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とりあえずオールラウンダーの俺、何もしてなくない?

 文字通り、島全体を包むように描かれた魔法陣から放たれた光はバカ馴染みによって、赤い龍に命中した(と思われる)。


「おいっ」


 灼熱の空を見上げていると、ヤンバが疲弊した様子で声をかけてきた。


 これだけの大きな魔法陣を描いたんだ。


 皆で魔力を込めたと言っても、相当な量の魔力が削り取られたはずだ。


 俺だってもう魔力はほぼ尽きかけている。


 それでも俺に話しかけてこられるのは、俺と同等以上の魔力を持っているからなのか、それとも、ただの気合いなのか。


 隣で魔法のエキスパートであるミアンが、グッタリとしていることから、おそらく後者だろう。


「なんだ?」

「本当に、これで……っい丈夫、なんだ、ろうなっ」


 つっつかえつっかえな言葉の意味をくみ取る。


「大丈夫だと思う」


 しかし、それに反応したのは俺ではなく、少し遠くにいたトーカだった。


「さっきも言ったように、あの龍はただの龍じゃない」


 図書館に置かれていた童話が本当にあった話なら、あの龍はもともともは巨大な蛇だった。


 そして、青い鳥に火山とともに封印され、千年という時間を経て龍となった怪物。


 より巨大な姿を手に入れて、マグマを身にまとう変貌を遂げた正真正銘の怪物。


「龍のままでは勝ち目はない、とまでは言わない。……けど、少なくともこの島に甚大な被害が出ることは変わらない」


 あれほどの相手にするとなれば、俺達だってさすがに全力を出さないといけない。


 俺はともかく、他の奴らの全力なんてこの島もろとも消し飛ばす勢いだ。


「だからシュリの魔法を使って弱らせることにしたの」


 トーカは言う。


「これだけの大きな魔法陣を描いたところで、時間を戻せるのはたぶん一年もない」

「な、なんだよっ。そりゃ……」


 ふざけんな。ただ魔力を無駄に消費しただけじゃねぇか。


 そう言わんばかりにヤンバがトーカを睨みつける。


「でも、それだけでいいの」


 そんな鋭い目つきを意に介さず、トーカはただ淡々と独り言のように答える。


「あの龍は普通の龍じゃない。だからこそ厄介なわけだけど、前提を覆すことができるのなら話は別」


 ――ねぇ。


 そこでようやく、トーカの目がヤンバを捉えた。


 その無機質な目に臆したヤンバに言う。




「蛇は千年で龍になった。それなら、九九九年までは蛇は何だと思う?」




 その答えは何者かの断末魔によって、かき消されると同時に答えでもあった。


 鉄を引っかくような、耳をつんざく悲鳴が頭上から降りかかる。


 蛇の鳴き声を聞いたことがないからわからないが、少なくとも龍の鳴き声ではない。


 となれば答えは一つしかないわけで。


「マグマを身にまとえるのは、龍になったから。蛇のままではマグマの熱には耐えられない」


 その答えを補足するようにトーカが呟く。


 ほんの少し、たった少し蛇の時間を戻しただけで龍は蛇になってしまった。


 天を統べる生き物と呼ばれるものから、地を這いずる生き物へと変わり、いや戻ったのか。


「なるほどね」


 ヤンバへの説明を聞きながら、俺も素直に感心した。


 作戦自体は聞かされていたが、その結果どうなるかまでは俺も知らなかったからだ。


 言われてみれば確かに、と言えてしまうが、実際にそれを考えることも、実行することもできない。


 コイツらの実力があってこその、できる芸当だ。


 コイツらにとっての普通は、俺達にはあまりにも遠すぎる。


「落ちてくるよ」


 その声にハッとして空を見上げると、雲に細長い影が見えた。


「あれが……蛇」


 雲を突き抜けて現れた生物は、マグマによって赤黒く変色しており、身体に付く火を振り払うようにうねうねと暴れ回っていた。


「で、でけぇ……」


 地上から蛇まで何メートルあるかはわからないが、遠くから見てもわかるほどの大きな巨体。


 龍の時の身体はあれの数十倍だったと思うが、だとすれば相当大きかったのだろう。


 そりゃ、空が赤く見えても仕方がない。


「おいおいっ! ボケッとしてる暇はねぇんじゃねぇのか!?」


 ヤンバが自身の疲労を忘れてまで叫んだ。


「少しばかり弱体化したとは言え、蛇と戦う気力はもう残ってねぇぞ!?」

「いや。まだ一人だけいるぞ」

「あぁ!?」


 頭上を見上げる。


 あれだけ派手に暴れ回ってもまだ戦えるとか正気の沙汰じゃないし、どっちが怪物かわからなくなるが。


「ほら、見てみろよ」


 俺の頭上にいる、蛇のさらに上にいる白い小さな光が見えるだろうか。


 回復されなくなった今、思う存分に切り刻めるとなった今。


 アイツが浮かべる顔が手に取るようにわかってしまう。


「この戦闘狂め」


 生まれる世界を間違ってしまったのは、果たしてアイツなのだろうか、と最近思ってしまう。


 あまりにもアイツ中心のこの世界にとって、場違いな存在なのは俺達ではないのか、とすら思えてきてしまった今日この頃である。


 白い光がさらに強くなったと思いきや、蛇の中心を裂くように白い糸が煌めいた。


 縦に半分、横に半分。そして次々と引かれる白の刺繍。


「つっかれた~!」


 後ろで呑気な声が聞こえた瞬間には、頭上の蛇は分解されていた。


 ご丁寧に島を避けるように切り裂かれているところがなんとなく気にくわない。


「っていうか、リオン! 私に対して無茶振りしすぎじゃない!?」

「あ? お前がそれを言うか?」


 いつも振り回されているのはこっちだってのに?


