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とりあえず俺、壊れてもよくない?

 当たり前のことだが、大陸は海の上に浮かんでいる。


 だから大陸の上で生活している俺達が海を見上げることなんてありえない。


 にもかかわらず。


「なんだよ……これ」


 俺の目の前に映るそれは、どう見ても空を覆いかぶさんとする『海』だ。


「津波、なのか?」

「そんなわけないよ! あの程度の地震でこんな津波は起きないし、そもそもこれはいっこうに落ちてこない!」


 まるで自らの意志で巨大な壁になろうとしているよう。俺達に立ちふさがる巨大な壁として。


 なんだよ、この海の壁は。何がどうなってこんなものができた。ケイラの魔法実験か? いや、いくらアイツでもこの時間に、こんな問題になることは起こさないはずだ。それじゃ、他に何が考えられる? セラフィか? アイツならやりかねないが、さすがにケイラとシュリが止めてくれるはず。他に原因があるとすれば……さっきの地震。だが、テッドの言うとおり、あの程度の地震でこんな津波は起きない。それともさっきのは地震ではなく、いや、そもそもこれは本当に海なのか!?


「――ン! リオン!」


 呆然と、頭もまともに働かせることができない俺の耳に、テッドの焦った声が聞こえた。


 顔の向きはそのままに目だけを向けると、テッドはその空のような『海』を指差していた。


「早く避けて!」

「……え、あ、うっ!?」


 その意味に気付いたときにはもう、俺の左肩を何かが貫いていた。


「がッ!?」

「バカ野郎! ぼうっとしてんじゃねぇ!」

「ぐっ。すまん!」


 イグスの叱咤に謝ると、いったん考えることを放棄して、とにかく目の前の『海』に集中する。


 すると、先ほどは見逃してしまったが『海』から針のように先の尖った海水が俺達三人を攻撃する。


「く、そったれ!」


 穴を開けられた左肩を押さえながら、バックステップで初撃をかわす。しかし、次の瞬間には無数の水の槍が俺に迫っている。


 サイドステップ、バックステップ。頭を下げる、膝を落とす。そして、ジャンプ。


 多彩な避け方を見せることで、相手に先を読まれない動きをする。


 この動きを一瞬のうちに読めるとすればトーカくらいだ。


「うぐっ」


 だが、それだけでかわしきれるものでもないようだ。


 左肩を負傷しているせいで剣が使えない。


 本来であればいくらかはじき落とせている攻撃にじわじわと追い詰められていく。


 くそ、俺らしくもないミスをしちまった。


「イグス!」

「おう!」


 そんな俺を見るに見かねて、テッドがイグスの名を呼ぶと、イグスはそれだけでその意をくみ取った。


「おらよ! 大丈夫か!」


 俺の前に割り込むと、俺を守るように大盾を地面に突き立て壁を作る。


 あの海水がどれだけの攻撃力を持つかは知らないが、少なくともあの程度の貫通力ではイグスの盾は撃ち抜けない。


「わりぃ。助かった」

「気にすんな」


 短く感謝の言葉を述べると、すばやくポケットから小さなスクロールを取り出す。


【小道具】のスクロール。道具を収納できるスクロールだが、直径五センチ、重さにして二百グラムの小さい小道具しか収納できない名前のとおりのスクロール。


 常日頃、ホント準備ってのはバカにできない。


 スクロールを手でびりっと破くと、スクロールは消え、真っ白な包帯が手元に出現する。


「っ! 上からも来るぞ!」

「あと少しだ!」


 前からだけでは無理だろうと察した『海』は、上からの攻撃を加えようと、水の槍を宙に向けて放つ。


 焦りながらも、正確に自身の左肩に応急処理を施す。


「よし! いくぞ!」

「おおう!」


 上の攻撃が降りかかる寸前で、俺とイグスが同時に動き出す。


 反撃の時間だ、そう思った直後だった。


「皆さま、大丈夫ですか!?」

「シアンさん!?」


 ようやく異変と騒ぎに気付いたのだろう。


 シアンが杖を持って俺達に駆け寄ろうとしていた。


「危険だ!」

「! 待って、リオン!」


 咄嗟にシアンを守るために動こうとした俺を、テッドが慌てて止める。


「無理だ!」

「それでも待って!」

「何を言って――! ……あ?」


 テッドに言い返してやろうというところで、攻撃が止んでいることに気付いた。


 攻撃だけじゃない、影もなくなっている?


