は、俺の比ではない。


 そして、カミュラさんもそれに気付いて、気付いたうえで笑っていた。


「死ぬまで止まらない? なぜだ?」

「植物はもう、身体に強く根付いてしまっているから。私達の命と、植物は、文字通り一心同体。植物が死ねば、私達も死んじゃう。逆に、私達が死なないと、植物も死なないの」

「……ふざけんな」


 そこでようやく、俺はシエンが何を危惧しているのかに気付いた。


 さっきシエンも言っていたではないか。


『直に、身体の中にいる植物は死ぬだろうよ』


 それは……つまり。


「ごめんなさい、リオンさん」


 カミュラさんは力のない微笑みを俺に見せた。


「実はね。この植物は、私の身体にいるだけで私の魔力も吸い取っちゃうの。だから……ごめんなさい」


 それはつまり、種子を一つ作る魔力すらないということで。




「……どう、すんだよ?」




 俺とシエンは呆然と、ただ黙って見守るしかない。




 ★☆★




 ――どこで私は間違ってしまったのだろう。


 今になって、いや、今だからこそなのか、そんなことを考える。


 カミュラのことも然り、あのときだってそうだ。


 私はいつも手遅れだった。


「サイモン!」


 私の声に振り向いた彼は、今にも泣きそうな笑みを浮かべていた。


「ケイラさん、遅かったね」


 目の前に立つサイモンは自分の手のひらを見つめては、小さく震えていた。


「ははっ。おかしいな……。なんでかな……」


 彼のすぐ近くでは、彼を取り囲むように数多の人が倒れていた。


 そして、彼の手から溢れるように流れ出す血は、心優しい彼には似合うはずのないものだった。


 それなのに、彼はその血を食い入るように見つめるだけで、拭おうとする気配はない。


 だから、一目でわかってしまった。


 私は間に合わなかったのだ、と。


「自分が自分じゃないみたいだ。どうして、これをもっと早くにやらなかったんだろう。ホント……僕はバカだった」


 一線を込えてしまった人は、主に二種類に分かれる。


 根本は同じだ。


 自分は悪くない……ただ、それだけだ。


 そこから、自分ではない誰かにその責任を押しつけてる者と、自分がやったことが正しいことだと自分を洗脳する者。


「……そうだよ。そうなんだよ、やっぱりさぁ!」


 サイモンは私に血みどろの笑みを見せて、宣伝するように言った。


「僕だけがいつも辛いなんて間違ってる! いっつも僕を責めて、僕を傷つけて、僕が傷つけられて、皆笑顔を浮かべているなんてさぁ! 僕がどれだけ我慢してきたと。ぼくの痛みなんて僅かながらも知らないくせにさぁ!」


 彼はその両方だった。


 彼はもう止まらない。止められない。きっと自分自身でも。


「……っ」


 だから、どんなに苦しくても私が彼を止めなくてはならないと思った。


 彼を地獄から救い出したと思っていた私だけど、全然そんなことはなく、彼は今のまだ地獄に縛り付けられているのだから。


 そして、その地獄を他人にまで及ぼそうとしているのだから。


「……どうして? どうしてケイラさんまで僕に武器を向けるの?」


 サイモンは私に失望した。


「僕が悪いんじゃない。ケイラさんだってわかってるじゃないの!?」

「っ……」


 そう。本来、彼はこんなことをする人ではないのかもしれない。


 しかし、それを言ってしまったらすべての人が、どんな悪をしでかしたとしても無条件で許されなくてはいけないものとなってしまう。


 だから、私は彼が、サイモンが悪いと言うざるを得ない。


 どれだけ仕方のないことだとしても、それでも、それをコントロールできなかったのは、一線を越えてしまうという禁忌を犯してしまったのはサイモンなのだから。


「あぁ、なんだよ。やっぱり、ここでもお前が邪魔するのかよ……【不幸地獄(ヘルラックモード)】」


 サイモンは自身の身体を掻き毟る。彼の全身には血に染まって今は見えづらいが、自分で掻いた跡が無数に残っていることを私は知っている。


「コイツのせいだ。なんもかんも全部! お前のせいで、僕はずっと!」


 彼の固有魔法は他の人とは違った。


 セラフィの【神話】と同じように、常に発動し続けている常時型の固有魔法。


 そういった魔法を持っている人は、これまでの歴史の中でも数えるほどしかいないが、その中でも、彼の魔法はさらに特異だった。


「ここに来れば、僕は幸せになれると思ってたのに! それすらも、否定して! なんなんだよ、お前はさぁ!」


 彼の心の底からの叫びは、まるで私がそう言われているみたいだった。


「死ぬまで不幸? 死ぬことすらできないのにっ。どうやったら終わるっていうんだよ!?」


不幸地獄(ヘルラックモード)】の力は単純にして、だからこそ曖昧であり、最低最悪の魔法だった。


 ――死ぬまで不幸になる。


 たったそれだけの、シンプルすぎる文章は、彼を残酷な人生にした。


 人が思いつくような不幸はもちろん。それを理由に人から疫病神と呼ばれ孤立し。親からも見放され。死ぬことを決意しても()()なことに死ぬことはできない。そうした地獄のような経験をして、どうやっても死ねないという体質を見出され、ゲンケイという悪に利用されそうになり。それを私がゲンケイを含めサイモンを説得して彼を逃がした。……結局それも、私がサイモンを殺せなかったということで。


