とりあえず準備を始めない?
どれだけの覚悟を持ってその言葉を発したのか。
事情を知っている俺はまだしも、何も知らないはずの他の人たちですら、それはひしひしと伝わっていることだろう。
――だが、それでも。
「……っ」
この場を代表して息を飲んだ人は誰だろうか。
シアンとシュナイダーに目を向ける。
両者とも何かを言わなければ、と口を開いてはいるが、そんな気持ちだけが先行して、頭と身体はまったくこれっぽっちも追いついていない。
それは、ただでさえ慌ただしいこんな状況だからだろうか。
統治者になったこともない俺が推して測れるものではないのはわかっているが、それでもこの厄介者達をそれなりに制御しようとしている身だ。
その言葉の重さがまったくわからないわけではない。
この島を、島の人々を売ってほしい。
それは、島を治める者として決して聞き逃すことはできない発言。
さぁ、これになんと返すだろう。
改めて二人を見ていると、そんな俺の予想とはまったく別のところから声が聞こえた。
「かまわねぇよ」
「ヤンバ!?」
声のした方向に顔を向けると、ヤンバとミアンが汚れた姿で立っていた。
やはり先ほどの衝撃で無傷とはいかなかったらしい。それでも、軽傷といったところから見るに、やはり二人は充分強者と言えるだろう。
……それにしても、どうにもここの島の人たちは不意打ちで現れるのが得意らしい。
心臓が止まるかと思ったじゃねぇか。
「あれ、気付いてなかったの?」
「お前は黙ってろ」
余計なところでいつもいつも茶々を入れやがって鬱陶しい。
そんなことよりもだ。
「この島を売る? だからなんだ?」
ヤンバが強気に笑った。
「どのみちこの島を守るにはそれしかないんだ。ならやることは一つだろうが。何を悩む必要がある。どこに驚いている暇がある?」
――やらなきゃ死ぬ。ただそれだけだろ。
と、ヤンバが笑うと、隣に立つミアンも同様の笑みを浮かべた。
「それに、昨日会ったばかりですが、そこにいる腹の立つ、いえ、はらわたが煮えくりかえるほどの腹ただしいそこの男はまだしも、あなたは信頼できますわ」
……え、なんで今この状況で俺を蔑んだの? そんな嫌われることしてないよね?
「それで? アンタの魔法ってのを教えてくれよ。普通の魔法じゃねぇんだろ?」
ヤンバがそう尋ねると、フェリアは「そうですね」と頷いた。
「私の固有魔法は【統治】――ある条件を満たした人たちを私の思考に染める魔法です」
簡単に言えば、人を洗脳して、支配して、自分一人の思考に統一することで国を治めるという魔法。
ある意味で、最強とも言える魔法。
特に、フェリアの場合その魔力量と資質があったのだろう。その強さは折紙付きだ。
なんていっても、あの厄介者達ですら支配できる力なのだ。
唯一効かないのはこの最も厄介者のバカ馴染みだけ。
マジでコイツなんなん?
「ただ、使い方によっては、私の思考を皆さんに伝えることもできます」
「なるほどな。一方的だが情報を共有、テレパシーができるわけだ」
「問題は……その条件の方ですわ」
そう、その条件だ。
「条件は三つです。一つはこの魔法で治められる人数には制限があること。ですが、これに関しては問題ありません。この島全員に対して行うことができます」
そりゃそうだ。うちのバカどもを治められるのなら、この程度の人数は余裕だろう。
「二つ目が特に問題です。この魔法を発動するためには、私に服従する意志が必要です」
「服従、ね」
「といっても、一人一人でなくても構いません。今の場合、この島の統治者が私に服従するだけで、この島の全員に私の魔法の効果を及ぼします」
この島の統治者はシュナイダーとシアン。
つまり、この二人がフェリアに服従することを誓えば、島のすべての人がフェリアのいいなりになってしまうかもしれないのだ。
「もちろん、私もこの事件が終了次第あなた方に統治を返すつもりではありますが」
――口約束ですが信じてもらえますか?
