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とりあえずスクロールを作ってみない?

「スクロールの作り方を教えてほしい、ねぇ?」


 あれから数分ほど説得してなんとかスクロールを作ってもらうことになった俺達は、ついでにトーカの頼みも尋ねてみた。


 どうせまずは断るところから始まるのだろう。


 と、思ったのだが。


「いいんじゃねぇの?」

「はぁ!?」


 予想外の反応に俺が何よりも驚き、シエンはそんな俺を見てうっとうしそうな顔をする。


 なんだろう。心なしか俺とトーカの扱いに差があるような。


「そう、かな?」

「トーカ。俺の考えていることはわかっていても返事しないでくれ」


 鳥肌が立つほどには怖いから。


「つうか、そんなに意外なことか?」

「てっきり面倒くさいと断るのかと」

「ま、それは否定しねぇよ」

「否定しねぇのかよ」


 面倒くさいと思っていることには変わりはないようだ。


 なら、どうして。


「コイツが俺の代わりにスクロールを作ってくれるってことだろ? 確かに面倒くせぇが、それさえ我慢しちまえば、俺は何もせずに金が入ってくる」


 クズだぁぁぁぁぁぁ。コイツ、正真正銘のクズじゃねぇか!


「いや、待て待て待て待て! それはおかしい!」


 これは絶対におかしい。誰が聞いてもおかしいと言われると断言できる。


「トーカがスクロールを作って、それで俺が金を払う意味ねぇだろ!」

「あん? なんでだよ。俺はコイツの師匠だ。弟子の金は師匠である俺の金だろうが」

「お前、それ暴論すぎるからな!?」

「はんっ。なら、俺は教える気はねぇよ」


 この野郎……。


 目の前のクズ野郎を殴りたい衝動に駆られるが、またしてもトーカが裾を引っ張って俺を止める。


 下に目を向けると、慣れたようなトーカの上目遣い。


 まさかと思うけど、それでなんでも許されると解析してるわけじゃないよな?


