とりあえず男の勝負に決着をつけない?
もう長引かせない!
この話でリオン対ヴォルガを終わらせます!
肩で息をする俺を、ヴォルガは同情するような目で見ていた。
「リオン、お前は確かに強い。だが、俺には勝てねぇよ」
無傷のヴォルガに比べて、俺の身体はすでに満身創痍。
誰がどう見ても、俺がここから逆転するのは無理だろう。
だが、それで諦められればどれだけ楽だろうか。
「圧倒的な身体能力がある上で、それでも俺に対してカウンターを決めてくるのは、本当に、素直にすげぇよ。俺が戦ってきたやつの中で一番強ぇよ」
ヴォルガは心の底からそう思っているようだった。
だが、それでもこんな結果になってしまっていることにガッカリしているようにも見えた。
「なんだっけ。無壁つったか?」
相手に衝撃を与えるのではなく、相手の魔力そのものにダメージを与える技。
魔力と魂はなんらかで結びついている。
だから魔力にダメージを与えれば、魂、つまり肉体にもダメージが入る。
どんな硬い鎧も、それをくぐり抜けて相手にダメージを負わせられる。
これを利用すればあの硬い装甲もなんとかなると思ったのだが。
「この身体を覆う黒い鎧は玄武、コクヨウだ。効かねぇよ」
あれはただの鎧じゃない。
あの鎧自体が生きている。つまり、魔力の流れを自由に変えることができる。
何度かあの鎧に無壁を打ったが、俺が手を当てている箇所の魔力を空っぽにすることで無効化しやがった。
何度も言うが無壁は肉体に直接ダメージを与えるものじゃない。
魔力のないものに手を当てたところで、なんの意味もないのだ。
「はぁはぁ……」
「あれだけやられてよく立てるな」
「生憎、お前より強い奴らに、ボコボコにされたことがあるもので」
「俺よりも強い相手? 勝ったのか?」
「まさか。勝てる、わけが、ない。トーカ自身が、なんとかしなかったら、俺は、死んでた」
「そうか」
そうだ。あのときはもっとこてんぱんだった。
前だってよく見えてなかったし、途中から記憶だって飛んだ。
それに比べて今はどうだ。
目の上にたんこぶができて見えにくいがきちんと敵が見えているし、ここまでどういう戦闘が続いていたのかだってきちんと覚えている。
「へのへのかっぱよ……」
「はぁっ! まだそんなことが言えるとはな!」
自分を奮い立たせるために発した言葉が、余計にヴォルガをやる気にさせてしまったようだ。
いい加減、俺のしつこさに諦めてやられてくれないだろうか。
なんて、ふざけたことを考えている暇はない。
ヴォルガが線になって俺の前から姿を消した。
「……っ、後ろか!?」
「わかったところで追いつけねぇだろ!」
振り返ったところで、俺の拳も脚も間に合わない。
どのみちこの速さに目が追いつけていないなら、振り返る必要はない。
「なっ!?」
俺がトカゲを倣って地べたに這うように腰を落とすと、俺の上でヴォルガの拳か足が空を切る。
俺はそのまま流れるように後ろ足を払うと、ヴォルガの足がぐらついたのを感じた。
どうやらヴォルガは足を使ったようだ。
自分を支えていた一本足がなくなれば、当然身体は宙に投げ出される。
「無壁!!」
その一瞬を逃さない。
ヴォルガの腹を狙って掌底を振り下ろす。
だが、ヴォルガはそれにすら反応してくる。
「効かねぇよ!」
俺が打とうとしていたところの黒い装甲が避ける。
これでは無壁を打ったところで、ただ腹に手を置いただけに過ぎない。
だが。
「うぐっ!?」
「ただの拳は防げねぇ!」
鎧の仕組みはわかった。
普通の攻撃には魔力を集めて頑丈に、無壁には逆に魔力をなくす。
それがわかってしまえば、あとは読み合い。無壁に見せかけた掌底を打つ。
さて、あいこのないジャンケンをしようぜ。
「気を緩めるなよ!」
「しまった! コクヨウ!」
「遅ぇ!」
俺は振り下ろした掌底をそのまま持ち上げることなく、集中を込める。
今の一瞬の痛みで、コクヨウは反射的に主を守るように鎧で覆った。
それを逆に利用して。
「無壁!」
「おうぇっ!」
さらに地面に叩きつけられるように、勝手にヴォルガの身体が反応する。
もう一発、といこうとしたところで。
「吹き飛べ!」
「やっべ」
ヴォルガからものすごい突風が吹き、俺の身体は簡単に持ち上がる。
今度は俺が宙に浮かぶ番だった。
「クレナ!」
ヴォルガの背中にある炎の翼がゴウっと強くはためいたと思ったら、俺の隣にヴォルガがいた。
