とある魔女の追憶
ケイラの過去編
本当はもっと長くする予定ですが、進まないので短くしました。
…それでもまぁまぁ長いんですけど。
――ねぇ、もしかしてあの人って……。
――噂の女ってアイツのことだろ?
コソコソと聞こえてくる話し声に、顔を顰めた私は大きなため息を吐いた。
国を追い出されるように旅に出た私を待っていたのはつまらない世界だった。
親友のカミュラはもちろんいないし、魔法の研究もうまくいっていなかった。
その原因の最たる理由がこれだ。
――各地で数多の男を弄ぶ魔女って言われるだけあってきれいな顔をしてるぜ。
――とある婚約者を寝取ったっていう噂もあるわよね。
くだらない噂に振り回される人々に、私自身も振り回されているせいだ。
カミュラと離ればなれになるのは寂しかったが、あの国を出たことで自由に魔法の研究ができると思っていたのに。
国を出てみれば、これだ。
賢者と呼ばれていたのはノイワールだけでの話だ。
一歩国を出れば、私を知っている者はいなかった。
私の容姿が他と比べていいことは昔から知っていた。
幼少期は何度か告白されたこともあったが、魔法の研究を理由に断り続けていた。
そして、その結果が現れ始めると、今度は手の届かない存在として声をかけてくる者が少なくなった。
私は私の道を邪魔する者達がいなくなって清々したのだが、今になってまた同じ面倒に巻き込まれるなんて。
町を歩くだけで鼻を伸ばした男どもが話しかけてくる。
「ねぇ、ちょっとそこらでお茶でもしようよ」
「男ならここにいいのがいるぜ?」
そう言ってくる輩が鬱陶しくて、何度も国を出ては新しい国に向かって。
おかげで休む暇がなかった。
その上。
「……はぁ。これじゃ、ダメね」
ようやくできた数少ない時間を使った魔法の研究もこのところ失敗ばかりだった。
それもそのはずだ。
頭の中をきちんと整理できていない状態で、研究をしてもうまくいくはずがない。
そして、なにより。
「またなくなったわね」
圧倒的なまでの研究資材の不足。
これからはすべて自分の力でお金を稼いで、自分だけでなんとかしていかなければならない。
私は正式な冒険者ではなかったが、冒険者らしいことをして生活を支えていた。
冒険者になれば、私はそれなりの功績を生むことができるだろう。
しかし、その結果ギルドから緊急クエストと称した義務を与えられ、魔法の研究ができなくなってしまう。
だから冒険者になるわけにはいかない私に送られる報酬は少し少なめになってしまう。
しかも、仕事を取られた冒険者達にとって、私は邪魔と思われる。
特に女性冒険者からの嫉妬、恨みは強い。
根も葉もない噂を立てられたり、噂に尾ひれをつけてまたたく間に広めていく。
余計に私は国を出るしかなくなるわけで。
さっき聞こえていた噂だってそうだ。
話したこともない男から急に好意を向けられ、断ったはずなのに私が悪女みたいに扱われる。
「ほっんと、うっとうしい」
そんな言葉が口癖になっていたときのことだった。
「ねぇねぇ! さっきの魔法なに!? もう一回見せて!」
私への第一声でそう尋ねてきたのは、私と同じくらいの歳の少女だった。
私は久し振りに純粋な目をした人に話しかけられたことに少し驚きながらも、それを表に出すことなくむすっとして聞き返した。
「……いきなり何なの?」
私の魔法に驚く人はこれまでに何人もいた。
しかし、魔法を見てから私を知った人は魔法のことなんて忘れて、私の容姿を褒め称えた。
私の容姿から気に入った人は私の才能に驚き、そして距離を置くようになる。
しかし、この少女はそのどちらでもなかった。
きちんと私を見て、少女はそう言った。
……しかし。
「リオン、この人で間違いないんだよね!?」
「たぶん間違いない」
少女の後ろに立っていた男を見て私はガッカリした。
もしかしたらこの少女とはうまくやっていけるかもしれない。そう思っていた。
おそらく男の名前で呼んだことからも、この少女はこの男と一緒にこれまで何かをしていたのだ。
この少女に害はなくても、この男は私の障害になるだろう。
男に嫌悪を持ち始めていたことからも出た感情だった。
そんな私の様子に少女は気付くこともなく。