「ほら、どうすんだよ。えぇ?」

「っ……」


 コイツ。ホントいい性格していやがる。


 俺がトーカの我が儘を聞き入るしかないと瞬時に見抜いて、この契約を求めてきたな。


 コイツが超一流のスクロール屋でなかったら本気で殴り飛ばしていたが、悲しいかな。天は人を選ばないらしい。


 少しばかり考えて才能というものを与えてほしい。


 シエンだけに限らず、俺の周りにいるバカ共も。


「料金は変わらねぇんだろうな」

「さすがにそこまで言わねぇよ」

「ちっ。わかったよ」

「交渉成立だな」


 頼むからトーカはこんな奴みたいな人間にはならないでほしい。


 上機嫌になったシエンはニシシと笑みを浮かべると、家の奥へと進む。


 ついてこい、ということだろう。


 ここから先は俺ですら入ったことのない場所だ。


 というか。


「おいおい。俺まで入っちまっていいのかよ?」

「かまわねぇよ」


 手をフリフリと頭の上で振って軽く許された。


 前に俺が頼み込んだとき、断固拒否されたあれはなんだったのか。こんなにもあっさり入れるとは。


 しかし、これはもしかしたらチャンスかもしれない。


 トーカと言わず、俺がスクロールの作り方を覚えてしまえば金の心配はない。


 前にも言ったかもしれないが、どれだけ金があろうとも、無駄遣いしないことは悪いことではない。


「どうせ、テメェの頭じゃ俺の技術は盗めねぇよ」

「くっ……」


 そういうことか。


 教えてくれないのは、どうせ技術を盗めない俺に教えることが面倒くさかったってことかよ。


 ふ、ふん。それくらい俺だってわかってはいたさ。


 なんでも器用貧乏にできる俺だが、最後に一番にはなれない。


 そんな俺が一番の技術を教えてもらったところで、という話か。


「だが、嬢ちゃんは違うな」


 シエンがトーカの目を見てそう言った。


 彼の目はトーカの無機質の目の奥に映る何かを見ていた。


「嬢ちゃんが何者なのか知らねぇし、聞くつもりもねぇ。が、いい目をしている」


「俺、見る目はあるんだよ」と、面白いものを見つけた子どものようにシエンは笑う。


 いつ以来だろう。アイツのあの笑みを見たのは。


 久し振りの笑みを見た俺までもが笑いそうになっちまう。


「なんだよ、気持ちわりい」

「別にいいだろ」


 シエンの後をついて行った俺達は、シエンの仕事部屋と思われる部屋にいた。


「教えるって言っても、やることはそこまで難しいことじゃねぇんだ」


 シエンはそう言って、本棚の上に置かれたよく古びた紙、俺がよく見るスクロールの紙を取った。


「スクロールってのは、要するに魔法陣の応用みたいなもんだ。簡単に言えば、魔法陣をこの紙に描くってことだ」


 それくらいは俺でも知っていることだ。


 通称スクロール紙と呼ばれる紙は特殊な素材で作られており、魔力がその場にとどまりやすい性質を持っている。


 この紙に特殊な筆とインクで魔法陣を描く。


 この筆で自分の魔力が筆先に伝え、筆先についたインクがその魔力を逃がさず受け止める。


 そうして、スクロール紙に描かれた魔法陣はできあがった時点で魔力を込めた、いわば今すぐにでも発動できる魔法陣になる。


「と、そこにいるバカみたいな奴らはこれだけ聞いて簡単なものだと誤解するが」


 悪かったな、バカで。


「スクロール紙を破らずに、かつ、インクや魔力の濃度が常に一定しないといけない。これがどれだけ難しいことか」


 持ち歩いている最中にスクロール紙が破れていた、なんてことは言語道断。インクの塗りすぎで紙が柔らかくなってしまってはいけない。


 スクロールを使おうとして発動しないなんてことがあれば、それは冒険者にとって死を意味する。込められた魔力が不安定ではいけない。


 かつて、俺が独学でスクロールを作ろうとして失敗した経験談だ。


「だが、これは結局基本でしかない。この程度できて当たり前。できたところで二流だ」


 シエンが俺を見ながらそう言う。悪かったな、二流以下で。


「一流はあえて魔力の濃度を僅かに変える」


 本当であれば一定でなければならない、決められている魔法陣に変化を与える。


 すると、どうだろう。


 その魔法陣は暴発を起こし、しかしそれは変化を与えることになる。


「だが、それでもまだ一流程度。そんなの一流の魔術師であれば、筆がなくても魔法陣をかくことができる」

「ちなみにケイラも「この程度当然でしょ」と言ってる」


 ケイラの場合、あるく魔道書と言われているくらいだしなぁ。


 前から思っていたんだが、お前とケイラって共通点多いよな。傲慢な態度とか。


「俺ともなると、二つの魔法陣をこの紙の上で重ね合わせて作り上げる」


