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とりあえず華夕を楽しまない?

 あっという間に一週間が流れた。


 そして始まるのは。


「お待たせいたしました。華夕! 気合いを入れてきたよな、リオン!」


 俺を含めたすべての男子学生だけが校庭に集められ、何か始まるのかと思っていると隣でヴォルガが突然叫んだ。


 そういえば先週そんな話をしていたな、と今更になって思い出した。


 しかし、イベント直前でも俺の反応は先週と同じだ。


「待ってもいねぇし、入れてもねぇ」


 どうして女子寮には入れるだけでそこまで熱くなれるのか、そう思ってしまうのはどうやら俺だけらしい。


 周りにいる他の男子生徒らを見ると、ヴォルガと同じような表情、声をあげている。


 そんなに女子の部屋に入りたいのか。


「俺から言わせてみれば、逆にどうしてそんなにテンション上がんねぇの? 女子の部屋、入ったことねぇんだろ? 女子の部屋には男の夢が詰まってるってなんでわかんねぇの?」

「なんで俺が怒られてんだよ……。別に女子だろうが、俺達とそんなに変わんねぇって」

「なに、もしかしてお前女子の部屋に入ったことあるクチか?」

「……一応な」

「よし、お前は今ここで俺が殺してやろう」

「ちょ、ちょっと待て!」


 俺が入ったことのある女子の部屋、それはあのバカ馴染みの部屋だ。


 昔、俺達がまだ旅をする前に一度入ったことがある、というか強引に押し込まれたのだが、アイツの部屋は、それはまぁひどかった。


 乱雑に投げ出された服の塊……なんてどこかでよくありそうなものはない。


 まず俺の目に飛び込んできたのは、部屋の歪さだ。


 どれだけの圧力をかけたのかは知らないが、なぜか部屋のあらゆる壁が凹んでいた。


 内側から、バカ馴染みを避けるように広がろうとする部屋に、俺はまず言葉を失った。


 そんな俺にバカ馴染みがかけた言葉が。


『もっと広い部屋がほしかったの。だから自分で広げることにしたんだけど……。才能がなかったみたい』


 えへへ……、と恥ずかしいところ見られちゃった、みたいな雰囲気で舌をぺろりと出してきた幼馴染に、戦慄という言葉しか出なかった。


 なんて言ったって『部屋を広げる才能』という意味不明な単語に気付けなかったほど、それほどまでに部屋の中は悲惨だった。


 詳しく話を聞くと、どうやら壁を殴って広げようとしていたみたいだ。


 今でも、アイツの実家の部屋はアイツの殴った形跡でいっぱいである。


 だが、あの歳にもなると、その跡だけ戦慄を浮かべるほど柔な俺ではなかったのだ。


 俺があのとき、いや今でもよくわからないのは部屋の真ん中に置いてあるものについてだ。


『な、なんで木が?』


 どこから持ってきたのか、育ち始めの、しかししっかりとした木を土ごとごっそり部屋の真ん中に置いていたのだ。


 部屋の中は土まみれ。


 せめてバケツか何かに入れろ、とツッコめるのは今の俺からだ。


『え、やっぱり女の子らしく可愛くおしゃれな部屋を作ろうと思って。おしゃれと言えばやっぱりきれいなお花だと思って』


 どこにも花のないただの木は花とは言わない。ただの木である。


 アイツの頭にさえお花畑はないと見える。


 なんかもう、いろいろと異次元なのだアイツは。


 考え方も、行動も、そして力も。


 すべてが自分勝手に暴走して、何一つ制御できていない。


 一周回って男っぽい、じゃない。


 一周回ろうとしていたはずなのに、なぜか道が平坦になったので現在進行形で歩き続けます、という長文タイトルみたいな怪物なんだ。


 ぜひとも俺を巻き込まず異世界転移してもらいたい。


「お、おい? どうして急に遠い目をしているんだ? はっ、ま、まさか故郷に可愛い幼馴染を置いてきて、それを思っているとかか!? だとすれば俺は裏切り者に制裁を加えなければいけなくなるが!?」

「可愛くもないゴミみたいな幼馴染をどこか遠い地に置き去りにしたいと思ってたところだ。安心しろ」

「それはそれで安心できなくねぇ! この一瞬でどうした!?」


 かなり本気でヴォルガが心配の目を向けてきたので「冗談だ」と嘘で安心させる。


 それで、なんの話をしていたんだったか。


「あぁ、華夕だっけ」

「お、おう。急に現実に戻ってきたな。なに、情緒不安定?」


 あながち否定できないので黙っていると、校庭にだれかの声が響き渡る。


『男子諸君、待ちに待ったであろう華夕が今始まろうとしている。気合いは充分かぁぁぁぁ!?』


 うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!