「魔法で、バァァァァン、ってできる!? グワァァァァン、とか、ドガァァァァンとか! すごいやつ。ドドォォォォンってできる!?」
……撤回しよう。この少女とも仲良くできる自信がなくなった。
この二人と関わっても、碌なことになさそうだ。
そう判断して立ち上がろうとしたところで、少女の首根っこをリオンがグイッと引っ張った。
「初対面の相手にグイグイいくな。困るだろ」
そう言ってリオンは呆れた顔で少女を自分の後ろに追いやると、申し訳なさそうな顔で私に謝ってきた。
「すいません、コイツ、セラフィはバカなんで。無視してください」
「……別にどうでもいいわよ」
ぶっきらぼうに答えた私を見て「そりゃ、不機嫌にもなるよな」とわかったように呟く男から、後ろで頬を膨らませるセラフィに目を向ける。
いきなりで気付かなかったが、セラフィの方はそれなりに顔がいい。
それに対して、男の方はお世辞にもいいとは言えない、かといって悪いとも言えない、可もなく不可もない、平凡な顔だった。
この二人がどういう関係かはわからないが、顔を見る限りでは、この二人が一緒にいるというのはどこか不自然にも見えた。
そういえば、と私の噂と同時に時折こんな噂を聞いたことがある。
「あ~あリオン。怒らせちゃった」
「俺よりもお前のほうだろ、それは」
とある変わった二人組の冒険者がいる、という噂だ。
いつもケンカばかりしているカップルの冒険者。
片方は最速の魔法とも呼ばれるライトニングを見てから躱したという常識外れな身体能力をもっており、もう片方は一日中魔法を使い続けても切れることのない常識外れの魔力を持っている。
普段、周りに興味のない私がなぜか唯一気になった噂だ。
まさかこの二人のことでは?
そう思ったが私はすぐに首を横に振った。
一日中魔法を使い続けられるなんて、そんなの私くらいだ。
きっと私に言い寄ってきた男と私に対してそんな噂ができてしまったのだろう。
私とタメを張れる人物なんているわけがない。
……でも。
もし本当にそんな人がいるのなら、と私は少し欲が出てしまった。
だから私は二人に。
「もしかしてあなた達がおかしな二人組かしら?」
「ちょっと待て。アンタも俺達と初対面のはずだよな?」
さっきまでの丁寧な口調がまるで嘘のように男はため口でそう私に言った。
しかも露骨に関わりたくないオーラを出してきたことに、私も少しムッとした。
私だってアンタ達とは関わりたくないわよ。
「いいから答えなさい。あなた達が噂の二人組なのかどうか」
「いや、まずその噂とやらがよくわからん」
「使えないわね」
「理不尽すぎる……」
リオンは目に手を当てて天井を見上げている間に、今度はセラフィが何かに目を光らせどこかに行った。
と思ったら、すぐに手に一枚の紙を持って戻ってきた。
そして、何事もなかったかのように。
「リオン! これ見て! 面白そうなクエスト見つけた!」
と、好きなおもちゃを親に見せびらかす子どものように、リオンにその紙をつきだした。
その行動には私も驚きを通り越して「なんだこの自分勝手な女は」と怒りが湧いたくらいだ。
やっぱりこの二人にはついていけない。
「まぁいいわ。どのみちこの国にもいたくないし」
「あん?」
私がぼそりと呟いた言葉にリオンが気付いたようだが、声をかけてくる前にその場を後にする。
リオンは私に声をかけようとしたようだが、セラフィへの返事に困ったようで結局話しかけられることはなかった。
……の、だが。
「「「……あ」」」
次に向かった国で初めて顔を合わせた人物はこの二人だった。
★☆★
「なんでまたいるのよ!?」
「何度も何度も奇遇だね!」
「……はぁ」
それからというもの、ことあるごとに私達は対面した。
私のクエストと違うものなのに、場所が同じだったり。
国を変えたら、私について回るかのようにその国ですぐに会った。
それは相手も同じようで、会う度に私とリオンは同じ顔をした。
「いっそケイラも冒険者になっちゃおうよ! それでパーティを組んじゃおうよ」
「私はあなた達と違って魔法の研究に忙しいのよ」
「魔法の研究!? どういうのやってるの。私もできる!?」
「お前ができるわけねぇだろ」
「え、でも私だってすごい魔法を作ったよ?」
