自分の不甲斐なさが恥ずかしい
「ゲンケイが脱獄!? いつ、どうやって!?」
私の家のドアを勢いよく開けたトーカをなんとかして落ち着かせて、私達はシュリが経営する教会に集まった。
そこで聞かされた第一声が、私がもっとも怖れていたものだった。
「つい先日。でも、それに気付いたときにはもう手遅れだった」
「あの男には厳重な監視がつけられていたのよ! どうして!」
「ケイラ落ち着こうよ。トーカに怒っても事実は変わらないよ」
そんなことはわかってる。トーカが悪くないこともわかっている。
でも、こんな事態になることはあまりにも想定外なのだ。
なんらかの傾向とか、兆候があったのならわかる。
トーカがそれを分析する前に、脱獄させられていたのならまだわかる。
何にもない状況から、突然いなくなったなんてありえないのだ。
あの牢獄には限定されているが人も往復しているし、遠距離から様子を観察するための魔法だって展開されている。
魔法に関して対策されていたのならまだわかる。だが、人はどうする。
毎日監視に行っている人が、ゲンケイがいなくなっているのに何の報告もないなんて。
「幻術にかかっていた? でもどうやって」
あの牢獄の中では魔法を使えない。私ですら使えない。どこか落とし穴が合ったとしか考えられないが……。
「違う。そうじゃないよ」
しかし、トーカはそんな私の考えをあっさりと否定した。
「兆候のようなものはあったのかもしれない。でも、それは私達ではなかなか気付けないものだったんだよ。私達がここに来る前から、ずっと継続的に行われていたものだったのだから」
継続的に行われていた? それはいったいどういう意味だろう。
「それに気付いたのもついさっき。私はゲンケイの脱獄に気付いてとりあえず皆に報告しようと思っただけ。でも、その途中でこの仕組みに気付くことができた。もう、手遅れだったけど」
トーカは意味ありげに私の目を見つめた。
それが最初、私には何を意味しているのかわからなかったが……。
「シュリ、子どもたちは?」
「もう寝かせてあります」
トーカの突然の質問に、なぜかシュリが神妙な顔で答えた。
イグスも珍しく難しい顔をしている。この二人はもうすべてを知っているのかと思ったが、そういうわけではないらしい。
どうやら何かがこの教会で起きたようだ。
トーカはゆっくりと覚悟を決めたように頷くとゆっくりと口を開いた。
「さっきも言ったけど前兆はあった。けど、それに私は気付けなかった。たまたまだったんだろうけど、それは私の落ち度だとは思う」
トーカは淡々と話しながら、テッドを見た。
「テッドには魔導隊の様子とか言っていたんだけど、それでも気付けなかった」
「魔導隊? なんか言ってたっけ?」
「ちょっとテッド。まさかあんた」
「いやいや。待ってって。本当に魔導隊の話はわかんないって。トーカが魔導隊で手に入れた情報はどれも今回の事件には関係なかったはずだし、それについてもちゃんとケイラにも報告してたじゃん」
「そこじゃない。魔導隊の活躍じゃなくて、魔導隊の様子だよ」
「ど、どゆこと?」
「魔導隊の皆のチームワークがいいってこと」
「え、えぇ?」
テッドは普通の困惑とは少し違った評定を見せる。まるで「その話、君がするの?」みたいなそんな感じ。
「そしてこの教会の子どもたちの異変」
「あ、あの異変というのはなんでしょう?」
最も孤児の近くにいたシュリが責任を感じてか、くい気味に尋ねた。
しかもその様子は尋常じゃない。
この教会でいったいなにがあったというのか。
「くしゃみしたり、咳をしたり。鼻水を出したりしてた」
「だからそれは風邪じゃないの?」
テッドの言うとおり、別に変わったものじゃない。
それに全員がそうなっていたのならまだしも、一部の子どもたちだけだ。
おかしなところは何もないはずだが。
「私も最初はそう思った。あまりにもバラバラなピースで。でも、最後のピースを聞いたとき、バラバラなピースがそれによってすべてハマってしまった」
トーカは一度溜めて、私を見る。
「ケイラのお友達の固有魔法だよ」
カミュラの固有魔法だって?
「カミュラの魔法がなんだっていうのよ?」
自分の友達が悪くいわれるような気がして、少しムッとした返事を返してしまった。
しかし、そう返されることもトーカには予想済みだったのだろう。
トーカは顔色一つ変えずに話を続けた。
「現実に存在する植物を生み出す魔法。それは合ってるよね?」
「植物……です、か?」
そこでシュリがハッとしたように立ち上がって、トーカを見た。
トーカが黙ってコクンと頷くと、シュリはペタンと力なく椅子に崩れ落ちた。
「な、なんなのよ?」
いまいち理解が追いついていない私に、シュリが震える声で言った。
「子どもたちは風邪じゃなかったんです。あの症状は風邪ではなく、花粉症だったんですね。だから一部の子どもたちだけに症状があったんです」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
その言い方はまるで、私の親友であるカミュラがこの事件に関わっているみたいな。
そんなことあるわけがない! あっちゃいけない!