 と、まるで親父達の集まりかのような野太い叫び。


 おかしいな、この学校の七割はまだ未成年だと聞いたんだが。どっから出しているんだ、その声は。


「うるせぇな……」


 耳を塞いでも空気が震えるほどの叫びは嫌でも俺の耳に届いてしまう。


 普段から騒がしい奴らとつるんでいるが、つるんでいるからこそ、俺は大きい音が苦手なんだ。


『さて、改めてルールの確認をしよう!』


 というか、この声の人もなかなかのテンションの高さだな。


『ルールは簡単。もう皆様方には封筒が渡されているだろう? その中には花が一つだけ入っている』


 そういえば校庭に出る際に渡されたな、と思い封筒を見る。


 中身は見えないが、確かに触った感じから花のようなものが入っている。


『皆様方全員に何種類かある花の中の一本だけ渡されている。しかし、ほとんどの生徒には他の人にも渡されている花が入っている。しかし、たった一人だけ誰も持っていない花が渡されている。その花の持ち主のみが女子寮へ入ることが許される』


 いわば許可証ってだろうが。


「男どもはその許可証の持ち主を探し出し、奪い合おうとするってことか」

「そういうことだ」


 もはやただの喧嘩祭じゃねぇか。


 要は、最後に残った者だけが女子寮に入れるってだけだろ。


『女子寮に入ることを許可された男子生徒は、その部屋の主の同行を条件に一つだけ部屋に入ることができる。ただし、許可なくものには触ってはいけない』


 基本的には男女で雑談だったり、カップルだったら二人きりの時間を楽しめる。


 そういった使い方のみ許されている。


『さて、皆様方。準備はできたでしょうか?』


 声の主がそう言うと、周りの空気が変わったことに気付いた。


 みんなが真剣な表情で封筒の口に手をかけている。


 何かを捨てて、たった一つだけのことにすべてを懸けるような目をしている。


『さぁ、一斉に封筒を開けたらもうイベントが始まります』


 用意ドン、で始めるわけじゃないのか。


 ふむ、なら。


「なぁ、これって封筒を開けないっていう選択肢はないのか?」


 隣のヴォルガにそう聞くと。


「別に構わないが、開けていない奴なんて宝くじみたいな存在だぜ? 狙われてもいいなら勧めるが?」

「普通に開けた方がよさそうだ」


 自分の中に許可証となる花が入っていてほしいと思う反面、実際に入っていたら全員から狙われてしまうという。


 動機こそ不純だが、なかなかどうしてうまくできたルールだ。


『それでは皆さん、開けてください!』


 そのアナウンスと同時に一斉にみんなが動き出した。


 封筒の口にかけていた手を動かそうとしたその瞬間だった。


 ドドォォォォォォォォンッッ!!


 遠くの方から爆発音が響き渡り、そこから悲鳴、そして砂埃とともに数人の生徒の姿が見えた。


「な、なんだ!?」

「なるほど、そういう手か!」


 混乱する俺の隣で、ハッとしたような顔を浮かべるヴォルガ。


 どういうことだ、と説明を求める前にヴォルガはいち早くどこかに駆けだした。


 状況に置いていかれる俺達の耳に聞こえるのはアナウンスの声。


 先ほどとはうって変わった凶悪な声だ。


『はっ。真面目に一人を探すなんて馬鹿らしい! 俺以外の全員を倒してから探し出せばいいだけだ!』


 そしてブツリと何かが切れる音とともに、さらに違うところから爆発が次々と上がった。


 今の叫びに賛同した人がいることは明白だった。


 そしてそれは次々と伝播していき……。


「ヴォルガの野郎、逃げやがったな……」


 あっちもこっちも爆発騒ぎ。


 初手から大混乱。


 こうなってしまったらもう誰が相手だろうと戦わざるを得ない。


 誰が自分に攻撃を仕掛けてくるかわからないのだ。自分が生き残るためには攻撃される前に攻撃するしかない。


 もう誰がどの花を持っているかは関係ない。


 これでは喧嘩祭ではなく、バトルロワイヤルだ。


 ヴォルガは一瞬でそれを察知して、たった一度きりの逃げるチャンスを見逃さなかったわけか。


「あの野郎……」

灼熱よ(フレイム)!!」

「ちっ……」


 後ろから放たれた炎をしゃがんで避けると、俺の前にいた生徒が火だるまへとなる。


 この学校の中ではダメージはすべて痛みのみに変換される。


 死ぬことはないが、突然火に包まれたら気絶はするだろう。


「悪い」


 俺の代わりに攻撃をもらった生徒にそう謝ると、片足に重心を落として反転する。


 そしてその重心を落とした足で思いっきり地面を蹴る。


 俺に向けて魔法を放ったであろう生徒は俺の素早く滑らかな動きに驚き、口をポカンと開けてただ突っ立っていた。


「悪い」


 先ほどと同じ言葉をかけると同時に俺の固有魔法【置換(リプレイス)】によって、手に剣を出現させる。


 死なないとは言え、学生相手に剣をぶっ刺したくはなく、剣を回転させて柄部分で腹を強打する。


 人間である以上、急所はどんなに頑張っても守れない。


 一瞬で白目をむいた生徒に再度謝ると、砂埃で碌に見えない周りを見渡す。


 まずはこの視界の悪いところから抜け出すことが最適と見る。


「あとは……そうだな。ヴォルガを見つけたら真っ先に俺が倒してやろう」


 仮でも同級生、ましてや一番話すことの多い友人を置いて自分だけ逃げるなんて。


「それに……そろそろだな」


 俺と同じようにこの学校に潜入しているシエンともそうだが、もう一人の侵入者とも話す頃合いだろう。


 そんなことを思いながら俺は大地を蹴った。




物語はゆっくりと、突然動き出します。


今章は予告のない山と谷を作っていこうかと思っています。

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