とりあえず学園生活を楽しまない?
「……華夕?」
それについて語り始めたのは、俺の一つ前の席に座っているヴォルガだった。
このヴォルガという男子生徒は、護衛対象であるカミュラさんを他に、クラスになじめていない俺を気遣って、よく話しかけてくれるという親切な人物だった。
だとしても、俺との初めての会話の第一声が。
『なぁなぁ。アンタはエロ本をどこに隠すタイプ?』
というのはいかがなものかとは思った。
最初は自分の耳を疑ったが、再度同じことを聞かれて、問題だったのは自分の耳ではなくヴォルガの頭の方だったと気付いたわけだ。
少なくとも初対面の相手にかける言葉では当然ない。
『悪い。初めましての人に対して言う言葉ではないのは重々承知して、しかしこれでおあいこだな、という意味も込めて言っておくとだな。お前、バカだろ』
俺がついて行けていない授業を受けているという時点で、俺より頭がいいのはわかりきっている。
だが、どう考えてもバカ、という一言でしかこの男を表せなかった。
歳がテッドと近いこともあるのだろうか。
この男の言動を見ていると、普段のバカ達を思い出させられしまう。
しかし、掴みとしてはある意味正解だったのかもしれない。
俺の方が年上ではあるのだが、そんなことを意にも介さず、まるで旧知の仲のように話す。
俺としても変に気を遣われるのも、逆にこちらが気を遣ってしまうことになるので、こっちの方が悪い気はしない。
「それが来週行われるのか?」
ヴォルガが持ってくる話とは言えば、大半は思春期真っ只中と言わんばかりの話。
……悲しいかな。
俺の思春期はいつも隣にバカがいたことで、そういう話には一切ついていけない。
今回もそれ関係の話だろうと腹をくくっていた。
「そ。年に一日だけ行われるこの学校特有のイベントだ」
「どこかの国に似たような名前のものがあったような気がするんだが、それと関係しているのか?」
「関係してるっつうか、それをアレンジしたイベントって感じだな」
「俺も詳しくは知らないが、たしか一年に一回だけ異性の二人が会うことができるってやつ、で合ってるよな?」
「そうそう。ま、俺も詳しくは知らないんだけどよ。カミュラって、そういう話が好きだからなぁ」
「に、似合わない?」
「いやいや。物知りだなぁ、って思っただけ」
俺がカミュラさんの護衛をしている以上、どうしてもこの三人でいるが多くなっている。
ヴォルガはこれに対して「カミュラは両手に花だな」と言っていたが、俺もお前も花ではないだろう。
「それで? その華夕ってのが来週行われるからなんなんだ?」
「男の夢が叶うのさ!」
「またそういう話かよ……」
「いやいや。今回は今までとは違うんだって!」
何を焦ってそこまで真剣なのかは知らないし知りたくもないのだが、俺は青春を海の藻屑のように捨てられたんだぞ。
何を言われても響かない自信がある。
……普通に考えてこれ、理不尽じゃね?
「この企画はカミュラが生徒会長を務めたときからだから……三年前か?」
「え、ちょっと待て。そんなに長くいたのか」
「この国では学年っていうものが曖昧だからね。卒業も入学も自由だよ。もちろん、そのための試験も必要だけどね」
「なんだよ、知らないわけないだろ? お前もそう入ってきたんだから」
「いや、俺は違う国からの入学だし。卒業のことは初めて聞いたぞ」
「好きな学校で好きなだけ学べ。それがこの国の常識だぞ?」
別に勉強しに来てるわけじゃないし。
なんだったら入学試験すら俺は受けてない。
ケイラがそれとなく手回しをした、とだけしか。
俺が眉を寄せていると、ヴォルガは「そんなことより!」となぜか異様にニヤついた顔を見せてくる。
だからなんなんだ、いったい。
俺の隣でカミュラさんが反応に困るような笑みを浮かべていることから、彼女もそれなりに関係しているっていうことだけはわかるが。
「この企画自体はそこの生徒会長様が立てたものなんだがなぁ!」
「あ、あの。あんまりおっきい声で言われるのはちょっと……」
「ある一人の男子生徒だけが! 一日! 女子寮に! 入ることが許されるのだぁぁぁぁ!」
「あ、あれー……?」
急に拳を自分の胸に寄せたかと思えば、今度は上に突きだした。目も異様なまでに輝いているように見える。
どうでもいいけど、生徒会長様って言ったならさ。もう少し耳を傾けてやろうぜ?