「それはそうだが、その魔法をどうやったら出るのか、生み出すのか。それが研究だ」
「そんなのこう……頭がぶわぁぁ、っとしてやるんだよ! ピカァンって!」
「それを言語化できない時点で無理だ」
何度も会う度にこの二人の関係性も少しずつわかってきた。
噂通りいつも喧嘩している二人だけど、その喧嘩は見ててなぜか周りを心地よくさせた。
いや、口調が強いのはいつもリオンで、セラフィは全然気にしていない様子だから、二人からすれば喧嘩ではないのかもしれない。
そしてなによりも噂と違ったことは。
「俺がコイツとカップルぅ!?」
「そういう噂よ」
「いやぁ、なんだか照れるねぇ。リオン」
「きっも」
まるで吐瀉物を見るかのような目を人に向けているところなんて、後にも先にもこのときしかないだろう。
本当にそう思えた目をしていた。
けれど、この噂がただのガセということに、驚きと同時にどこか納得もした。
確かにこの二人の距離感は近い。
特別な関係なのは目に見えているのだが、それが言葉にできない。けど、不思議と周りに伝わってくる関係だった。
「ケイラは次、どこに行くの?」
いつものようにそろそろ国を出ようとしたところで、珍しくリオンの隣にいるセラフィがそんなことを聞いてきた。
「もうそれじゃ偶然にならないじゃない」
「……ぷっ」
「……なによ、リオン?」
「い、いやなんでも……」
「変なリオン……はいつものことじゃん。よかった」
「殺すぞ」
なぜか突然口に手を当てて笑い始めたリオンを見る私だったが、セラフィの一言にいつものリオンに戻る。
「……?」
だが、そこで自分の違和感にも気付く。
知らないうちに胸に手を当てていたのだ。
「……ケイラ?」
「な、なんでもないわ」
「二人してどうしたの、もう」
リオンと私を不思議そうに見たセラフィだったが、すぐに気を取り直して私に言った。
「今度は私達会わないようにしたらどうかなって思ったの」
「お前もどうした。死ぬのか? 死んでくれない?」
セラフィの提案にはさすがのリオンも驚いたようで、目を丸くしていた。
しかし、そんなリオンの隣でセラフィは言う。
「ここまで偶然が重なると運命って思っちゃうじゃん? でも、ここで一度きちんと分かれたらどうなるんだろうって思って」
「運命を打ち破る的なノリか?」
「打ち破るんじゃなくて強くするの」
「はぁ?」
その頃になると、私もリオンもセラフィの考えにはついていけなくなっていた。
いや、最初から私とリオンはセラフィのやることにはついていけていなかったのだ。
リオンは私と会った時からそれをわかっていたけど、私はそれに気づくのが遅かった。
「もしここできちんと分かれて、それでも次の国で会ったらそれはもう運命も越えたものじゃない?」
「なんだよそりゃ」
リオンは呆れた顔でそう言っていたが、私もリオンもどこか納得していた。
後になってわかるのだ。
言葉足らずで、ふわっとした言い方しかできないセラフィだけど、間違ったことは言ってはいない。
私もリオンもそれを知っていた。
だから、運命を超えた何かを、セラフィはもう見えているのかもしれない。
「私が次に向かうのはミヌスという国よ」
「あぁ、あそこの人達はみんな人がいいって有名だよな」
「ミヌスかぁ……。じゃあ、私達はザルト帝国にしようかな」
「あそこって入国に厳しいって聞いたけど、大丈夫なの?」
「大丈夫でしょ。ね、リオン?」
「俺に丸投げする気満々じゃねぇか、このクソ野郎」
リオンは振り回されながらもやることはやる人だ。
幼馴染の言うことも然り、私の指示や意図もくみ取ってくれようとする。
そんなリオンのことだ。今回もうまくやるのだろう。
「それじゃ、私はもう行くわ」
私が荷物を持つと、リオンが「おう」と笑った。
「次会ったら一緒に冒険者だね!」
「脅迫じゃねぇか」
……なぜだろう。
彼らと会うことが鬱陶しく思っていたはずなのに。
「じゃあね」
こんな気持ちになるのはカミュラと別れた以来だった。
「偶然にならないって、それってつまりは……そういうことだってのに気づいてねぇんだな」
「……また会おうね、ケイラ」
最後あたりケイラは2人ではなく、1人のことしか見てないことに気づきましたか?




