とりあえず話し始めてみない?
島の事件から数日してある日のこと、俺達はパーティーメンバーであるケイラに呼び出され自宅にある会議室に集まった。
ここではいつも作戦会議が行われるのだが、クエストも引き受けていない今、ここに集まるのは極めて不思議ではあった。
俺が会議室に来た頃には全員がもう座っており、ケイラだけがやけに深刻そうな顔をしていた。
彼女がこんな顔をするのは珍しいどころか、今回初めて見たかもしれない。
ケイラの表情に俺もつられて真剣な顔をし、他の皆もそれは同様のようだった。
俺が最後に座って、少しの間ケイラの様子を伺う。
「……」
それでもなかなか話を始めないケイラを見て、俺とテッドが目を合わせて頷いた。
「ケイラ、僕達をここに呼び出したってことは何かあったの?」
「クエストか?」
ケイラが黙ってクエストを受けるわけがないとわかっていたが、少しでも話しやすくするために言った言葉だった。
しかし、その返答は俺が予想としていたものではなかった。
「クエスト。……そう、ね。クエスト、よね」
「ど、どうした?」
いつものツンケンした態度はなく、自虐するような笑みを浮かべたケイラに俺達は驚き、戸惑いを隠せなかった。
その後も、一人でぶつぶつと何かを呟いておりときおり聞こえる「皆を巻き込みたくなかった」という言葉から、ケイラが俺達に対してなんらかの負い目を感じていることは伝わってきた。
「「……」」
俺とテッドは再び目を合わせたが、ケイラにそれ以上声をかけることはなかった。
なんとなく、それは俺達の役目でないとわかっていたからだろう。
「ケイラちゃん、話してくれないとなんにも伝わらないよ?」
無邪気で、けど、本当に心配した声でセラフィが口を開いた。
こういう言い方の前に、口を閉ざす方が無理だった。
ケイラはゆっくりと顔を上げた。
「私から、皆にクエストを依頼したいの」
そう言った顔は本当に悔しそうで、悲しそうだった。
「私の故郷、知ってるよね?」
「ノイワール学園王国、だよね?」
魔法を学ぶための学園がそのまま国となった、極めて異例の国。
広大な土地に、魔法の研究を最先端に行い、さらに、そこに住んでいる人々のほぼ全員が魔法の才を見出された者達。
魔力の少ない者達が多く住み、それによって魔動具を発展させたオメルガとは、真逆の国である。
かつて、ケイラがいた国であり、そして当時ケイラはこの国で大賢者と言われていたはずだ。
しかし俺達がケイラと会ったのは違う都市。
少しした後に、事情があってノイワールから出てきた、と聞かされた。
……そういえば、この話をしたときは、まだ俺とセラフィしかいなかったな。
っと、会った頃を懐かしんでいる場合ではないか。
「力を、貸してほしいの」
その言葉に、俺達は一切の反応を示さなかった。示す必要がなかった。
そんなことは当たり前だった。
仲間が助けを求めているのに、断るなんてありえない。それどころか、「いいよ」と返すことすら必要なかった。
本当に、心の底から当然のことだと俺達全員は思っていた。
「何があった、って聞くべき? それとも、何をすればいい、って聞くべき?」
ケイラになら理由がわからなくたって、やれと言われればすぐにでも動ける自信があった。
「……本当にいいのね?」
「おいおい、ケイラよぉ。その確認は無粋ってもんだぞ? 答えなんてあってねぇもんだ」
「そ、そうですよ! 私達は仲間ですよ。断ることはできません!」
……いや、それはあってもよくない? じゃないと、俺がこのパーティから抜けられないじゃん?