「いいじゃん! 俺はもっとすげぇのやるよ!」
「嘘だろっ!?」
「大マジだよ! 炎掌!」
ヴォルガの拳が激しく燃え上がる。近くにいるだけでその熱が伝わってくる。
これが直撃したら本当にシャレにならない。
ヴォルガもわかっているのだろう。
この一撃は、互いの命運を分ける一撃になることを。
「「うおぉぉぉぉおおおおっっ!!」」
俺とヴォルガの互いの叫び声が空に響き渡る。
「ガァァァァッ!」
俺は振り下ろしてくるヴォルガの燃える腕を掴む。
自分の手のひらが燃えるような痛みから、思わず手を放したくなる身体の反応を無理矢理にでも抑え込んで、ヴォルガの拳の軌道を変える。
しかし、ヴォルガの腕はまったく動かない。
「無壁!」
「クソ!」
「うぎっ!」
咄嗟の判断だったが、それはうまくいったようで、ヴォルガの拳が俺の脇腹をかすめる程度に終わった。
ジュウッという音が聞こえたような気がしたが、俺はそんなものを気にせずにヴォルガの背中に回る。
「テ、ンメッ!」
「背中は守れるのか?」
「ッ!? 違ぇ! コクヨウ!」
俺の言葉を素直に受け取ってしまったコクヨウは背中の鎧を固める。
あぁ、そうだ。コクヨウ。
お前は咄嗟になると相手の言葉を鵜呑みにしてしまう。
だから、俺の本当のねらいに気付けない。
「翼を――「無壁」!」
どうせ使い物にならない燃えた手だ。今頃燃えて溶けようが気にするかよ!
灼熱の翼の中に手を入れると、無壁を打ち込む。
ドンッ、という音ともに炎の翼は大きく歪んだ。
そして。
「クレナ! 逃げろ!」
ヴォルガの翼が消え、クレナと呼ばれた少女が飛び出した。
「まずは一人! 【置換】!」
剣を顕現させて、ヴォルガを足場にクレナに飛びつく。
「クレナぁぁぁぁ!!」
ヴォルガの叫びも虚しく、俺は少女を斬る。
少女が悲鳴をあげて、炎となって消えていくの俺とヴォルガは黙って見ていた。
「……ふざけやがって」
その声色は初めて見せた怒りだった。
それは仲間がやられたことに対してなのか、それとも、少女になんの躊躇いもなく剣を振りかざしたことへの怒りなのか。
「召喚されたものは斬られたところで死ぬわけじゃない。しばらく召喚はできなくなるけどな」
「そういう問題じゃねぇよ」
戦力を少しずつ削ぐのは定石だ。
それに対して怒るのは、俺からしてみれば甘さとしか言いようがない。
「俺からも言わせてもらうぜ、ヴォルガ。お前は強い。たぶん俺よりも」
多少戦力を削いだところで、戦闘力というものがあればおそらくまだヴォルガの方が上だろう。
「だが、駆け引きは俺の方が上だ。俺はそういったものを積み上げてここにいるんだ」
戦闘力の差はある。
だが圧倒的な戦闘力でない限り、そこには逆転の余地だって、下克上だってある。
こんなのアイツらに比べれば、まだ弱いほどだ。
「アイツらに勝ちてぇなら、物理法則を越えることだ。その法則に留まっているようなら、お前の相手は俺で充分だ」
「はっ。立っていることもやっとの奴がよく言うな」
「あぁ、その程度の奴に今からお前は負けるんだ」
「ぬかせ!」
地面を抉るほどの脚力でヴォルガは俺に迫り来る。
だが、それは同時に俺の確信が正しかったということでもあった。
「少し速度が落ちてるな」
「だからどうした!」
俺はさっきまでと違ってヴォルガの姿を捉えていた。
やはりあの速度はクレナの力も使っていたのだ。
おそらく、尋常じゃない脚力の他に走り出す瞬間に翼でさらに加速を出していたのだろう。
そして方向転換のときも。
「おかしいとは思っていたんだ」
「何がだ!?」
俺はヴォルガの攻撃をギリギリで捌きながら考察を述べる。
「あれだけの速度を出すのはともかく、その方向転換が普通じゃないと。普通なら速いほど身体に負担がかかり、方向を変える度に止まるはずだ」
にもかかわらず、ヴォルガにはその様子が一切感じられない。
テッドやセラフィならまだしも、ヴォルガがそれを可能にするにはなんらかの仕組みがあるはずだと考えた。
「翼を使って、地面を蹴らずに方向を調整しているのではないか?」
そこで攻撃を受け続けながら、その軌道を見ようとした。
すると、僅かだが方向転換のとき、鋭角ではなく円や楕円のように動いているのが見えた。
姿が見えたわけではない。
「翼から出る火の粉が円を描いていた」
「マジ、かよっ」
小さくて最初は見えなかったが、もしやと思って注意深く見てみると確かにそうだったのだ。
