とりあえず死にかけてみない?
なんだこの不穏なタイトルは……
急いで自身の家に戻った私は、トーカのアドバイスのもと、改めて家の中を調査した。
そこで、床から僅かながら魔力を感じ、よく観察してみると床の色によく似た魔力の線が引かれていることに気付いた。
それだけじゃない。
普通であれば、魔力を隠そうとすれば、その隠すための魔法の気配が現れてしまう。
実際、今の私もそれに気付いたわけだが、その感じるはずの魔力の気配が薄い。
色を騙し、魔力を騙し、その他にもいろいろな魔法陣によって、本命の魔法陣を隠している。
この私ですら、ここに魔法陣が隠されているのでは、と思わなければ気付けなかったほどだ。
「……一人じゃないのね。これをやったのは」
これほどのものは、私ですらおそらく作れないだろう。
魔法を隠すための魔法を何重にも張るという、マトリョシカのような技法。
最後の方の人形が大きくなるように、魔法の気配だって大きくなるはずだというのに。
それを損なわないように、綿密で完璧とまで言える複数の魔法陣。
それぞれが、それぞれの弱点を補うような張り方。
これでは、マトリョシカの形になるように、かつ、すべての穴が埋め尽くすようなジクソーパズルを作っているみたいだ。
私が国を出て行ってからすぐに、取りかからないときっとこんなものはできなかっただろう。
「本当に、私が国を出て行ってから、いえ、出て行く前には計画していたことなのね」
そして、あえて一つだけ穴を残すようにして、私に今ここで気付かせるのも全部。
私に研究結果を見せびらかすために。
「そういうところが嫌いなのよ」
私は床の魔法陣を一つ一つ紐解いていくことで、本命の魔法陣を探る。
そして、あっという間にすべての魔法陣を破壊して、最後に残ったのは本命の魔法陣。
封印の魔法陣だ。
そちらも同様に破壊すると、私の家にはなかったはずの地下への階段が、まるで蜃気楼のように浮かび上がった。
ぜひ来たまえ、そう言われているような気がした。
「言われなくてもそうするわよ」
思わずそう言った私は、ゲンケイが待つであろう地下へと向かう。
正直なことを言うと、階段を降りる私の足は重かった。
ゲンケイを止めなければならないことは当然のことで、それ自体に何か思うことはない。
しかし、ゲンケイに会えば、否応にもすべてを知ることになる。
いや、知るのではなく、確実なものとして突きつけられるだろう。
カミュラが私を裏切っていたなんて。
それを確実なものとしてしまうことが何よりも怖かった。
だからといって、足を止めるわけにもいかない。
「待っていたよ、我が一番弟子」
階段を降りた私を迎えたのは、ゲンケイの腹の立つ顔と声、そしてその後ろには大きな光る球体だった。
今にも殴り飛ばしたい衝動をグッと抑えて、私はできる限りの平坦な声を出した。
「前にも言ったはずよ。私はあなたの弟子ではないと」
「では訂正しておこう。未来の一番弟子よ」
それはつまり、自分は近いうちに誰よりも優れた研究を完成させるのだと、そう予言しているようだった。
誰かが立つ地面になるしかなかった自分が、ようやく誰かの上に立てることを、心から喜んでいるようだった。
そんな顔を、この世で最も憎い男がしていることに、誰よりもそれを阻止できなかった自分が憎い。
そんな自責の想いを含め、今にも腹から爆発しそうな怒りを表に出さないよう、顔に力を入れる。
すべてを知らなければならないからだ。
この男の真の目的も。
カミュラについても。
そのすべてを知って、そのすべてが実行されたとしても、そのすべてを私達が止めてやる。
「カミュラまで利用して、何をするつもり?」
単刀直入に聞いた。
それに対してゲンケイは、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりの満ちあふれた表情を浮かべた。
「この魔法陣、おぬしならすぐわかるだろう?」
そう言われて空中に映し出された魔法陣を見て、私は目を見張った。
だって、その魔法陣は……!
忘れもしない。私が固有魔法を失う原因となった魔法陣。
「アンタ、まさか……!」
「勘違いするな。儂は話を聞いてもしやと思って探して見つけただけだ。この魔法陣を開発したわけではない。お主が見つけるよりもまえに儂はこれを見つけ、これを利用する。今という時間は過去の連続である、と誰かが言っていたな。おかげで、お主はこれを止められない」
勝ち誇った笑みを浮かべるゲンケイは、実に楽しそうだった。
まるではるか昔の、子ども時代に戻ったようにはしゃいでいた。
「これを使って魔力をある一カ所、どこでもいい。どこかに集める。するとどうなるか予想できるか?」
そんなのただ魔力を集まるだけだろう。そんな答えをこの男が望んでいるわけではないのは明白だった。
「一カ所に集中させると言っても、一点ではないよ。ある程度の大きさ、範囲になるように純粋な魔力を集めるのだ。もっと言えば、その地域には物質はなく、魔力だけが存在する場所を作る。ここまで言えば、お主もわかってきただろう?」
物質がなく、純粋な魔力だけを集めた場所。
……純、粋?
