とりあえず俺とトーカって噛み合わなくない?
祭りの二日目、今日も今日とて島は賑わっていた。
チラリと見てきただけだが、男女の仲は初日とは見違えるほどに良好のように思えた。
やはりヤンバとミアンが大きい理由だろう。
あの二人の噂はあっという間に島に広がっているようで、三歩進んでは二歩下がるといった、初々しいというかなんというか。そんな関係になっているらしい。
本当であれば、そんな二人と試合をした俺も二人に改めて会っておきたいのだが、リベンジをふっかけてこられても困る。
それに俺は今、それなりに忙しいのだ。
というのも。
「わっからんな……」
俺は今、シュナイダーの家で絶賛調べものをしているのだ。
もちろん、昨日、一昨日に起こった例の件についてだ。
「何かわかった?」
「い~や、さっぱりだ」
トーカが用意してくれたお茶を飲みながら、適当な本を手にとって読んでみるが、何も有益な情報は得られない。
もちろん、ここに来る前にシアンの家でも調べてみたが手がかりはなし。
代表同士が住んでいる家にだったらそういう本があるのでは、と思って二人に聞いてみたが、自分達の家にはそもそも文献とかは置いてないようだ。
その代わりといってはなんだが。
「この島の図書館に行くのが一番だな」
この島には唯一男女ともに、いつでも公共の場として使える図書館がある。
普段は人が入らないようで、物好きな人だけが使っているということらしい。
もちろん、この図書館の中には過去の記録もあるとのことなので。
「俺は図書館に行くが、トーカはどうする?」
「私も行く」
「そうか」
手伝ってくれるのはトーカだけ。他の奴らは皆自分勝手に遊びに行きやがった。
頼みの綱であったフェリアも、今日は島の人たちの前で演説しなければいけないようで、テッドを警護につけた。
「リオンも大変だね」
「ん? よくわからんが、それはそうだ」
こんな奴らに普段から振り回されていて、なんて俺はかわいそうな男だろう。
「それもそうだけど、そういう意味じゃなくって」
「?」
そういう意味ではない、とは。
「自分から問題に対して突っ込んでしまうこと。……別にこの島にはたまたま来ただけで、リオンにはあまり影響もない。王女様の身の安全を守るために、ということならわからなくもないけど。そういうふうには見えない。私の時もそうだった。どうして自分から問題に足を突っ込むの?」
「……」
正直、驚いた。
トーカがここまで長く話すことも珍しいし、そしてその言い分にも。
どうして俺が問題を無視できないのか、か。
「改めて聞かれると、たしかにわからないな」
路地裏にいたトーカを拾ってくる必要もなかったし、この島がどうなっても俺の生活には何の関係がない。
なんとなく助けようと思った、なんて言ってもたぶんトーカは納得しないだろう。
俺が俺だから。なんてありきたりでキザな言葉を言っても無意味だろう。
さて、困った。どう答えたらいいものだろう。
「伝染、とでも言うべきか」
「伝染?」
たぶん俺は、あのバカ馴染みに毒されてしまったのだろう。
俺が生まれたときから、ずっと隣にいたあのバカ馴染みに、自分でも気付かない間に毒されてしまったのだろう。
アイツは良くも悪くもトラブルをよく持ってくる体質だった。いや、習性と言うべきか。
誰かが困っていたら、何も考えずに首を突っ込み、俺を巻き込もうとする。
アイツのいるところには必ず問題が起きていたが、それともう一つ。
バカの隣にはいつも俺がいた。
だから俺もなんとなく、問題が起きたら解決しなければいけないと思い込んでいた。
「トーカはセラフィの考えていることが分析できるか?」
そう尋ねると、トーカは首を横に振った。
「パーティの中でも一番読めない。わからない」
「だからだろうな」
分析力に長けたトーカが俺の思考を完全に読めないのは、まったく読めないアイツに俺が少しながら染まってしまったからだ。
たいへん遺憾ではあるが。
「バカと天才は紙一重、っていう言葉があるが。アイツの場合、表も裏もバカであり、天才なんだ。バカでも天才でも、誰でも読めない。もちろん、平凡な俺はもっとわからない」
それでも俺がアイツを多少なりとも使いこなしているように見えるのは、きっと経験値が誰よりも高いからなのだ。
誰よりも、それこそ、アイツの親よりも俺はアイツといる。
そうなってくると、嫌でもアイツの扱いには多少なりとも慣れてくる。
「話が逸れちまったが、俺が問題を無視できない理由は、アイツが問題を無視できないからだ」
俺が関わろうとしなくても、アイツが絶対に関わろうとしてくる。
どっちにしたって結果は変わらない。
「これで納得できたか?」
「……なんとなく」
トーカがどこか腑に落ちない顔でそう答えたが、俺もよくわからないんだ。悪いな。
これ以上根掘り葉掘り聞かれても答えられん。
さて、こんな話はさっさとやめて。
「図書館に行くぞ」
「うん」
今は『海』について調べるしかないのだ。
★☆★
図書館の匂いというものを、俺はどうにも嫌いになれない。
古くなった紙の独特な匂いもいいし、新しい紙の新鮮な匂いも俺は嫌いじゃない。
心を落ち着かせてくれる、どちらもそう思える匂いだ。
「過去の文献は……ここか」
この島の歴史を取り扱っている本棚はかなりの量があり、全部読むのはさすがに無理であろう。
では、どの本から読み始めるべきか、そんなことを考えていると、トーカがあるシリーズものの分厚い本を一つ手に取った。
「『エキシタリア年表大辞典』?」
「あれだけの大きな現象。過去にも同じことがあったら書かれているはず」
「なるほど」
見たところ、過去百年ごとに区切られており、それが八冊ほど。
つまり過去八百年前まではざっくりと調べることができるみたいだ。
百年だけでもかなりの量があり、読むだけでもたいへんそうだが、手がかりは地味な作業の先にある。
「やるしかないか」
こういうとき、ケイラの手を借りたいのだがなぁ、ホント。
文字や文章から相手の性格までも読みとってしまえるケイラだが、本を読むのは苦手らしい。
どうにも作者だけでなく、編集者や校閲者の顔まで浮かび上がってしまって鬱陶しいとかなんとか。
「私が五冊読むから、リオンは三冊お願い」
「りょーかい」
トーカから手渡された本の重さに驚きながら、一冊目をめくる。
過去の全部が書かれているわけではないが、丁寧にまとめられている。
文化や当時の生活の様子。魔法の進展や、歴史、土地開発などなど。
こんな事態でなかったらもう少し楽しく読めただろうに。残念無念。
そんなことを考えながら、チラリとトーカを見ると。
ペララララッ!
