とりあえずシエンの援護をしない?
「とどめは俺がやる。お前には隙を作ってほしい」
「あん?」
珍しく、というか初めてシエンが俺に頼んできたことに、俺は驚きと怪訝の表情を見せた。
「普通の【無壁】じゃ、カミュラを傷つけるだけだ」
カミュラさんの中にいる直接魔力を持たない植物に【無壁】は通じない。
【無壁】ではカミュラさん本体を傷つけるだけで、内部の植物は活動を続ける。
どれだけカミュラさんを気絶させようが、内側からカミュラさんを動かしている植物を止めなければカミュラさんは止まらない。
つまり、俺達は内にいる植物をなんとかしない限り、勝ち目はない。
「解決策はもう見つけてるのか?」
「当たり前だ。俺を誰だと思ってやがる」
シエンは当然のように答えた。
「テメェに【無壁】を教えたのは誰だ?」
俺にこの技を教えてくれたのはとある有名な体術家。
そして、この技を使えるのは世界にたった三人。
その体術家、俺、そしてシエンのみ。
俺は体術家から教えてもらったわけで、シエンも同じ理由である。
しかし、俺とはまた違う事情でもある。
「俺は息子で一番弟子だ。テメェは所詮、俺の後輩。二番煎じ」
「どうしてもお前は俺を貶したいのはよぉく伝わった」
「はっ、実際俺の方がこの技の完成度は高ぇ」
俺のパーティ内の役割はいわゆる保険。
それはつまり、誰の代わりになれるようにあらゆる武器を扱える、ということ。
どんな状況でも、一定以上の成果を出すということが俺の役割である。
その中に体術も含まれているわけだが、その性質上、俺は完璧な体術ができる身体を持つことはできない。
剣に扱う者が、手にマメができるのと同じように、剣に特化した者は、自然と剣が扱いやすい身体になってくる。
体術も同じで、何かを極めるためには、極めるための身体になる。ならなければいけないのだ。
しかし、俺はすべてができなければいけないので、何かを極めることは許されない。
「その点、俺は息子ということもあって悪くない身体をしている」
「確かにお前と体術で勝った試しはねぇけど、それがいったいなんなんだ?」
そんなことを言い合っているとき、カミュラさんが俺達の間に何かの種子を投げた。
「うおっ、今度はなんだ!?」
「【種子栽培】――ナイトローズ」
種子から現れたのは巨大な薔薇のような鋭い棘の付いた長い植物。
その植物は二手に分かれて、二体の人間ができあがった。
片手には自身と同じ植物でできた剣のようなものまで持っている。
もはや何でもありだな。
この世界に存在しないものまで生み出すということは、本当に何でもありだ。
だが、何でもありではあるが、その種類は有限だ。
……なぜなら。
「どこまでいっても、人間の妄想にしか留まらない」
俺の考えを代弁するように、シエンが言った。
「どれだけ存在しないものを生み出そうと、生み出せるのはアンタが考えたものだけだ」
人の思考というのは思っている以上に、現実の物事に引っ張られる。
現実のものを参考にして、こんなものがあったら便利だな、こんなものはどうだろう、と考え作られる。
「きっと天才なら、俺達の理解が及ばないものを作り出すんだろうが」
俺もシエンも、なんとなくカミュラさんが生み出せるもの、生み出したものについてわかってきた。
なぜならカミュラさんは天才ではないのだから。
だからこそ、こんな事件を引き起こしてしまったのだから。
「アンタが作れる植物は、自分自身が限界なんだろ?」
「っ……」
自我を持つ植物だといえ、その限界はカミュラさん自身。
つまり、戦闘能力に関しては、カミュラさんとほぼ変わらない。
そんな植物が接近戦。
俺とシエンを相手に?
「相手になりゃしねぇよ」
俺が何をするまでもなく、シエンは懐から筆を取り出すと、人型の植物本体に筆を入れた。
植物の攻撃を躱しながら、シエンは植物に何かを書き込むと、俺に「やれ」と合図を送った。
その合図に頷いた俺が、植物に触れるだけで植物は燃え上がり、あっという間に植物は灰となり崩れ落ちた。
「仮とは言え、俺は教師だぞ? これくらいやれなきゃ、教師じゃねぇよ」
と、シエンは言い放つが、やったことは普通じゃない。
「動く物体に魔法陣を書くのが普通なわけねぇだろ。……つうか」
「三次元の魔法が存在しないとでも? テメェのところだって島では、魔法陣を網のように曲げたって聞いたんだが?」
「それと同等な時点で普通じゃねぇよ」
淡々とペンをクルクル回すシエンを見て、カミュラさんは眉をしかめる。
「やっぱりシエンくんもそっちに行ってしまったのですね」
「……」
「わかっていたんです。あの二人の息子さんですから。特別だって。わかっていたんです」
「……俺はアンタに無様な姿しか見せたことはねぇはずだ」
「いいえ、シエンくんはいつだって私よりすごかった。私が勝ってたことは学校の成績だけ。成績なんてなんの意味もないのに」
――それでも、とカミュラさんは続けた。
「ケイラちゃんとは違って、まだ追いつけると思ってた」
だけど再開したとき、自分は生徒で、シエンは教師になっていた。
追いつけると思っていた背中が、見えたときにはもう追いつけない距離にいた。
その虚しさに、きっとカミュラさんは……。
「……れが……? はっ。わ……ねぇ」
「「……?」」
シエンが何を言ったのか、俺とカミュラさんにはわからなかった。
しかし、シエンが一瞬だけ馬鹿にするように笑ったのだけは見えた。
でも、それは誰かというより、自分に対しての笑いに見えて、俺もカミュラさんも戸惑った。
「なら、今度こそ救ってやらねぇとな」
シエンの中で何が起きたのはわからないが、シエンはもう一度誓いを立てるように筆を構えた。
「おい、いくぞ」
「は? って、おい!?」
理解が追いつかないままに、シエンが駆けだし、それに遅れる形で俺も走り出す。
いったい何だってんだ!?