「だから最初に翼を折るべきだと判断した。これによって」
俺はそう言ってヴォルガの懐に入ると、手を当てる。
「させるかよ!」
「ちっ!」
ヴォルガは懐の俺の顎を膝で狙ってき、俺は横に飛ぶ。
さっきまでならここで追い討ちが飛んでくるが。
「急な方向転換はできなくなった。これが一番のねらいだ」
俺が体勢を取り直す余裕が生まれる。
俺との戦いにおいて、最大の戦力は相棒のアオイじゃない。クレナだったのだ。
「ま、それでもギリギリなのは変わらないけどな」
ヴォルガの戦い方が直球になったところで、身体能力では敵わない。
一瞬でも目を離せば俺はあっという間にボコボコにされるだろう。
しかも、今度は遠慮なく。
「第二戦といこうか」
「勝った気になってんじゃねぇよ」
ヴォルガはそう言って自身の足下に映る影にそっと手を付く。
「わかってんだろ。体術だけじゃねぇんだよ」
これがヴォルガの厄介なところだ。
体術だけだったら俺もここまで苦戦していなかった。
問題なのは、驚異的な身体能力と強力な魔法の合わせ技。
「影投影」
ヴォルガの影が形を変え、槍へと変わる。
そして現実にはないはずの槍の影が動く。
「下ばかり見てる余裕はねぇぞ」
「くっ」
あの影の槍が俺の影に刺されば、俺も同様に刺さる。
だが、下だけを見ていればヴォルガに対応できなくなる。
一見すればチートのような技だ。
「どれだけお前にボロボロにされたと思ってる。いい加減、俺だって気付いてんだよ」
俺は迫り来るヴォルガと、その影の槍に向かって飛び出した。
しかし、俺は影なんて見ない。
ヴォルガの動きだけを観察する。
「くそったれ……」
ヴォルガが悔しそうに唇を噛み、せっかくの影の槍が消える。
そのままだったら、俺に突き刺さっていただろうに。
「できねぇよな。そうすると、防御ができねぇから」
「くっ」
これまでのヴォルガは見てわかったことがある。
ヴォルガは同時に複数の力を使えない。
影から炎の出したり、風を起こしながら身体強化を行ったり。
おそらくそれらはあらかじめ練習した攻撃パターンであり、そういった主体的なものはできるのだろう。
しかし、防御という敵の動きによって変わる、臨機応変に動かなければならないものの場合、一つの力しか借りることができない。
要は、影を操れば鎧は操れない。
鎧を操っている間は、身体強化が関の山。そういうことだろう。
だから、もしここで俺に槍を刺せば、俺は痛みを我慢して懐に潜る。
魔力の塊となった鎧は、簡単に無壁によって破壊される。
攻撃を取れば、負ける。なら攻撃を諦めるしかない。
すべて読んでいるぞ。ヴォルガ!
首を曲げることでヴォルガの拳が俺の顔の横を通過する。
翼のない今、ここから最初のように裏拳はやってこない。
だから、俺は両手をかざす。
火傷の左手をヴォルガの顎の下に、無傷の右手をヴォルガの腹に。
「あ、あぁ……っ!?」
ヴォルガ自身もこの行動に頭の理解が追いつかない。
情報量が多ければ多いほど人の思考はパンクしやすい。
無壁を防ぐには魔力の鎧を外すしかない。だが、拳は逆に集めないといけない。右手と左手どっちが何をする。いや、そもそも両方同時になんていうことだってありなくない。顎は脳に近い場所。間違えれば、確実に起き上がれない。間違えられない。左手は火傷で痛いはず、その手で無壁は撃てるのか。右手の腹の位置、鳩尾だ。こっちも間違えれば……。なんだ、何がドウナッテイル!?
ヴォルガの思考は手に取るようにわかる。
もうまともな思考はできていない。
こうなれば簡単だ。誘導するだけだ。
「腹にドンッ!」
「ッ!? ……あぁッ!?」
何の変哲もない効果音を口で言っただけで、咄嗟にコクヨウは身構えてしまった。
腹に鎧を張ってしまったのだ。つまり、顎はがら空き。
ここまで無壁ばかりを使い続けてきたことにも理由はあった。
顎に無壁を打ったところで、脳に衝撃は届かない。
肉体が傷つくだけだ。それでは終わらない。
……悪いな、後出しジャンケンで。
「久し振りにバカをして楽しかった」
俺は静かにそう呟くと、がら空きとなった顎へ勢いよく拳を突き上げる。
その衝撃はあっという間に脳へと届いて……。
「……俺、も……だ」
最後にそう言い残したヴォルガは白目をむいて、パタン、と倒れた。
……でも、これで戦闘は終わりじゃないんです。
これ、ただの前座ですよ?




