とりあえず覚悟を決めない?
目の前で嬉しそうに笑うバカ馴染みを見上げた俺は、ゆっくりと息を吐いた。
未だに雲の向こうから赤い光が滲んでいることから、まだ怪物は倒れていないことは知っている。
どうやら、このバカでもあの一瞬ですべてを片付けることは無理だったらしい。
「いやね、リオン。だって仕方ないじゃん? ちょっと斬ったけど、まさか回復するとは思わないじゃん?」
ナチュラルに思考を読むな。
……とも、言ってられない状況か。
回復能力まであるなんて。いくらこのバカでもそれに関してはどうにもできない。
「というか、だな」
「うん?」
誰もツッコまないから、いや、誰も知らないからそりゃそうなんだけど、さ。
一応、俺が聞いておこうか。
「さっきの光、お前から出てたやつ、あれ何?」
「え、知らないけど?」
だろうな。そう言うと思った。
「なんか、頭に急に浮かんだからやってみたんだけど。リオン、あの変な光って何かわかる?」
わかるわけねぇだろ、バカか。いや、そうだった。
「……すまん」
「その返答はおかしい!」
ぷんぷん、とでも言いたげそうな古くさい反応をするバカ馴染みだったが、急にハッと顔を上げると海岸に目を向けた。
……いや、正確には海岸にいる誰かを見た。
「え~っと、ちょっと待っててね?」
すると、誰も何も言っていないのにもかかわらず、突然困った声をあげる。
傍から見れば頭がおかしい女だと思われることだろう。
ん? 間違ってなくね、それ?
「ねぇねぇ、リオン。確認するけどさ」
あたおか女が言う。
「あの変なのって、味方、だよね?」
そう言って指差したのは、正体がわかっている今なお海の壁に見える青い鳥。
「……そうか。そうだったな」
あの青い鳥もそういうものとして分類されてもおかしくはない。
となると、一つ疑問が残るわけだが。
「……リオン?」
その疑問について尋ねる前に、トーカが俺を呼んだ。
「今、セラフィは何を言っているの?」
と聞いてくるので、今度は納得した。
あぁ、そうか。トーカは知らないんだったな、と。
「コイツの魔法は『神話』っていうものだ」
「神話?」
「神の話、っていう意味じゃない。神と話す、という意味で神話。コイツは神と呼ばれる存在と話せるのさ。おっと、神って言ってもシュリが崇拝している神とかそういうのじゃない。この世界に実在する神と話せるってこと」
この力を使ってコイツはガキの頃に森の主と友達になった。
青い鳥も同様に、この島の守護神とも呼べる存在なのだから、話せても何もおかしなことはない。
「……ま、コイツの場合それだけじゃないんだが」
「というと?」
「簡単に言うとコイツは二つ魔法を持っている。もう一つは『親和』。みんな仲良くってやつだ」
神話と親和。
『神話』だけではあまり使い道がない魔法だが、もう一つの『親和』と組み合わせるとそれはもうチートと呼んで変わりない。
まぁ、それについてはまた次の機会にってことで。
それよりもだ。俺の疑問について答えてもらおうか。
「お前、知ってたな?」
「へ? 何を?」
「あの青い鳥が悪いやつじゃないってことだ」
コイツは最初からわかっていたはずだ。
神と話せるってことは、神の声を聞こえるってことなのだから。
最初は俺達を敵とみなしていたが、その次からは敵意がなかったことを知っていたはずだ。
「ちょっと待ってよ。こっちにも言い分はあるよ」
「ほう? 一応、聞いておこうか」
「敵意がなくても殺意はあるかもしれないし、その逆でも結果は変わらないじゃん?」
バカ馴染みにしては的を射た発言をする。
今の二つはどちらかがなかったとしても、俺達は戦わなければならない。
二つがなくて初めて俺達は味方だと判断する。
「確かに言ってたよ? 自分は敵じゃない。この島が危険にさらされているのを伝えに来ただけだ、って。二回目からね」
「問題はそこだ。なぜそれを俺達に言わなかった?」
「忘れてた」
「死ね」
そんなことだろうと思ったけどな。
鳥よりも頭が悪いバカ女だ。
一歩歩かなくても忘れるようなやつに期待なんかしても無駄。
だからだろうか?
