とりあえず宣戦布告してみない?
ドサリッ。
気を失い、後ろに倒れる男の背中に手を当てて、ゆっくりと地面に寝かせる。
これでいったい何人目だろうか。
姿を消しては、奇襲して、一人ずつ確実に無力化させていく。
今はまだ単身で動いているやつばかりを狙っているが、そろそろ複数人で動いているやつらをなんとかしていかないといけない。
気が遠くなりそうな仕事に、思わずため息がもれそうになる。
「はぁ、やだやだ。誰か助けてくれねぇかなぁ」
大きな独り言を呟いてみるものの、状況は変わらない。
あぁ、俺は孤独だ。
「つうか、シエンの野郎もなぜかいねぇし。どこに行きやがったあの野郎」
カミュラさんの護衛はしっかりしているんだろうか。いや、カミュラさんも敵に回ったのだろうか。
「あぁ、もうっ」
未だ俺はこれがいったいどういう状況なのか掴めていない。
誰かに連絡を取りたいが、それもできない状況に、俺はぐしゃりと髪を掻いた。
「見つけた」
「っ!?」
突如背後から聞こえたその声に、ドキリとしたそのとき、開きかけた口を誰かの手が塞いだ。
その塞ぎ方がどこか優しげだったことにも驚いたが、振り返ってもっと驚いた。
「お前は……!」
「さっきぶり」
なぜか顔の前でVサインを出していたのはアオイだった。
ドヤ顔なのがほんのちょっとイラッとすると同時に、安心させてくれる。
「背後を取った。私の勝ち」
「いや……お前。なんで?」
さっきまで本気で俺を殺す気だったはずだ。
それなのに、今はその気配を一切見せないときた。それどころか、俺が振り返っても何も気にする様子がない。
間合いも何もゼロ距離なら、俺の不意の攻撃だって警戒しなければならないはずなのに。
「助けてほしいの」
急に真剣な表情を見せたと思ったら、今度はそう言って頭を下げた。
ますます何が何だかわからない。
「ヴォルガは、操られているの」
しかし、悲しそうに俯くその顔は嘘偽りのないもので。
「ゲンケイに、か?」
頭では敵だと思っているはずなのに、なぜか口がそう動いた。
きっと混乱しているからだろう。そう思った。
「そうといえばそうかもしれない。けど、違うとも言える」
「どっちなんだ」
ゲンケイは言葉のスペシャリストと言えるほど、人を誘導するのがうまいらしい。
てっきりゲンケイの手にかかって、操られているのかと思ったのだが。
どうにもこの曖昧な返答では答えにならない。
「カミュラを止めてほしい」
「カミュラさんを?」
ここでどうしてカミュラさんが出てくるのかは不思議でしょうがないが、カミュラさんが敵に回ることくらいはつい先ほど予想していたところだ。
「まずは事情を教えてくれ。知ってること。全部だ」
やることだけ言われても、それが本当に正しいことなのか判断がつかない状況だ。
まずは状況整理といこうじゃないか。
俺がそう提案すると、アオイは頷いてことの顛末を教えてくれた。
ゲンケイがやろうとしていること。
カミュラさんがこの件にどう関わっているのか。
カミュラさんのこれまでの動き。
ゲンケイの異常性。
そのすべてを。
虚偽の情報を渡されることも考え、じっくりと考察しながら話を聞いたが、どうにも話に矛盾点は見受けられない。
「カミュラを止めないと、ゲンケイは止まらない。そうなれば、この国も、人も物も、ヴォルガもいなくなっちゃう」
最後の名前に特に力が込められていた。
なるほどな。アオイが守りたいのはただ一人ってことか。
「話はわかった。今の状況もな」
なかなかクレイジーなことを企んでいるじゃねぇか、ゲンケイのやつ。
気持ちはわからなくもないが、賛同なんて到底できねぇよ。
「いや、だからこそカミュラさんを利用したってことか」
けど、カミュラさんもカミュラさんだ。
「カミュラさんが操られているからこんなことになっている……か。そんな簡単な話じゃねぇよな」
「え……?」
シエンがどこで何をしているかはわからないが、俺にはやるべきことができた。
「それにしても、どうしてお前は魔法の影響を受けていないんだ? 目に見えない花粉なんて防ぎようがないだろ?」
おそらく俺の中にも花粉は侵入してしまっているだろう。
しかし、花が咲くまでにはおそらく半年とまでいかなくとも、それなりに時間がかかるはずだ。
俺はこの事件が終わってからシュリになんとかしてもらうが、アオイはそうはいかなかったはずだ。
「私は普通の魔物とは違うから。進行も遅いってこともあるんだと思う。でも、少しずつだけど染まってきている。それに、ヴォルガの言うことには逆らえないから」
「今は俺を探す命令で距離を置いているからなんとかなっている、と」
コクリ、と頷いたアオイはどこか申し訳なさそうだった。
けど、すぐに俺に期待の眼差しを向けてきて。
「でも、ヴォルガはリオンとの戦いを望んでいるみたいだった」
そう言ってきたアオイは本当に嬉しそうだった。
「前のヴォルガが、ほんのちょっとだけど帰ってきているの」
「なんでまた」
「強敵と戦えるのが嬉しいからだと思う」
なんだ、そのどこかのバカ馴染みを連想させるかのような思考回路は。
この世界にはバーサーカーしかいないのか?