「わかったわよ。皆がそこまで言うなら」
「ちょっとはいつもの調子に戻ってきたんじゃない?」
「そっちの方がケイラらしい」
テッド、トーカにまで言われ、少し耳が赤くなっているケイラ。
ほほぉ。この短時間で二度も珍しいものが見れた。
そう感心しているとケイラからキッ、と鋭く睨まれたので目を逸らす。
はい、ごめんなさい。
「それで」
「ちょっと待て」
いざケイラが話そうとしたその瞬間、会議室入り口の扉が開いて声がした。
「シエン!? なんでお前がここに!? っつうか、不法侵入じゃねぇか!」
「あ~あ~、うるせぇうるせぇ。外野は黙ってろ」
「お前の方が外野だろ!?」
いいからさっさと出て行け、そう言おうとしたところでシエンはケイラを見た。
ケイラはシエンを見て驚いている様子だった。
「あなた……どうして?」
「はっ。そこの女が、お前に呼び出されたって話を聞いてな。もしかして、と思ったがその様子だと本当のようだな」
「そ、それもそうだけどっ。あ、あなたいつ学園を抜け出したのよ?」
「お前がいなくなってすぐ後。お袋と一緒にな」
「もしかしてリオンのスクロールを作っていたのって……」
「俺だ。最初の時はお袋だったけどな」
ケイラは聞いていないとばかりに俺を見てくるが、おかしいな、言ってなかったか?
そういえば誰が作っているかまでは言ってなかったような気もする。
それより、俺としてはシエンとケイラが知り合いということの方が驚きだ。
シエンがノイワール出身というのも初耳だし。
「お袋がノイワールの教師だっただけだ。その子どもだから俺も入学していただけで、俺に大した魔力があるわけじゃねぇし、ノイワールではただの落ちこぼれだったんだよ」
本当であればいじめの対象だけどな、教師の息子をいじめるわけにはいかねぇから陰口をたたかれてたくらいだ。俺も他の奴に興味なかったし、どうでもよかったけどな。
そう言い切るシエンは本心からだということがわかり、今も昔もコイツは変わってねぇな、と同情する気にもなれない。
「そんなことはどうでもいい。もう一度確認するが、お前も例の件について、だろ?」
「そうだけど。それだけでもないわよ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。二人だけで話を進めないできちんと説明してくれ」
「ちっ。相変わらず使えねぇ奴だな」
「お前、本当に口が汚ぇな!?」
うるせぇうるせぇ、と俺をガン無視して、俺に席を寄こせ、どけ、とばかりに手をヒラヒラさせてくる。
「この野郎……!」そう言って席を譲った後すぐに、「いや、なんでこんな奴に席を譲っているんだ」と気付く。
……俺も俺じゃねぇか。
仕方ないから立ちながら聞くか。
「率直に言ってしまうと、私がノイワールを出たのは学園長、つまり王様ね。と、喧嘩したからよ。意見の食い違い、と言うべきかしら。一応、自主退学ってことになってるけど、どのみち少し遅かったら追放されてた」
「学園長が王様ね。そりゃそうか、学園が国なんだからそうなるか」
「学園長と呼ばれるだけあって、権威があったわけだし。何よりも人望も厚かった。学園でほとんどひとりぼっちだった私を追放することなんて簡単なのよ」
だから追放される前にこっちから自主退学してやったわ、とケイラは付け加えた。
「学園長の名前はエヴァ=ゲンケイ。魔法の道を通るものなら誰しも聞いたことがある名前のはずよ」
そう言われて、回復魔法の使い手であるシュリを見る。
すると、シュリは当然知ってますとばかりに首をコクコクと縦に振った。
一応、俺も魔法の道を通っていたはずなのだが、俺の場合少し特殊な環境下だったからな。名前を聞いてもまったくピンとこない。
「昔の魔法を研究すること、今の魔法の基となる土台を作った人よ。今、世に出回っている魔法のほとんどは彼の理論の影響を受けているのよ」
ケイラ曰く、昔の魔法を一つ一つ調べ上げて、詠唱の意味や魔法陣の形、詠唱によってどのような魔法陣の変化があるか、など。
とにかくその学園長がいなければ、今世にある魔法の数は四割ほどになっていただろう、とか。
聞けば聞くほどすごい人だということがわかってくる。
「ま、今は学園長じゃねぇみたいだけどな」
シエンがぶっきらぼうにそう口を挟んだ。
「そうなのか?」
「前々から噂はあったんだ。裏でヤバい研究してるとかってよ。それがつい最近になってバレて、今は牢獄の中」
「ヤバい研究って?」
「さぁな。アンタは知らねぇのか? 俺はてっきりそれで揉めて出て行ったと思っていたんだが?」
シエンがケイラに尋ねると、ケイラの表情はまた少し暗くなった。
「命の研究よ」
「え、それって……」
その言葉に誰もが同じ人物を見た。
「私のこと?」
トーカが呟いた。
魔法で命を作れるのではないか。
トーカの場合は魔動具を用いての研究であったが、根本的に見れば魔法で命を作る研究と言っても過言でもない。
まさか、フリースナイの研究に関わっていたってことか?