これこそがフェリアが最も聞きたかったこと。
あとからフェリアが裏切って、この島を支配し、都合のいいように人々を使おうとするかもしれない。
その覚悟はあるのか、そう聞きたいのだフェリアは。
不安と罪悪感に今にも推し潰れそうなフェリアに対し、ヤンバは。
「はっ、なんだよ。島を売るって聞いたからどんなもんかと思ったら、そんなことかよ。全然そんなんじゃねぇじゃねぇか」
「え?」
「あとで返してくれるんだろ? ならいいじゃねぇか」
「で、ですがっ!」
「私も同意見よ。それよりも三つ目の条件は?」
次の代表になるのは間違いなくこの二人になるだろうし、この二人もなんとなく察しているのだろう。
この決断がどれだけ重要なこともわかっているはずだ。
それでもなんてことないように返した二人を、現代表は驚くように見ていた。
「み、三つ目は、この統治が返す際ですが、伝承魔法に関するすべての記憶を消させていただきます」
「ま、だろうな。誰に利用されるかわからねぇからな。それは想定済みだ」
「結局、それはあとで返しますって言っているようなもんじゃない。条件っていう条件でもないじゃない」
そうこうしている内に、空が一段と赤が増してきたように思える。
青い鳥が稼げる時間が限界に近づいてきたってところか。
そろそろ動かないと本格的に間に合わなさそうだ。
「トーカ、作戦を教えてくれ。何が必要だ?」
俺は話がきちんとまとまっていないうちに、先にトーカの方へとすり寄った。
トーカは「いいの?」と無感情に尋ねてきたが、問題はない。
どうせ答えは決まっているようなものだから。
「まずは、あのバカどもをここに呼び寄せることは確定だと思うんだが……」
この島を統治したところで、この島の人ではない俺達に情報は行き渡らない。
なので、俺達は直接話を聞かないといけないわけなんだが。
そう言って海岸方面を見ると、魔法陣に乗ってやってくる三人の姿が。
「いらねぇ気遣いだったな」
そう吐き捨てると、改めてトーカに聞く。
「で、何から始める?」
トーカが少し笑ったような気がした。
★☆★
ビュンビュンと赤い空を縦横無尽に飛び回る白い光を見上げながら、俺はゆっくりと背伸びをした。
あれからすぐに青い鳥に限界が来て、間に合わなかったと思った矢先に、でしゃばり娘が出動したのだ。
さすがにアイツだけでしのげる量ではないのだろう。
青い鳥がマグマを冷やし、バカ馴染みが巨大な石を破壊するという防御策をとったようだ。
さすがは化け物といったところか。
それでも、少しずつだが押されているのは確か。
だが、それでも俺が何もしないのには理由がある。
「できた!」
俺の後ろでテッドが嬉しそうに両手いっぱいの紙を広げた。
それはまるで親に自分が書いた落書きを見せるようだが、それは決して落書きと呼べるものではなかった。
「はい、これがこの島の最新地図だよ」
島の凹凸までしっかりと表現されている、地図よりも正確な島の落書き。
まさかここでテッドの探険癖が生きることになろうとは思ってもいなかった。
「ちょっと時間かかっちゃったけど大丈夫、トーカ?」
「予想外なのはセラフィの運動能力だけ」
「そりゃ違いない」
おっと、関係ない俺が反応してしてしまった。
勘弁してくれ。これじゃまるで俺がアイツに気があるみたいじゃねぇか。
あるのは殺気だけだっての。
「リオン様?」
「あぁ、いや。なんでもない」
心配そうな顔をして見つめてくるフェリアに笑って誤魔化す。
あれから話は俺の予想どおりの方向へと進み、無事フェリアはこの島を【統治】することに成功した。
これで、この島はいまやフェリアの思い通りになったわけだが、そんなことをフェリアがするわけもなく。
島の人々に情報を随時提供する準備はできた。
さて、作戦の立案者であるトーカは今どうしているかというと。
「最後にもう一回。お願い」
「わかりました!」
そこいらで見つけてきた適当な石に魔法をかけるシュリの手元、のさらに先の魔法陣をジッと見ていた。
いったい何をしようとしているのか。
それは――
『時間を戻す?』
『うん。あの赤い龍はもともと蛇だった。龍には敵わなくても、蛇なら勝てるはず』
『話はわかったが、どうやって?』
『シュリの時魔法を使えば』
『む、無理ですよ。あんなに大きいのは戻せません!』
『うん。でも、それは魔法陣の大きさが足りないから』
『大きくできたとしても私の魔力では足りませんよ!?』
『だから島の人たちの魔力も借りるの』
『ちょっと待ちなさい。一つの魔法陣を複数人で起動させるのはダメよ。危険すぎる』
『でもやるしかない』
『無謀と挑戦は違うのよ?』
『わかってる。でもこれは無謀じゃない。挑戦なの。私にとっても』
『ん? それってどういうこと?』
『これを応用するの』
『おいおい。それってあれだろ? すく……なんたら』
『スクロール。俺が使ってるのになんでわかんねぇんだよ』
『名前までは覚えてねぇよ』
『たった五文字だろうが……』
『まぁまぁ。それで、それをどうするの?』
『テッド、この島の地図を書ける? できるだけ……ううん、きちんと正確に』
『え、まぁ。できる……とは思うけど?』
『そういうことね。それなら確かに挑戦と呼べなくもないけど……それでも危険だわ』
『ん~。でもやるしかないんでしょ? だったらやろうよ!』
『お前はいつもいつも適当なんだよ』
『やばくなったらリオンがなんとかしてくれるって!』
『ふざけんな、このゴミ野郎! テメェはさっさと青い鳥を助けに行け!』
『あ、あの! 結局話が見えないんですけど、どうするんですか!?』
『まぁ、要はあれだろ?』
――この島に大きな魔法陣を書くってことだろ?