「目的を実現させたいっていうヴォルガの気持ちも植え付けられた物だけど本当。でも、それと同時にリオンとも戦いたいっていう気持ちもあるんだと思う」
アオイが言うには、今ヴォルガはカミュラの警護にあたっているらしい。
かなりの実力者ということらしい。
そんなことは一瞬対峙しただけですぐにわかったことなのだが。
「どのみち、カミュラさんを止めるにはヴォルガを相手にしなきゃなんねぇわけだ」
だがしかし、その前に、その他大勢も相手にしなきゃいけないわけで。
ヴォルガ以前に、そこまでたどり着けるかが一番微妙だな。
「手榴弾も使い切ったし、どうしたもんか」
カミュラさんはおそらく女子寮の自室で悠々自適な時間をお過ごしなのだろうなぁ、と現実逃避気味に内ポケットに手を入れるが何もない。
寮の中、学校の中。そのどちらでも数人の生徒が待機して極致魔法の準備をしていることだろう。
おそらくもう華夕のような手はもう通用しない。
敵さんは俺を本気で殺しに来ているのだ。
学校にも寮にも、あの頑丈な魔法はかけられていないだろう。
「ふぅ……」
空を見上げてもいい案は浮かんでこない。
と、思っていたのだが――。
「なるほど、空か。うん。その手でいくか」
大した閃きではないが、悪くない手ではなかろうか。
「アオイ、ヴォルガのところに戻っておけ」
立ち上がった俺を、アオイは困惑の表情で見ていた。
そんなアオイに続けて言う。
「俺からの伝言だ」
人を操る言葉なんて俺には入らない。
言葉なんて使わなくても、そうせざるを得ない状況に追い込めばいいだけのこと。
「宣戦布告だ。これから結界を破るが安心しろ。お前の目は俺が覚まさせてやる」
俺はそう言って準備に取りかかるため、走り出した。
★☆★
「宣戦布告って、カッケェな、おい!」
帰ってきたアオイから伝えられた言葉に、俺は興奮を隠せないでいた。
しかも、この結界を破るとまできた。
「無理だろ、そんなのっ……!」
だが、もしそれが本当だとしたら……、そう思うとさらに昂ぶってくる。
この結界は頑丈に作られている。
俺だって壊せないし、これを壊せるやつがいるなんて、考えたこともないくらいだ。
「楽しそうですね、ヴォルガ君」
「まぁな。俺がこの国に来たのは、俺自身の成長のためだからな」
俺がそう言うと、カミュラは悲しそうに、申し訳なさそうに俯いた。
まったく、別に俺は気にしてねぇってのに。
「ごめんなさい。私の計画に巻き込んでしまって」
「謝んなって」
当初の目的とは違うことを俺はしようとしている。
それはわかっている。そしてそれが、植え付けられた偽物の目的だってことも。
「全部わかって、それでも俺はここにいる」
「そうなるようにしたのは私ですよ?」
「そうなんだけどよ。でも、そのおかげで俺はリオンと出会えた。アイツのおかげで、俺は当初の目的を思い出すことができた」
もし、リオンが来なかったら、俺は他の奴らと同じように、偽物の目的を自分の最終地点と勘違いしたままだっただろう。
そしてそれを純粋に良いことだと思ったままだっただろう。
しかし、アイツと出会って、アイツの戦い振りを見ちまって、それで俺は今、俺でいられる。
俺達がやろうとしていることは、俺達にとっては夢のようなことだ。