誰もがそう思って見ていたが、ケイラは首を横に振った。
「学園長――いえ、元学園長は命を魔法で解明しようと思っていたのよ。作ろうとしていたわけではないのよ。けど、その方法があまりに非人道的なものだったから、それに反発した私は追い出されたのよ」
「なるほどな。もしかしたらお袋も気付いていたのかもな。だから俺を連れて出て行ったのかもしれねぇ」
ケイラとシエンのある程度の過去はわかった。
その元学園長ってのも、いまいち実感が湧かないがなんとなく悪い奴ってのもわかってはきた。
だが。
「元学園長ってのは今捕まってんだろ? まさか脱獄したとか?」
「いいや。まだ牢屋の中だ。……だが、ちょっと変わった措置を取っている」
「変わった措置?」
「ま、それが今回の本題ってやつだ。そうだろ?」
シエンの問いに、ケイラは頷いて口を開いた。
「元学園長が捕まったのが二年前。その時点で危険人物だと判断されていたから、監視が置かれることが決まっていたのよ」
魔法で脱獄する素振りや、怪しげな素振りを見せたらすぐに上層部に報告できるようにするためだろう。
どの国でもやっていそうなことだ。特別な違和感はない。
「けど、その一年後、世間には知らされていないけどある動きがあったの」
「元学園長が動いたのか?」
「バカか。そんなことなら隠そうとしたところで、世に出回ってるっての。ちっとは頭使え、平凡」
「黙って聞きなさい。あと、リオンを侮辱する発言はしないでもらえる?」
「へいへい」
シエンは退屈そうに背もたれに体重を乗せると、堂々としたあくびをする。
ホントコイツ、何しに来たんだろうか。
寝るなら自分お家で勝手に寝てほしいのだが。
「元学園長を監視していた人が上層部に言ったのよ。『これ以上は頭がおかしくなりそうだ。アイツは危険だ。自分がおかしくなる前に監視役を変えるべきだ』とね」
「まさか、洗脳か?」
「そんな感じ。それでその人も厳重な監視下に置かれることが決まり、なおかつ元学園長の監視役も二ヶ月おきに入れ替わるような措置が取られることになったのよ」
「一年から二ヶ月って早すぎない?」
「まぁ、それだけ危険ってことなんじゃない? 安全に越したことはないって言うしさ」
セラフィの疑問にテッドが答えると「そうだよね」と納得した。
俺も同じ疑問を抱いたが、テッドの言うとおり安全に越したことはない。
「だが、ついに事件は起きた」
いつの間にか真剣な表情になっていたシエンが言った。
その次はケイラが引き継いだ。
「半年前のことよ」
何かを決心する時間を空けるように、ケイラは一度大きな間を開けた。
そしてポツリと呟くような、か細い声で言った。
「私の同級生、親友とも言える人が襲われたのよ」
――元学園長を危険と言った、さっきの監視役の人に、ね。
調子よければ明日も投稿します