「っ。【種子栽培】――植壁」
最後に反応したカミュラさんが、足下に種子を投げつけると、俺達から隠れるように、植物の巨大な壁が生える。
だが、植物の壁なんてシエンからすれば、燃えやすく書きやすいスクロールと同じ。
「【炎焼】」
瞬く間に魔法陣を書き終えたシエンの手によって、あっという間に燃え崩れる壁。
しかし、その向こうにカミュラさんの姿はない。
「【種子栽培】――鈴影ノ君」
その声が下から聞こえたとき、俺達は金縛りにあったように身動きが取れなくなる。
「なんだ、こりゃ……!?」
「っ! シエン、後ろだ!」
いつの間に移動したのか、カミュラさんは支援の後ろにひっそりと立ち、拳を引いていた。
俺の声に反応したシエンだったが、振り返ったときにはもう遅い。
カミュラさんの拳がシエンの顔を捉え、シエンが玉のように転がりうつ伏せに倒れる。
だが、それで終わりじゃない。
「ッ!? シエン、おい、逃げろ!」
さっきまでそこにいたはずのカミュラさんが消え、シエンを見下ろすようにすぐ近くに移動している。
これは速いとか、そういうことじゃない。
瞬間移動。
だが、いったいどうして!?
そんなものがあれば、最初からいくらでも戦いようはあったはずだ。
とにかく!
今のカミュラさんの攻撃は尋常じゃない。
一発食らった俺がそう言うくらいだ。二発目、しかも連続でもらったら、それこそ命に関わる。
「クソッ!」
助けに行こうにも身体は何かに縫い止められているようで、まったく動かない。
「おい、シエン! 起きろ!」
無茶を承知でシエンに叫ぶと。
「う、るせぇ……」
と、小さい反応があることに喜びかけるも、驚異は目の前だった。
種がわからないなら、どうにもできない。
そう思ったときだった。
「わかってる、って言っただろうが」
シエンは僅かに身体を持ち上げて、ペンで魔法陣を書き始める。
「【衝撃】!」
二度目の鉄槌がシエンに振り下ろされるその瞬間、カミュラさんの身体がビクンと跳ねたような気がした。
そして。
「くっ」
俺とシエンを縛り付けていた何かが解かれ、寸前でシエンは横に跳ぶことで一時を凌ぐ。
「なんだってんだよ!」
「説明はあとだ、バカ!」
すぐさまシエンが空気中に【障壁】のスクロールを貼ると、見えない壁に数枚のスクロールを貼り付ける。
「五重スクロール。【大和撫子】、【雪結晶】、【蝶舞踊】、【魂反転】、【夜光】!!」
次々と張られたスクロールが同時に光り、さらに光の線で繋がり、一つの魔法陣のように発動する。
これが紙の魔女と呼ばれたキュリアス=カスミの息子であり後継者の真骨頂。
「つうか、いいのかよ!?」
それだとカミュラさんまで傷つけてしまうことになるのだが。
「相手の動きを止めずに、どうやって隙を作るんだよ!」
「そうだけどよぉ!」
シエンのすごいところは良くも悪くも遠慮のないことだ。
仕方のないものは仕方ない、そういって割り切ることで行動する。
他の人ならためらうところを、コイツは一瞬で決断して動く。
「死ななければ問題ねぇ!」
シエンが発動したスクロールから、巨大な蕾が発射される。
「私へのあてつけのつもりですか?」
「さぁな」
それを真っ正面から受け止めたカミュラさんだったが、触れた瞬間、驚いた表情を見せた。
「これは……!」
「その蕾は触れた者のエネルギーを吸収する。そして、それが一定量を超えた瞬間」
勢いよく蕾が開き、その勢いで【無壁】ですら動かせなかったカミュラさんが空高く吹き飛んだ。
「花が咲く」
その花の中心から飛び出したのは、宝石のように青く輝く蝶の群れ。
その蝶は宙に投げ出されたカミュラさんを追い、取り囲むように空を舞う。
「その蝶から放たれるのは防御不可能の光線」
シエンの言うとおり、すべての蝶から黒い光が発射され、カミュラさんを襲う。
「うあぁっ」
その光がカミュラさんを通過する度に、カミュラさんが何かに苦しむような声をあげる。
防御しようとして種子をばらまき、自身の周りに植物を生み出すも、光は植物を無視してカミュラさんへと届く。
「あぁぁぁぁっっ!!」