「消えたよ」

「どこにだ?」

「海の中に。沈んでいくように消えていったよ」

「……そう、か」


 問題は何も解決していない。問題すらもわからずに。


「リオン様!? お怪我を!」

「あ、あぁ。あ、いえ、大丈夫です。ありがとうございます」


 シアンが心配そうに俺の左肩を見つめてくるが、俺は心配はいらないとばかりに手を横に振った。


 こんなのシュリの回復で、ってしばらく会わないから無理か。


 なら、仕方ない。久し振りに回復魔法を使うとするか。


「それにしても」


 自分で自分の治療をしている間、まとまらなかった思考を再度蘇らせる。


 地震と同時に現れた攻撃する海の壁。


 まだ、情報が足りていないのか。それとも、もう答えは出せるのか。


「明日、ケイラにでも聞いてみるか」

「いや、だから明日は会えないってリオンが言っていたんじゃん」

「……」


 どうやら俺の頭は俺の予想以上にパニックに陥っているようだ。


 ★☆★


 結局、一晩考えただけでなんとかなる問題ではなかった。


 無駄に睡眠を削っただけという結果に終えてしまった。


「ふわぁぁぁぁ……」

「リオンがあくびなんて珍しいね」

「そうでもねぇだろ」


 お前らの後始末を毎回やっているんだ。その度に睡眠不足になるわけだし。


 あぁ、そうか。


「いつもはお前この時間寝ているもんな」

「あぁ、なるほど」


 テッドのこれまでの習性からか、いつも起床は昼前だ。


 この時間に起きるだけなら、俺よりテッドの方が珍しい。


「そういうお前は眠くないのか?」

「言われて眠くなってきたよ。寝ながらでもいいかな?」

「ダメに決まってんだろ」


 イグスはというと、靴がないことから朝から外出しているらしい。


 あらかた筋トレだろうけど。


 俺に続いてあくびを始めたテッドに呆れながらも、準備を整えた俺達は玄関の戸を開けた。


「おはようございます。リオン様、テッド様」

「おはようございます」

「おはよ~」

「おう、遅かったな」


 外にはもうイグスとシアンが準備万端といった様子で待っていた。


 どうやら俺とテッドを待っていたらしい。それは悪いことをした。


 チラリとシアンは俺の左肩に目を向けたが、あの程度の傷ならシュリでなくてもなんとかなる。


 それなりに魔力を使ってしまったが、島を回っているうちに回復する量だ。


「昨夜のことなんですが」


 会場まで歩いていると、俺達からではなく、シアンからそう切りだしてきた。


 今日はオープニングとはいえイベント初日だ。


 できるだけ、昨日のことは話さないようにと決めていたのだが。


「最近、地震が多いんですよ」

「そのとき、あの変な現象は?」

「毎回ではありませんが。ですが、あのように攻撃してくることは初めてで」

「ふぅ~ん」


 興味のなさそうな声を出すなテッド、失礼だろうが。


 そんなテッドの返しに「すいません。ご迷惑でしたよね」とシアンが謝り、それを受けて俺が「そんなことありませんよ」とフォローを返す。


 いつもの流れとはいえ、相手のことを少しは考えてやれよ、とテッドを睨み返すが、テッドの興味はすでに違うところに。


「おぉ! 本当に女の子でいっぱいなんだね!」

「お前なぁ……」

「え?」


 会場の裏から見る景色には、当然ながら、誰一人男はいない。


 確かに、改めてみると壮観かもしれないが、少しは昨日のことにその興味を分けてほしい。


 シアンは「私が悪かったんですよ」と俺までフォローしてくれるが、本当にこっちが悪いので恨んでほしいくらいだ。


 コイツらは今までとにかく甘やかされすぎなんです。


「それでは、皆さん。昨日の手筈どおりにお願いします」

「はい。わかりました」


 シアンはステージの横で準備を始める。


 どうやら思ったよりも時間が押しているらしい。


 ますます朝の件は申し訳なくなる。


『みなさん、お待たせしました!』


 そんなことを考えている間に、もうイベントが始まってしまった。


 昨日から段取りを教えてもらっていたとはいえ、いざやるとなると緊張してくる。


『今日から島の大交流会が始まります! それでは早速ですが、今年のゲストについて私から簡単な紹介から始めます。彼らは海を渡った大陸にあるコルシア王国、いえ、世界最強の冒険者です。彼らは――』


 世界最強の冒険者って言っても、俺からしてみれば世界最凶の問題児だけどな。


 数多の試練を乗り越えず破壊し、とりあえず暇だったからってドラゴンを討伐し、国から勲章をもらっても、その勲章を間違ってゴミ箱に捨てようとする人でなしどもだ。


 ……あと、シアンさん。俺のことを勝手にリーダーと紹介しないでください。


 シアンの間違った紹介文に訂正を入れてやろうか、と本気で思っていたところで、イグスが隣に立った。


 どうした、急に?


「なぁ、リオン」

「あん?」

「段取りって何?」

「は、お前何言って――」

「あ、それ僕も聞きたかったんだ」

「なぁ!?」


 しまった。声が大きすぎた。


 シアンがこちらを一瞥したことで、俺は二人を端に引っ張った。


「なんでだよ!? 昨日、島を回ってたときに聞いてたんじゃねぇのかよ!?」

「そういうのはリオンの役だと思ってよ」

「僕も僕も」

「ばっ、ふざ。おま、はぁ!?」


 それぞれが出るタイミングだったり、どういうパフォーマンスを見せるか、三人で考えただろ!?


 さすがにこれをどうやって忘れるんだよ!?


「それが忘れちまってよぉ」

「僕も」

「な、ちょっ。え、だって。……え?」


 ダメだ。今すぐにでも諦めてしまいたい。心が折れる。


 耐えろ。耐えろ、俺!


 ……………………ふぅ。


 ムリムリムリムリ! い~や~だぁ! もうかえりたいよ~!


 ああぁぁぁあああぁぁぁぁ~~~~ん。


「ヤバいよ、イグス! リオンの顔が壊れた!」

「どうする!? 誰か呼ぶか!?」

「誰かって誰!?」

「セラフィはどうだ!?」

「それは絶対逆効果!」


 結局、裏での騒ぎが表まで届いてしまったようだ。


 涙目になったシアンがさすがに俺達に注意しようと帰ってくると、俺の顔を見て思わず絶句してしまった、と後に聞いた。


 ……いや、知らんよ、もう。



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