とても重要なことだったはずなのに、まったくもってショックも失望もない。
もとからない好感度も下がらないし、唯一上がったと言えば不快度くらいだ。
「それで、青い鳥はなんて言ってる?」
「幼馴染の反応が冷たいよぉ……」
「そんなのどうでもいいからさっさと言え!」
自業自得だろ。
「まさかまた封印するつもりなのか? できるのか?」
「ううん。たぶん自分ではもう手に負えないって。勝てないって言ってる」
「だろうな」
昔の本当の話はどうだったかまではわからないが、現状を見るに青い鳥でも勝てないことは想定済みだ。
単純な大きさでも、能力値でも勝てないと判断したのだろう。
圧倒的な熱を前には、どれだけの水があっても意味をなさない。
それどころか、全身を蒸発してしまうかもしれない。
相性としては最悪だろう。
「でも時間を稼ぐことはできるって。それまでに対抗策を考えてほしいって言ってるよ」
「対抗策って言ってもな……」
バカ馴染みですら倒せない相手を倒す方法なんて、どれだけ時間があったとしても俺はまったく思いつかない。
思いつけるとすれば……。
「トーカ、どうだ?」
トーカの分析能力があればなんとかなるかもしれない。
バカ馴染みには決して寄せない期待を込めてトーカを見ると、トーカは冷静に赤い空を見上げて言った。
「……何分くらい稼げそう?」
「ちょっと待ってて。ねぇ! どれ位稼げそう!?」
海に尋ねて少しして。
「三分くらい!」
その答えにトーカは一瞬だけ動きを止めると。
「……ダメ。どうしても時間が足りない」
俯きながら悲しそうに首を振ったトーカだが、その答えは俺達にとって諦められる答えではなかった。
「時間が足りないってことは、対抗策自体はあるんだな?」
「あるけど、その時間がどうしても……」
――それに。
「うまくいかないかもしれない」
俺の目を見れなくなったのか、真下に顔を下ろしたトーカの頭に、俺は無意識のうちに手を乗せていた。
もう片方の腕の中にいるフェリアが少しだけムッとしたような気がしたが、無意識の行動を責められても困る。
「うまくいくかいかないか、今はそんなのどうでもいい。やらなきゃ死ぬんだ。対抗策を思いついただけでも充分だ」
そう言ったが、トーカの顔はまだ晴れない。
どうしたものだろうか。
「そんな顔しないでください、トーカさん」
「発案者のお前がそんな顔じゃ、うまくいくものもいかなくなるぞ」
いつの間に来ていたシアンとシュナイダーがトーカの肩に手を乗せた。
それはまるで、子どもを慰める親のように。
「時間が足りないなら時間を延ばすか、短縮するか。ここは俺達の島だぜ?」
「私達も当然手伝いますよ」
その言葉に、少しだけトーカが顔を上げた。
「ううん、ダメなの。どうやっても時間が。皆に手伝ってもらおうとは思っているの。でも、それを伝える時間がない。ここに集める時間がないの」
今からここに全員集めて、作戦を伝える時間がないってことか。
いくらテッドの速さがあっても、島の全員を集めるには三分では不可能だ。
……だが。
「一つだけ、それを解決する方法がございますわ」
そう切りだしたのは、黙って様子を見ていたフェリアだった。
……そう。方法はあるのだ。一つだけ。
だがそれは。
「いいのか?」
「えぇ、もちろん」
「うまくいくのか?」
「それは信じるしかありません」
「そうか」
たった少しのやりとりで、フェリアの覚悟を理解した。
なら俺からもう何かを言うことは無粋というものだ。
「私の魔法を使いましょう」
「王女様の魔法?」
「王家による、王家のみが使える、王家のための伝承魔法」
「伝承魔法?」
その言葉にはさすがのトーカも首を傾げた。
それもそうだ。
伝承魔法が使えるのは王族のみで、一般どころか、王族と俺、そしてセラフィだけが知っている魔法。
他の仲間達ですら知らない魔法だ。
それが伝承魔法。
「魔法って言っても、二つ種類があるのは知っているだろ?」
時間もないので簡単に説明すると、魔法には『固有魔法』と『一般魔法』の二つの種類がある。
一般魔法は誰もが魔力さえあれば誰でもできる魔法。
ケイラのように詠唱する魔法だったり、俺のスクロールもこれにあたる。
誰でも憶えようと思えば憶えることができる魔法で、その数も制限はない。
それに対し、固有魔法は生まれたときに誰もが持っている自分だけの魔法。
俺で言う【置換】。バカ馴染みの【神話】と【親和】がそれにあてはまる。
数に制限がない一般魔法に比べて、バカ馴染みを除けば、固有魔法は一人一つだけ。
「伝承魔法も固有魔法も一種なんだが」
遙か昔のフェリアの先祖の固有魔法が【伝承】だった。
この魔法は人生で一回しか使えず、その能力は対象の固有魔法をそれ以降の子孫にまで伝承させるというものだった。
そして伝承させたのは自分の息子の固有魔法。
ただ一つ勘違いしていたのは、その先祖はそれ以降の子孫が固有魔法を二つ持つものだと思っていたことだ。
子孫に伝承させた魔法と、子孫が元から持つであろう固有魔法。
二つの固有魔法を使えるものだと思って使ったのだが、それは違った。
子孫は伝承された固有魔法しか使えなかったのだ。
固有魔法の枠は一人一つだけ。
その枠に伝承された魔法が入っただけで、二つ目はなかったのだ。
それが伝承魔法と呼ばれるもの。
「この魔法を使うにあたって、皆さまに、特にシュナイダー様、シアン様には覚悟を決めてもらわなければなりません」
「覚悟、ですか?」
フェリアはゆっくりと深呼吸をして、自身も覚悟を決めてゆっくりとその言葉を吐き出した。
本当は言いたくないであろう、その言葉を。
「この島を、島の人たちを私に売ることはできますか?」