ならば、とカミュラさんが蝶本体へと攻撃すると、実体のある蝶はあっけなく胡散霧散する。
もちろん、蝶がいなくなれば光線だって止む。
だが、シエンの顔に焦りの色は見えない。
「蝶を殺せば、次に襲うのは残酷な吹雪だ」
カミュラさんが次に気付いたのは、自身の身体の変化だった。
ところどころが赤く染まっているのだ。
いや、よく見れば少し違う。急に白く染まった次の瞬間に、自身の血の色がその白を塗りつぶしているのだ。
「霧となった蝶は氷の結晶」
氷の結晶はカミュラさんの身体を冷やし、そして同時にナイフのように切りつける。
「くう……っ!」
だが、このままやられっぱなしのカミュラさんでもなかった。
「【種子栽培】――ウインギウム!」
背中に葉の翼を生やしたカミュラさんは、吹雪から逃れるように移動する。
しかし。
「……おい、出番だ」
「あ?」
急に俺に話しかけてきたシエンは、空を飛ぶカミュラさんに手を向けた。
……ん?
いや、違う。よく見れば、カミュラさんの近くに、一羽の蝶が飛んでいる?
「こっちに飛ばせよ?」
「は? それはいったいどういう――」
意味だ、と言う前だった。
グルリと景色が変わって、気付けば俺の目の前にカミュラさんがいた。
「……は?」
カミュラさんは俺に驚いた様子を見せるが。
「えっ、どうやって!?」
「は、はぁ!?」
俺も驚きを隠せない。つうか、さっきから足に地面の感触がないんだが!?
「俺が急に飛び出した!? いや、入れ替わったのか!?」
蝶と俺が入れ替わったのだと理解したのは同時だった。
だから動き出しも同時だった。
「いい加減コミュニケーションしろよ、バカ野郎!」
俺の顎を狙った拳は、後ろに仰け反ることで対処する。
近接戦における駆け引き、普通なら負けるわけがないが、一歩でも判断が遅れていれば、俺は死んでいただろう。
俺はカミュラさんの片足を掴むと、もう片方の手でシエンへと向けた。
俺の腕につけられているもの。そのワイヤーは三人くらいなら軽々持ち上げられる。
「おら、これでいいんだろ!」
シエンのすぐ後ろに突き刺さったワイヤーを巻き戻すことで、シエンへと速度をあげて近づいていく。
「上出来だ」
シエンは右腕の裾をまくり上げると、その腕にはびっしりと線が描かれている。
「お前っ、それって……!」
「はっ。テメェの発想力じゃ答えは出せねぇよ」
そう言ったシエンは飛び出し、俺もそれに合わせてカミュラさんを投げる。
そして、二人が交じり合ったとき、シエンの右手がカミュラさんの腹をかざした。
「それで私は止まりませんよ!」
「いいや、これで止める」
シエンの決意にも似た言葉に右腕が光る。
「テメェの仲間が魔法陣を曲げたことで三次元の魔法陣の存在が証明された、そう思ってんじゃねぇだろうな?」
「……おいおいおいおいっ!?」
シエンの右腕で光っていた魔法陣が、動き出した!?
「違ぇよ。それはもっと上のことだ。三次元を証明したんじゃねぇよ。それは時間……四次元だ」
シエンの腕に巻かれていた魔法陣はカミュラさんの腹へといつの間にか移動して、さらに濃く輝いていた。
まさか、コイツ……。
「新しい魔法陣を生み出したのか!?」
「勝手に人を舐めんじゃねぇよ! テメェも、テメェの仲間も!」
「ッ!?」
それはシエンが初めて見せた本気の怒りだった。
どうしてそんなにも怒っているのか、それを俺は尋ねることはできなかった。
……そして。
「【無壁・改】!」
シエンの右手を中心に大きな衝撃がはじけ飛んだ。
技解説
影の植物を使いたい→スズラン(別名:君影草)→鈴影ノ君
『五重スクロール』
①大和撫子→ピンクの花、ナデシコの花言葉『純愛』、五つの魔法の中で最初に始まるイメージ→???
②雪結晶→雪、白のイメージ、攻撃系→???
③蝶舞踊→蝶、元気、飛ぶイメージ→???
④魂反転→本当の逆、他四つと違い独立、個人的な魔法のイメージ→???
⑤夜光→黒い、月の光→???
※五つ(V)のスクロールを光の線(tube)で繋げる
これらをイメージして今回魔法を考えました。
結構大変で、二時間くらいここで悩みました。