「まさかアンタ」
それはまさに机上の空論のようなものだ。
誰もやったことがないことがないから結果はわからない。だからこそ、やる価値がある。
だがしかし、そんな小さな欠片ほどの可能性を信じて、ここまでやることなのか!?
「すべての魔力には僅かな魂のようなものが込められている。魔力を使う度に疲労感のようなものを感じるのはそのためだ。しかし、その不純物の混じった魔力を純粋な魔力に濾過する。儂にはそれが可能だ」
ゲンケイはそう言うと、後ろにある光の球体の一部を粘土のように取り出すと、その球体を二つに分けた。
いや、分けたのではない。
あれは分解だ。
「【魔力操作】。それが儂の固有魔法。その名の通りすべての魔力を操る力。敵の魔法すらも操り、そしてこのように魔力の中から純粋な魔力だけを取り出すことも可能となった。『魔力』という曖昧なキーワードはここにも存在していたわけだ。これは、儂自身の論文でも取り上げた通りだな」
普通なら、魔力を操作する力で終わるところを、この男は不純物の混じった魔力と、純粋な魔力を知覚したことで、こんな芸当までできるようになった。
「さて、純粋な魔力には当然ながら魂や命というものはない。命のない魔力は時間がいくら経とうとも変わることはない」
通常であれば不純な魔力は、時間が経てばいずれは小さくなって消滅する。
それは、空気中の魔力に溶け込んだという解釈が濃厚だった。
しかし、この男はこう考えたのだ。
不純な魔力には命が宿っている。命があるものはすべていずれ死ぬ。
つまり、不純な魔力は死んだのだと。そう解釈したのだ。
残念なことに、私も後者ではないかと思っていた。
「純粋な魔力が死ぬことはない。不変であり、不滅である」
さて、ここからが問題だ。
欠片ほどの可能性というのは、この次の話だ。
「この純粋な魔力を使って、ある地域一帯に不滅の都市を作り上げる」
それはまさに不死の都市。
命のない新世界。
そんな場所を作れるのだとしたら。作ったとしたのなら。
ゲンケイは天井を仰いだ。正確には、天井のはるか上。空か宙か。
「都市が作られれば、そこには何かしらの生物が棲み着く。不死の都市に棲み着く生物には果たして命があるか!?」
不死の命。不滅の命。そんな生物をおとぎ話では大きく三つに分けている。
――天使。
――悪魔。
そして……。
――神。
★☆★
「おとぎ話の生物を、本気で信じているのか?」
俺は燃えるような左手の痛みを我慢して、カミュラさんを見た。
そんな俺の問いにカミュラさんは答えることなく、ただただ悲しそうな顔をしていた。
「信じていないわけじゃない。俺の仲間にも神を信じて、毎朝祈りを捧げている奴もいる」
だが、しかしそれはあくまで心の中で存在するものであり、心の平穏を保つものだと、俺はそう思っている。
実際にいるかどうかは、実は祈っている人達もそこまで問題にしているわけではないのではないか、と俺は思う。
「なんでもいいんです。神でなくても。命のない、死なない生命があれば」
カミュラは努めて平坦な声を出しているようだった。
「命の研究、生命の研究。何度も研究しても解明されることはない。生命を研究するために生命を取り出そうとするけど、取り出せば命が尽きる」
だからなくなることのない命を求めた。
なくならない生命があれば、研究はきっと完成する。
「それを信じて、この国の人々は全魔力を投げ打って俺達を止めようとしてくる」
先ほどのヴォルガもそうだが、誰もがどこかタガが外れているようだった。
全魔力を使い切ってでも、俺達を止めようとしていた。
そうじゃない。本当に全魔力を使い切ろうとしているのだ。
その結果、自分達がどうなるかもわかっていて。研究のために、命を削ろうとしている。
「いい加減にしろよ」
俺はわかっていた。
どうしてカミュラさんがこんなにも苦しそうな顔をしているのか。
どうしてこんなにも罪悪感に潰されそうな顔をしているのか。
全部わかっている。
「アンタは操られてなんかいないんだろ?」
カミュラさんが唇をキュッと噛み締めた。
……やっぱりそうだったか。
「ゲンケイはアンタを操ったんだと思っているのかもしれないが、実際のアンタは操られてなんかいない。自分自身の意志で今、俺達の敵として立っているんだろ?」
だから苦しいんだ。
自分の我が儘で、他の人々を殺そうとしているから。