 正確に言えば、彼は物理的に死ねないわけじゃない。


 心臓を刺されても、病気でも、失血でもおそらく死ぬことはできる。


 彼の場合、死のうとしても死ねない状況に陥らせる。


 そういう意味で、彼は死ぬことができない。


「なんだよ、この国……。まるで僕のためだけに生み出された国じゃないかっ」


 誰もがこの国を来れば幸せに、笑顔を浮かべるようになる。


 おとぎ話のような国があるのは、そうなるように昔の誰かが仕向けたからだ。


 ミヌスという国の下には、巨大な魔法陣が描かれていた。


 国の人々によって生み出される悪の感情、負の感情をその魔法陣に吸収させる。


 きっとこの魔法陣を考えた人は、人々の幸せを願ったのだろう。


 しかし、考えてみれば当然のことを忘れていた。


 ――そんな都合のいい魔法は存在しない、という単純なことと。


 その魔法陣は人々の感情を吸収するのではない。一カ所に集めるものだった。


 その一カ所、というものを魔法陣に設定したから、たまたま吸収という結果になってしまっただけ。


 そして……吸収したら必ずどこかに吐き出されるのも自然の理。


 掃除機と同じで、負の感情が上限を超えてしまったら、それ以上のものは吸い込むことはできない。


 だから、本来ならば上限が来た時点で、この国の人々は思い出したかのように負の感情を取り始める。


 ……その、はずだった。


「どうして僕なんだ! 僕が何をしたって言うんだ!?」


 サイモンは何もしていない。むしろされてきた側だ。


 だからこそ、今回のイレギュラーが起きてしまった。


 サイモンがこれまで蓄積していた負の感情は私でも計り知れない。


 そのせいで、サイモンがこの国に入った瞬間に、魔法陣に負の感情がドッと押し寄せ……パンクした。


 押し入らなかった感情の分だけ、サイモンに返ってきただけならまだいい方だった。


 しかし実際はそうはならなかった。


 パンクした瞬間、サイモンにこれまで魔法陣に蓄積されていたすべての負の感情がサイモンに向かった。


 過去数十年、数百年にもまさる負の感情を、あろうことかサイモンは受け止めた。


 受け止めたことがいいことなのか、悪いことなのか。私には選べない。


 受け止められなかったら、今頃サイモンは死んでいただろう。


 しかし、受け止めることができてしまった結果が今に至るわけで。


 後になってみれば、いろいろな理由付けはできる。


 魔法陣がパンクしたとき、いわば、サイモンと魔法陣は繋がった状態。だから、すべて負の感情がサイモンに流れてしまったのだと。


 サイモンがこれまで歩んできた道のりが厳しいものだったからこそ、サイモンは負の感情に慣れ、耐えることができたのだろうと。


 しかし、実際にそうなるかどうかなんて誰にもわからなくて。


 だからもっと簡単に言ってしまえば。言ってしまうとするのならば。




 不幸だった。




 と、サイモンにとって、世界で最も残酷な忌々しい言葉で落ち着いてしまう。


 だが、今回ばかりはサイモンの地獄はこれで終わらなかった。


 いきすぎた不幸はもはや、不幸ではなく、災厄と呼べるのだろうか。


「僕が抱えていた感情と力を少しばかり分けて……これだよ。皆さぁ、弱すぎるよ」


 すべての負の感情を受け止めたサイモンに起きたのは、言うなれば【不幸地獄(ヘルラックモード)】の進化だった。


 それがどういう原理なのかは不明だ。しかし、実際に起きたのだ。


 サイモンに押しつけられたはずの負の感情が国にばらまかれ、それと同時に『不幸』もばらまかれた。


 ――災厄の箱(パンドラボックス)


 国に発生した正体不明の病。


 死んだ方がマシだと思えるほどの激痛が全身を襲い、人に幻覚を見せ、国中で暴動が起きた。


 すべての農作物が突如枯れ、外部からの行き交いは病を理由に絶たれ、食料が尽きた。


 死にたい。死なせてくれ。


 そんな国の声を嘲笑うかのように、毎日生きる希望を見せては、その希望を折っていく。


 死のう。生きよう。死にたい。生きたい。死なせてくれ。生かしてくれ。


 交互に訪れる真反対の感情に、人はやがて疲れ、感情そのものを失っていった。


 そんな中でも何人かの人物が立ち上がって、元凶であるサイモンを取り囲んだものの、突如、ばらまかれた負の感情である殺意を取り入れたことで、仲間同士での仲間割れが起きて自滅。


 それでも死ねない。


 腕を折られ、足を切られ。


 死なないように調整されて、まだ国は死んだように生きている。


 いつになるか誰にもわからない。しかし、この国は生きながら滅亡するだろう。


 この地がなくなるわけではない。


 そしてこのままだと、この地を中心にさらなる被害を及ぼしかねない状態だった。


「……もう終わりなんだよ。何もかも」


 すべてを諦めたようなサイモンの呟きに、私ができることなど――




 ――たった一つしかなかった。



不幸地獄。本当の不幸について考えました

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