だが、それを悪と断じる奴のこともわかる。
今の俺でなかったらきっとわからなかっただろう。
「正直頭ん中グチャグチャだ。何が正しいことなのか、わけわかんなくなっちまってる」
それでも俺は笑みを絶やさずにはいられない。
「でも、今だけはすべてを忘れられそうなんだ。アイツがこの結界を破壊して、俺の前に立ったとき、俺はその瞬間だけは、最初の俺に戻って全力で戦えそうなんだよ」
だから、無理にでもアイツにはここに来てほしい。
命を懸けた全力の男の闘いを、誰にも邪魔されずに。
「たぶん、来ます」
自信はなさげだが、それでもそう言ったカミュラに少し驚いた。
「パーティの中では一番弱いと言っていましたが、それでもあのケイラちゃんが認めた人ですから」
俺が短い付き合いのリオンを信じている以上に、長い付き合いをしてきたカミュラを信じているのだろう。
いや、違うな。
本当はケイラに自分を止めてほしいのか。
無意識のうちに親友に自分を止めてほしくて、だからこの国に招いたのだろう。
「ま、俺はケイラをよく知らねぇが、会ったら一戦やってみてぇなぁ」
「瞬殺ですよ」
「即答かよ」
そうこうしているうちに、どうやら動きがあったようだ。
寮の前で見張りをしていた女子が俺達のいる、カミュラの部屋に勢いよく入ってきた。
その女子は何かを伝えるために急いでここに来たのだろう。制服はかなり乱れていた。
男である俺がいるにもかかわらず、そんなことを気にする余裕もない様子だった。
「み、見つけましたっ。転校生です!」
そう言われた瞬間、思わず俺は窓を壊してでも外に出たくなった。
しかし、そうしなかったのは、本人が実際に目の前にいなかったからだろう。
激しい衝動をグッと抑えて、極めて冷静に答えた。
「どこにいた?」
おそらく年上であろう彼女に、俺は思わずため口を使ってしまったが、相手はそんなことを気にしていない様子だった。
「そ、それが。校庭の真ん中に!」
「真っ正面からだぁ!? 面白ぇ!」
もう抑えきれねぇ、とばかりに立ち上がろうとしたところで、カミュラに腕を掴まれた。
「悪ぃがもう抑えらんねぇよ……!」
「ち、違う……。そうじゃなくて、何か、聞こえない?」
「あん?」
カミュラにそう言われて耳を澄ますと、かすかだが確かに音が聞こえる。
雨音のような、だが何かがおかしい音だ。
擬音にするならば、ガチャガチャ? カツンカツン?
なんだ、この音?
この変な音は少しずつ数を増していき、まるで……そう。これは何かが落ちてくる音……っ!?
「な、なんだってんだ!?」
ハッとして窓を開けて、空を見上げようとしたが、俺の目に映ったのは鮮やかで透明な色ではなく、歪な黒色だった。
それが巨大な岩であることに気付いたのは、それから数秒後のことだった。
「何が起こっていやがる!? 何をしやがった、リオン!」
面白くなってきたとか、そういう次元の話じゃないっ。
今、この学園では命を守る結界は張られていない。
つまり、本当に死ぬのだ。こんな巨大な隕石、落ちたらどうなるかわからないリオンじゃないはずだっ。
もはや、手段を選んでいられないってことか!?
だとすれば、今俺が取るべき手段はなんだ!?