隣でがっくりしているカミュラさんを無視して、ヴォルガはさらに続けた。
「まず、男子生徒全員に抽選で花が渡される!」
「全員? 一人じゃないのか?」
「そう全員だ。何種類かはあるが、その中にたった一人だけ誰も持っていない花が渡される。そしてその花の持ち主だけが女子寮に入ることを許される」
「その花が何かはもちろんわからないんだよな?」
「それは当然。というかわかるわけがない」
「わかるわけがない?」
「その花はカミュラによって作られる、世界に一つだけの花だからな!」
「作られるってことは……魔法か?」
「うん。でも世界に一つだけってわけじゃないよ。私が作れるのは実際に存在する花だけだから」
「でもこの辺では見ることのない花だ。あらかじめいくつかの花を持ってきてその中のどれかが、なんてことをした奴もいたが……まぁ、何百種類とある花を当てるなんて無謀だな」
要は許可証代わりに花を使い、その花は一つしかない、と。
ふむふむ。話はわかったが。
「危なくないか、それ。いくらなんでも男を女子寮に入れたら何をされるかわかったもんじゃないぞ?」
「そこでルール2。許可された男子生徒は一つの部屋しか入れない」
「それも、その部屋の主がいることが条件だよ。ないとは思うけど、犯罪行為を防ぐために、ね?」
「盗撮・盗聴ができない時代に生まれてきた自身を恨め」
「カミュラさんがせっかく濁したことを言うな。あと恨まねぇから」
部屋の中を漁ることも禁止にされていることは当然だとして、許可なくものに触れてもいけないらしい。
床や壁は仕方ないにしても、それ以外の私物を触られるのが嫌いな人もいるから、ということだ。
部屋を出る際には許可証である花を部屋の主に渡して、速やかに寮を出る。
結局のところ、その部屋の主である女子生徒と話す機会を設けますよ、ってことか。
なるほどな。
ヴォルガのような変態チックな輩だけでなく、カップル同士の話し合いの場としても使えるってことか。
「そこまで大した話じゃねぇじゃん」
「はぁ!? お前、バッカじゃねぇの!? 女子の部屋には入れるってだけで最高だろうがよぉ!」
「お、おう」
「それに、だ。触れなくても俺達には嗅覚がある。女子の部屋の匂い……くんかくんかってわけよぉ!」
「ちょ、ちょっとヴォルガくん!?」
欲望丸出しすぎんだろコイツ。怖ぇよ。マジで。
俺達の周りに座っている女子達もドン引きだ。
俺もコイツの仲間だと思われているのだとしたら俺は今ここで死ねる。
「ま、冗談はさておき」
冗談に聞こえてねぇから。
「これが華夕だ」
「それ、楽しいのか?」
「いやそういう無害でいい人アピールいらねぇから」
アピールじゃねぇよ。はったおしてやろうかコイツ。
「ん~……」
「リオンさ……くん。どうかした?」
「いや、なんというか男子はともかく、女子にはリスクばかりがあって不公平というか。よく反対されないな、と思ってな」
生徒会長と言えど、こんな企画を持ち出されたら批判されると思うのだが。
これが何年か行われているってことに違和感を覚える。
「……ま、その答えはいずれわかるさ」
「なぜ濁す?」
「面白いから」
「マジではったおしてやろうかな」
「心の中の声が漏れてるよ、リオンくん!」
結局、最後まで教えてくれなかったが女子には女子のメリットがある、それだけは最後に教えてくれた。
「なるほどな……」
「あん? どうしたよ?」
「いや、まぁ。なんつうか楽しいことしてんだなぁ、と思ってな」
こうして学校生活を過ごしているとなんとなく思うのだ。
ケイラもこんな生活をしていたのか、と。
アイツのことだから「くだらない」って言ってはいそうだけど、カミュラさんのことでこれだけ心配になるやつだ。
カミュラさんと一緒にいたときはきっと彼女も楽しい学校生活を送っていたのだろう。
そう思うだけで、なんとなく親近感というものが多少なりとも湧いてくるわけで。
みんなでわちゃわちゃ騒ぐなんて、昔の俺からすれば考えられないだろうけど。
「おい、いつまで遊んでんだ。さっさと席につけ」
そんなことを考えていると、ぶっきらぼうな顔でシエンが教室に入ってきた。
アイツにもこんな時代があったのかと思うと、少し笑えてくる。
「転入生、周りの女を見てニヤニヤするな」
「今、そんな誤解を生むようなこと言わないでもらえます!?」
前言撤回。そうだった。
コイツに友人と呼べる人なんていなかったな。
コイツも俺と同じ青春をゴミにしたやつだ。
「いいから黙って俺の話を聞いてろ。バカが」
「……すいません」
立場上何も言い返せないからってこの野郎。
「さて、今日もスクロールについて勉強するわけだが、今日の議題は禁忌のスクロールってやつをだな――」
授業が始まり、静かな空気になるとどうしようもなく考えてしまう。
今こうして学生達がバカしているように、傍から見れば俺達もそんな風に見えるんだろうなぁ、と。
「ほ……っんと、いいよなぁ」
誰にも聞こえないように小さく呟く。
こんな日常を長く体験してしまったことで、ますます羨ましく感じる。
俺達と俺達以外の人たちについて。
刺激なんてそこそこでいいだろうに、アイツらときたら。
「……はぁ」
思い出したくもなかったが、思い出してしまったのだからしょうがない。
遠くの空を見て俺は一人思う。
……アイツら問題起こしてねぇよなぁ。
と、俺は一人で遠い目をするしかない現状に、ため息をつくしかない。