「ゲンケイに洗脳された始めの被害者。その被害者が真っ先に襲った相手の中にケイラのお友達がいた」
「……は?」
何を言っているんだ、この新参者風情が。
「ケイラ、落ち着いて。ほら、トーカも怯えてるでしょ」
「落ち着けるわけないでしょ!」
つまりはこういうことを言いたいのか。
「ゲンケイは洗脳した信者を使って、カミュラを襲わせた。けど、本当のねらいはカミュラを間接的に洗脳させること。そう言いたいんでしょ!?」
ゲンケイは最初に自分の監視官を洗脳させた。
その監視官はいわばゲンケイの分身とも言える存在になった。
そうして分身を作り出したゲンケイはカミュラに洗脳をかけるように指示を出し、カミュラを襲わせるふりをして洗脳させた。
だからあの監視官は定期的に監視役を交代させるように言ったのか。
自分が監視を外れて、カミュラを洗脳する隙を作るために。
「……ううん。違うよ」
しかし、それすらトーカは否定した。
「な、なんだって言うのよ、さっきから! 早く言いなさいよ。簡潔に! 早く!!」
「……カミュラはずっと前からゲンケイの手先だったんだと思う」
「………………………………っは」
意味のわからない。ふざけた変なことに、笑ってしまった思わず。
なんだって? 小娘が。
私達のことを一切知りもしない、データ上でしか物事を見ることができないくせに。
「伝言ゲームと同じ。どれだけ最初の人が上手な伝え方をしても、その次の人が同じように伝えられるかは別の話。ましてや、人を洗脳させてしまえるような言葉術。繊細だと思う。ノウハウを教えたとしても、たった数ヶ月で間接的に洗脳させるように育てることは不可能」
「……」
矢継ぎ早にそう立てるトーカに反応しない私を見てか、代わりにテッドが応えた。
「ふむふむ。それで?」
「ここからは私の分析の結果になるけど。カミュラは自身の固有魔法で、ある種を生み出したんだと思う」
「その、ある種というのは?」
「人の思考を閉じ込めて、違う誰かに植え付ける種。言ってしまうと、オリジナルの人と同じ考えになる種。性格とかそういうものは変えない。けど、核となる思考そのものだったり、考え方が変わる種」
その種が体内に入って花が咲いたとすれば。
お互いの動きを知り尽くしたかのようなチームワーク。
街に出てから止まらない風邪のような症状。
その種から咲いた花から出る花粉がこの町に充満しているとすれば?
無意識のうちに、この町の全員の中にその花が咲いているとすれば?
そこまで考えて、テッドは「やられたね」と肩を下ろした。
「この種を生み出すことに成功したのが、ゲンケイが捕まる前なのか、後かはわからない。けど、その前には作り出そうとする意志は間違いなくあったんだと思う」
私が旅に出る直前に言っていた「うまくいっていること」とはそういうことだったのか。
あの時点でもう、手遅れだったのか。
「ゲンケイは檻の中で、種に思考をコピーさせていた。そして、うまくいったので監視官に渡し、監視官はカミュラを襲うふりをしてこの種をカミュラに返した。カミュラはそのゲンケイの思考が入った種を実際に存在する種として再認識することで、この種を増やしていった。あとはそれらが花咲くのを待つだけ」
「っ……」
悔しさと不甲斐なさから唇を噛むことしかできなかった。
だが、だとしても一つだけ疑問が残る。
「けど、そんな種あるの? あるんだったら、危険な植物として有名になっていてもおかしくないんだけど?」
カミュラの固有魔法は現実に存在する植物の種を作り出す魔法。
人の考え方を歪める種なんて私含めて誰も聞いたことがない。
しかし、カミュラが作ることができたということは、そういうことになってしまうわけで。
そこでようやくゲンケイの卵の話を思い出した。
ニワトリが先か、卵が先か。
全部、並んでいたのに。どうして私は……っ!