「あ、ふ~ん。そんなこと言っちゃうんだ?」

「あぁ?」


 なんだ、コイツ?


 そう思っていると。


「私、動かないからね」


 その言葉を合図にしたかのように、空気がむわっと変化した。


 これは……汗、か?


 自分の額を拭うと僅かに汗が滲み出ている。


 そこでようやく、さっきよりもどんどん周りの温度が上昇しているような、そんな気がした。


「リオン様!」

「っ!?」


 フェリアの焦った声に顔を上に向けると、空がまた赤く染まり始めている。


「嘘だろ!?」


 龍はさっきバカ馴染みが確実にとどめを差したはず。


 それは俺を含めた全員が見たはず。


 それなのに、どうしてまだ空は赤い!?


 マグマを身にまとう龍はもういないはずだろ!


 何が起きている!?


 もう今日で何度目になるかわからない驚愕を顕わにしている最中に気が付いた。


「マグマ……龍? 龍は、蛇……。蛇は、倒した……なら、まさか!?」


 バカ馴染みを咄嗟に振り返ると、バカ馴染みはその意味に気付いてにんまりと笑った。


「マグマはどうした!? 斬ってねぇのかよ!?」

「そんな時間はなかったもん。それに、あとは皆でもなんとかしてくれるよね?」


 その挑発的な言い方はなんだよ、殺すぞ!


 そう言いかけるのをグッと堪えて、最優先事項のためにケイラを見る。


「ケイラ!」

「あれほどの魔力を使った後に人使いが荒いわね。……と、言いたいところなんだけど」

「……ど、どうした?」

「あの量のマグマをどうにかできるほどの魔力なんて残ってないわよ?」

「なっ!」


 規格外の魔力を持っているとは言え、先ほどの巨大な魔法陣の七割近くを一人で負担したのだ。


 顔に疲労の色は見えないが、大規模の魔法陣を発動できるほどの魔力なんて持っているわけがなかった。


 それは他の奴らも同様で、何事もなく立っていられるのが異常であり、その先を求めるには幾分無理があった。


「いや、待てよ」


 一人だけ、まだ魔力を持っている奴がいる。


 さっきまでは解析を得意とする第一形態だったはず。であれば、まだ魔法を得意とする第三形態があるはずだ。


 僅かに生まれた期待を込めてバッとトーカを勢いよく振り返る。


 だが。


「……」


 トーカは首を横に振った。


「私の魔力はまだある。でも、それだけであの量は対応できない」


 ですよねぇ!


 そもそもあのマグマは巨大な龍をまとうほどの量のもの。


 単純に考えれば、龍の体積よりも多い量になる。


 それをなんとかできるなら、最初からこんな作戦なんて取らずに真っ向勝負しているはず。


 万策尽きたか、そう諦めそうになったその時だった。


「おい、あれって……」

「水の……魔法陣?」


 突如上空に浮かび上がった魔法陣。


 キラキラと太陽の光が反射していることからわかるように、それは確かに水の線で引かれた魔法陣だった。


「あれは……」

「なるほど。そういうことね」


 トーカとケイラがその魔法陣の分析と正体を一瞬にして理解した。


 それに遅れる形で周りの人達も気が付いた。


「まさか、青い鳥なのか?」

「正確にはその一部みたいだね」


 ぼそりと呟いた俺の声に、テッドが指を差して反応した。


 その指の先には一回りも小さくなった青い鳥の姿があった。


「私が龍を倒すから、マグマは自分に任せてってそう言われたの」

「自分を魔法陣にすることなんてできたのかよ」

「水に形はないからね。できてもおかしくないよ」


 バカ馴染みとテッドに挟まれていると、ケイラがトーカに声をかけた。


「トーカ。魔力を込めなさい。私とトーカの魔力量なら充分足りるでしょう?」

「第三形態」


 傍目から見れば何が変わったのかと思われるが、今の言葉を合図にトーカの魔力量は跳ね上がった。


 それに合わせて、ケイラも水の魔法陣に手を向ける。


「幸い、水の中にある程度の魔力が流れ込んでいる。制御は鳥さんがやってくれるそうね」

「私達はただ魔力を込めるだけ」


 そう言って二人が魔法陣に魔力を込めると、光の反射も相まって、魔法陣が白く輝く。


 それはまるで、祈りは届く、と言わんばかりの光で。


「だから言ったじゃん。あとは皆でもなんとかできるって」


 その光を浴びながら俺は、隣のバカ馴染みを思いっきり蹴ったのだった。




 ★☆★




 後日談だが。


 青い鳥はいつの間にか姿を消しており、それでも島の皆と一緒に感謝をした。


 そして再度開かれた祭りを楽しんだわけだが、その祭りの最中にある二人の婚約が決まった。


 言うまでもなく、ヤンバとミアンなのだが。


 ある意味俺は二人を結びつけたキューピッドのような存在になったわけだが、当の二人からはめちゃくちゃ嫌われている。


 世界が俺に厳しいのがいつもどおりすぎて、そろそろ神に直談判でもしたい今日この頃である。


 島を出る前、そして王国に帰った後は、フェリアの魔法で俺とバカ馴染み以外の記憶からフェリアの魔法に関しての記憶を消去した。


 例えパーティメンバーとは言え、こればっかりは仕方がない。


 本当であれば俺の記憶も消さないといけないのだが、それはあれだ。


 説明も面倒くさいあれだ。そうそう。


 そんな感じで、無事俺達は任務を達成したわけだった。


 ……それでも最後に、一つだけいいだろうか?





 俺、今回もいる意味なくね?


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