アオイの力でこの巨大な隕石を風で持ち上げる? 無理だ。一瞬持てたとしてもすぐに限界が来る。
なら――。
『――結界を破るが安心しろ』
「くっそ……。そういうことかよ」
ようやくそこでリオンの言いたいことがわかった。
俺は片腕で抱き上げるようにカミュラの腰に腕を回すと、窓の縁に足をかけた。
「ヴォ、ヴォルガ君!?」
「いいから口を閉じろ! 舌噛むぞ!」
やられた。完全に逆手に取られた。
アイツ、結界を利用しやがった。
この巨大な隕石を防げるものは一つしかない。俺達が作った結界だ。
確かに、この結界は魔力さえ足りるなら、結界自体を動かすことができる。
だから、この結界を女子寮だけを覆うようにすることはできる。
女子寮にこの結界を張れば、確かに俺達は生き残れる。
だが今、リオンは校庭にいるという情報が入った。
それはつまり、今、リオンは囲まれているということで。逆に言えば、今、俺達の大多数が校庭に集まっているということ。
女子寮に結界を張れば、校庭にいるリオン含めて……。
それを見越した上で、リオンは女子寮にめがけて隕石を落としてきた。
では、結界を隕石と学園の間に挟み込むように張ればいいのではないか。
しかし、それでも同じ。
結界でこの隕石を単純に防げば、隕石はそのまま転がって街に落ちる。
もし、そこに人がいる可能性を考えれば、その方法はできなくなる。
この隕石を結界で防ぐ、そうすれば必ず俺達に被害が及ぶことになる。
となれば、他に方法は一つしかなかった。
「お前ら! この隕石を覆うように結界を張れ!」
下にいる仲間達に向かってそう叫ぶ。
「俺達はその結界の中に入る! だから、ある程度のスペースがほしい!」
内にも外にも頑丈な結界を利用して、この隕石の位置を固定させるしかない。
そして、それと同時に俺達はその中に入るしかなくなる。
「結界の外にいたらマズいんだろ?」
「はい、恐ろしく速い人がいるみたいで……たぶん、一瞬でも気を抜いたら」
「はっ。あの用務員、ただもんじゃねぇとは思ってんだが、本当にそうだとは」
突然の事態に、アオイの力を完全に出し切れていない。
この状況で持ち上げられるのはカミュラ一人だけだ。
カミュラを持ち上げて、リオンがいるであろう校庭を見下ろすと、俺は思わず笑みがこぼれてしまった。
なんだよ、そういうことかよ。
「……完全に手のひらの上で踊らされたみたいだぜ?」
「……え?」
俺が校庭を指差し、カミュラに目を向けさせると、そこにはいるはずのリオンの姿どころか、仲間達の姿の欠片もない。
どういうことかと戸惑うカミュラを抱えたまま、隕石の上に乗ると、結界によって再び俺達は閉じ込められた。
カミュラを下ろすと、俺は思わず地面の隕石を蹴ってこう言った。
「許可なく女子部屋に入ったと思ったら、今度は女装ってか? 恥すら捨てなきゃやってらんねぇな」
後ろを振り返ると、そこにいたのは俺達に虚偽の報告をしていた女子だった。
「テッド程ではないけど、変装の術は知っている。よく聞けば、いつもと声が若干違うことにも気付けただろうな」
「気付くもなにも、もともとの声を知らねぇよ」
「だと思った。念には念を入れて違うクラスの女子の変装をしていて良かったぜ」
見た目は女子なのに、声は完全に男だった。
確かによく聞けば声質がさっきの女子と同じだ。いや、それは逆か。
「服を重ね着して、なおかつ服を乱すだけで胸は誤魔化せる。顔はさっきあり合わせの美術道具で作った。地味だが悪くない特技だろ。もちろん、アイツらに比べればどれもゴミみたいな特技だが」
そう言って最後に、仮面をはいで、どこかから取ってきたのだろう制服を破くように脱いだ、目の前の人物は不敵な笑みを浮かべていた。
「お前の望み通り一対一の男の勝負しに来てやったぞ」
そう言ったリオンの目は、俺がかつて目指していた目だった。
実は当初の予定ではヴォルガとは街中での戦闘だったんです。
それが急に学園の中になってしまったおかげで、どうやって一対一の構図を作ればいいのか、ここはかなり悩みました。
…章の最後に改めて説明しますが第3章あまりにも予定外がありすぎです。