「……はっや」
ほんの端にペラペラ漫画が書かれており、それを読んでいるのかと思わせるくらい、かなりの速度で本がめくられている。
もちろん、そんなわけはなく。
その証拠に、トーカは自分で気になるところがあれば、そのことについて詳しく書かれているページをめくっている。
紙が一方通行でなく、きちんと行き来している。
俺があれを真似するなんて、一冊読み終えるだけでも相当な時間がかかるだろう。
「……俺いらなくねぇ?」
それなりに時間は短縮できるかもしれないが、俺だったら重要なところを読み飛ばしてしまうようで怖い。
これだったら、トーカに全部任せてしまった方が早くて確実なのではないかと思ってしまう。
「リオン、手が止まってるよ」
「おう、悪い」
今は自分を卑下するより手を進めろ、と。そうですね、はい。
俺は隣で響く紙の音にあまり気を取られないように、本を読み進め始めた。
……いや、これを気にしないとか無理だろ、なんて絶対思ってないんだからね。
★☆★
――パタン。
ふぅ。
俺が任された三冊の本を読み終えると、もうトーカはとっくに五冊を読み終えたようで手持ち無沙汰に図書館をブラブラと歩き回っていた。
すいませんね、読むのが遅くて。
そんな俺に気付いたのだろう。
トーカは無表情で俺に近づいた。
「何か手がかりはあった?」
「いや、悲しいことにまったく」
『海』の記録もなければ、それどころか、地震が起きたという記録も全くない。
地震から何かしらの手がかりを掴めるのかもと思ったのだが、そんなことはなかったわけだ。
「そういうトーカは?」
俺がそう尋ねると、トーカも俺同様に首を横に振った。
「あの『海』についても、地震についてもまったく」
「そうかぁ」
もしかしたら地震については、違う本に載っている可能性もある。
この島の地理についての本を探してみるのもありかもしれない。
そう思い、俺が椅子から立ち上がると、トーカは本棚の下の方をじいっと見ていた。
その目線を追っていくと、そこには他と比べて極端に薄い本がある。
「絵本、か?」
子どもが間違って挿したのだろう、明らかにおかしなところに絵本がある。
トーカがその絵本を手に取ると、その絵本のタイトルは。
「……青い鳥」
「どこにでもある童話だな」
幸せを呼ぶ青い鳥、俺達の国でもある有名な童話だ。
この話の影響で青い鳥を見ると幸せになれるという迷信が生まれたわけで。
この島にもそういう話が伝わっていることはテッドやバカ馴染みから聞いていた。
「……トーカ?」
トーカだって聞いたことはあるだろうに、そう思ったのだが、トーカがその絵本を読み始めてしまったではないか。
まぁ、止める気もないし俺は一人でヒントとなりそうな文献を探そうか。
そう思って、その場から離れようとしたところで、トーカに「行かないで」とちょんと裾を掴まれた。
「なんだよ?」
この歳になって絵本を読み聞かせて、と言われてもやらんからな。
冗談半分でそう言おうと思ったが、なぜかトーカの無表情な目がどこか真剣に絵本に注がれている。
そして、少ししたあと絵本を机の上に置くと、ようやく俺を見た。
「リオン」
「どうした? ちょっと怖いぞ」
無機質な目と目が合うと、トーカにボコボコにされた記憶が蘇る。
しかし、トーカは絵本を指差した。
「これ、私の知ってる青い鳥じゃない」
「アレンジでもされてるんだろ?」
「ううん。たぶん、これ。この島のオリジナル。この島の童話だよ」
この島の童話。
トーカが何を伝えたいのかよくわからないが「とにかく読め」という圧だけは伝わってくる。
トーカも俺の裾から手を放してくれそうにもないし、ここは我慢して読むしかないようだ。
嫌々ながら絵本を読む。
トーカの言うとおりオレの知っている青い鳥とは少し違うものであったが、結局、特に変わった内容ではなかった。
オレの知っているものでは、幸せの青い鳥を探し続けた兄妹だが、身近なところにその青い鳥はいた、という話だったはず。
それに対してこれは、青い鳥が島の人を魔物から救った、といった内容だった。
だが、それがなんだというのか。
「トーカ」
悪いが、結局お前は何を言いたいんだ?
そう聞こうとしたのだが、トーカはそんな俺に首を縦に振って。
「うん。そういうことだと思う」
いや、だからどういうことだよ。
俺とトーカの相性はたぶんきっと、誰よりも悪い。
それだけはわかった。