「その種は本当であれば存在しない」
トーカは重い表情で私を見る。恐怖か、不安か。どちらにせよ、状況に対してだけのものではないだろう。
「ケイラはもうわかったんじゃない? 存在しないものを生み出す方法」
「……えぇ」
認めたくはないけど、ここまで完璧なものを見せつけられたら、認めざるをえない。
悔しくもそれは、カミュラにとっての大きな前進なのだから。
親友の私がそれを認めないわけにはいかない。
「『固定概念の拡大・拡張に伴う、固有魔法領域の新たな拡張』」
「なにそれ?」
ゲンケイが発表した論文の一つだ。
「要約すると、固有魔法を屁理屈でねじ曲げるってことよ」
カミュラの固有魔法の特徴は『この世に存在する植物の種を生み出す』こと。
一見してみれば、何もねじ曲げようにもないと思われる。
だがしかし、『存在』というのは何だろう。何を持って存在にあたるのか。
例えば、手に触れたことのない植物。図鑑でしか見たことがない植物。
それらを生み出すことは可能なのか。
実際カミュラは、昔は自分が触れた植物しか生み出すことはできなかった。
しかし、私がいなくなってから図鑑に載っている植物も生み出せるようになったとすれば。
そりゃ、図鑑に載っているなら実際に存在しているわけで、生み出すことは可能だろうと思うかもしれないが。
図鑑に載っている植物がもう絶滅していたり、もしくは、その図鑑が嘘をついていたのならどうだろう。
もちろん、これは頭の中だけで考えていることであり、突拍子もない考えなのだが。
『存在する花』という文を『存在すると信じた花』と解釈することができたのなら。
実際になくても、例えばゲンケイが「こんな花が存在する」と信じ込ませたのなら、カミュラがたとえ見ても、触れていないとしても、その花は生み出せるのではないだろうか。
「たぶん、できるわね」
こんなときでも、こんなときだからこそ冷静に考えて、そう結論付ける。
実際に成功したという例は多くはない。しかし、カミュラの努力と熱意があればできてもおかしくない。
「なら……次はどうする?」
窓から見えるリオンがいるであろう学園は、黄色の膜のようなもので覆われている。
あの強力な結界を破る方法はないわけではない。けど、それは相手側もわかっているはずだ。
だから、たぶんあの結界をなんとかする時間はおそらくない。
本当は今すぐあの中に入って、カミュラを止めて、皆に植え付けられた植物の解除方法を知りたい。
でも、それは私の仕事ではない。……なんて様だ。
「カミュラさんはリオンに任せるしかないんだけど」
「問題は私達ね」
ゲンケイを止めようにも、肝心の居場所、そして最終的に何をしようとしているのか、それがわからない。
今、何をすべきかわかるようでまったくわからないのだ。
「安心して」
そこでもトーカが口を開いた。
「ねらいはわからないけど、居場所は必ず私が見つける」
それは確固たる自信ではなく、意志、決意だった。
「孤児達の中にもゲンケイの思考の欠片がある。それを今から分析する。どこに行きそうなのか、どういう行動原理なのか。時間はかかるけど分析するから」
ぶつ切り気味にそう話すトーカは改めて皆を見て、頭を深く下げた。
「だからお願い。それまで皆はこの国の人々をなんとかしてほしい」
どこかから放たれた爆発によって、結界で覆われている教会が揺れた。
どうやら国の誰かが私達の居場所を突き止めたみたいだ。
もうすぐこの教会は大勢の人に囲まれ、躍起になって攻撃してくるのだろう。
シュリの張った結界が破られるとは思えないが、万が一ということもあるし、なにより無駄に魔力だけを消費させていく人々を見ているだけというのは我慢ならない。
それは、他の皆も同じようだった。
「頭をそう簡単に下げるな。俺達は仲間だろ」
「なんとしてもこの国を守ってみせます!」
「だから言ったじゃん。そういう変な気遣いはいらないって」
三人が口々にそう言うと、最後に私を見た。
さっきのことで、私とトーカの間にちょっとした溝ができたことをわかってるくせに。
……あぁ、もう。わかったわよ!
「さっきは悪かったわ。だから、その……いいのよ! 今度は私が迷惑をかけられる番だから! これでおあいこってことで。いいわね!?」
「えぇ~。なにそれ? さっきのケイラ、結構怖かったよ。なのに、これでおあいこ~?」
「テッド、アンタは黙ってなさい」
トーカは驚いた様子で私を見ると、ポツリと。
「ケイラが謝るとは思わなかった。分析不足かな?」
「はぁ!? 私だって謝れるわよ!」
「謝ってたかな~?」
「テッド、三度目はないわよ!」
時間がないって言ってるじゃない。まったく。
……まったく、もう。
実は『固定概念の拡大・拡張に伴う、固有魔法領域の新たな拡張』について、第3章第3話「とりあえず潜入してみない?」にて伏線が張られていたのですが、お気づきでしょうか?
…間が長すぎて憶えてない?
ごめんなさい。