だから悲しいんだ。
それを皆が望んでやっていることだと、言ってくれることが。
「羨んだんだろ。ゲンケイのように」
自分の親友はとてつもない才能の塊で。
自分は優等生であったが、天才ではなかった。
どうやっても親友であるケイラに勝てないことを、嫉んでしまった。
だから協力したんだ。自分と同じ思いを持つゲンケイに。
協力というよりは、互いに利用し合っているのかもしれない。
「もとから同じ想いを持つゲンケイの思想に、アンタは染まることはない。だから、アンタは操られることはなかった」
「……だからなんなんですか」
初めてカミュラさんが俺に敵意を見せた。
「今さら、説得で止まるわけない。それはリオンさんもわかっているはずです」
「いいや、わからねぇよ」
本当は止めてほしかったはずだ。
自分を止めてほしかったのだ。
俺に、じゃない。
「なぜ俺達を呼んだ?」
「っ……」
カミュラが襲われたことをケイラに報告したのは、おそらく彼女自身だったはずだ。
ゲンケイに操られていたのなら、ゲンケイが俺達を呼んだのだと説明できる。
しかし、カミュラが操られていないのなら、いったいなぜ俺達を呼んだのか説明が付かなくなる。
「親友に、ケイラに止めてほしかったんだろ」
だから、俺達を呼んだのだ。
しかしまぁ、その役を仰せ遣われたのはケイラではなく、俺だったわけだが。
「だから俺が代わりにアンタを止めてやる」
俺はそう言って、右手に剣を構える。
ヴォルガに最後の一発を放った左手はもう使い物にならないだろう。
どうしても痛みに気を取られて威力が半減してしまう。
「止められないよ、今のリオンさんじゃ」
「なん……ッ!?」
何かを決したようにカミュラさんは頭上に小さな粒を投げた。
その小さな粒が日差しと重なったとき、それに変化が起きた。
小さな粒だったそれはむくむくと大きくなり、形を変え、日差しで見えなかった粒は、逆に日差しを塞いだ。
それが植物であり、先ほどの粒が種子だと気付いた頃にはもう手遅れだった。
「動、けねぇ……!?」
いったいいつの間に、俺の足、そして腰と腕に植物が絡みついて、身動きの取れない状態にされていた。
「【種子栽培】――バウンド、マーダー」
頭上からは大きな植物が人間の口を模している。その口から唾液のようなものが出ており、それが地面に落ちるとジュウッと音がした。
間違いなく、人をも溶かしてしまう溶解液で間違いないだろう。
食われたら最後。なんとしても食われるわけにはいかない。
の、だが逃れようにも足下から生える植物がまるで生きているように俺の全身に絡みつき、なんだったらこのまま窒息死してしまいそうだ。
「うぷっ……。まじぃ……!」
初手で詰みとか。冗談じゃない。
無壁を植物に撃とうにも、そもそもその体勢に入れない。
そして、俺と口の植物が残り二メートルというとき。
……あ。
――終わった。
走馬燈すら見え始めたその瞬間だった。
「勝手に諦めてんじゃねぇよ」
その声が聞こえた瞬間、俺の前に誰かが立った。
そして、何かを持っている右手を突き出したと思ったら。
「【曲壁】」
そう言った瞬間、巨大な口の植物が何かに弾かれるように飛ばされた。
そして次に。
「【炎焼】」
そう言って俺に絡みつく植物に触れたと思ったら。
「……あつっ。いや、あっつ!?」
全身が燃えるようなていうか燃えてるぅ!?
全身がパチパチと音を鳴らしていることに、思わず飛び退いた。
「テメェ、殺す気か!?」
怒りのままに目の前の人物にそう叫ぶと、その人物は鼻で笑った。
「仮にも命の恩人に対して言うことかよ」
「命の恩人だぁ!? 死にかけたじゃねぇか!」
「うざったらしい植物から解放してやっただろ」
「結果的に見ればな! 危うく焼死するところだったじゃねぇか!」
ふざけやがってこの野郎。
そう言おうと思ったときには、ソイツはもう俺ではなくカミュラさんを見ていた。
それも、背中から異様な空気を発して、だ。
いつもの様子とは決定的に違う雰囲気に、俺は思わず息を飲んだ。
どこが、とは言えない。何も違わないはずなのに、何もかもが違って見えたのだから。
ただただカミュラさんだけを見据えて。
「今度は俺がアンタを止める番だ」
シエンはそう宣言した。
ついにシエンが合流!
忘れてた人も、「え、出番あったの!?」っていう人も結構いるのでは!?