 二つの魔法陣を、それぞれインクや魔力の濃度を変えて書く。もちろん、この二つの魔法陣はあえて暴発させるように書いている。


 一歩間違えれば、通常よりも大きな暴発を起こし、スクロールを使う人を自ら危険にさらす可能性がある。


「ま、コイツがどんな目に遭おうが知ったことじゃねぇってのもあるし」

「おい、聞こえてるからな」

「聞こえるように言ってんだ」

「ホント性格悪ぃな」


 一通り説明を終えたもののトーカはきちんと理解できただろうか。


 トーカに男二人して目を向けると、トーカはキョトンとした顔をして、


「それだけ?」


 と言った。


 いやいや。


「それだけってなぁ、テメェ。言っておくがテメェが思っている以上に何倍も難しいんだよ」


 トーカの物言いにシエンが額の血管を浮かばせて笑みを浮かべた。


 あ、ヤベェ。これはマジの方だ。


「テメェがどれだけ器用でも、これはそういう次元じゃねぇってことを教えてやるよ」


 シエンはそう言って、持っていたスクロール紙をトーカに渡し、さらに作業用であろう机からインクとペンを取ってくると、床に腰をドサッと落とした。


 おいおい……。


「今ここで書いてみろ。なんでもいい」


 トーカは黙って頷くと、スクロール紙にペンを走らせる。


 さて、いったい何の魔法陣を書くのだろう。


 トーカにはありとあらゆる魔法陣がインプットされている。


 基本の初級魔法陣なのか、それとも実力を見せるために上級の魔法陣を書くのか。


 後ろから覗き込むように見てみると、俺の予想を超えるものだった。


「俺が使った壁の魔法陣?」


 トーカらしいと言えばトーカらしいが。


「よく書けるな。俺なんて覚えてねぇよ」


 なんとなく覚えているが、細かいところは覚えていない。


 だが、間違いない。この魔法陣の形は俺がトーカの時間稼ぎをするために使った壁のスクロールだ。


「……ほぉ」


 戦闘中、ましてや近くでじろじろ観察したわけじゃない。


 にもかかわらず、ここまできれいに正確に書けるものなのか。


 さすが、天才が求めた頂点のような存在なだけある。


「どう?」


 完成までにそこまで時間がかからなかった。


 この速さにはさしものシエンも驚きの表情を隠せまい、としてやったり顔で見ると、意外や意外。


「ついてきな」


 と、トーカまさに顔負けの無表情でそう指示すると、玄関の戸を開けた。


 そうして連れて来られた場所は、近くの廃工場だった。


「スクロールを作る度に、俺はここで本当に自分が望んだものなのか検証する」


 おかげでもうボロボロになっちまったけどな、と顔は笑っているが目はまったく笑っていない。


 めっちゃ怖い。


「自分で実際に使って確かめてみろ」


 これで完璧に成功していれば面白いのに。


「ん」


 ほんの少しの期待を込めてトーカを見守ると、シエンがひっそりと俺の後ろに移動していた。



 ――まるで俺を盾にするように。



「っ……!?」

「うぉ……っ!!」


 トーカが空中にスクロールを貼ると同時に目に見えない爆発が俺達を襲った。


 頑丈に作られているトーカはまだしも、生身の人間であれば簡単に吹き飛ばされてしまいそうなほどの爆風が吹き荒れる。


「く……!」

「おい、動くなよ。俺が吹き飛ばされちまう」

「ふざけんな、お前!」


 シエンのクソ野郎。こうなることをわかって……!


 すさまじい突風が止まると、シエンが我が物顔で前に出てきた。


「どうだ? 簡単だったろ?」


 殴りたい、この笑顔。


 最高級の皮肉をトーカに浴びせたシエンは、使い終えたスクロールを拾う。


 スクロール紙には魔力は込められていないものの、インクという痕跡は残っていた。


 そして改めてスクロールを指差して、


「こことここだな。インクの濃さが僅かに違う。そして、この線は筆に迷いがあるのか潰れている。このせいで、防御の力が薄れて攻撃の意志が生まれてしまったか」


 初心者にマジレス。


 つうか俺を盾にしたときも思ったが、シエンのやつ、暴発した理由を正確に理解していやがる。


「それ以上に魔力の込め方が全然なっちゃいねぇな。ただの魔法陣を使うのとスクロールじゃ魔力の込め方は大きく異なる。鉛筆と一緒なんだよ。必死に直線を引こうと考えているときより、何も考えていないときの方がきれいな直線を書けるときがあるだろ。それと同じだ」


 その他にも今回の失敗した理由を述べたシエンだったが、


「ま、筋は確かに悪くない」


 と、最後に言った。


「え?」

「唯一良かった点は魔法陣を正確にスクロール紙に書いたってことだ。そこのぼんくらはそれもできねぇだろ」

「うっ」

「なんだよ、図星かよ」

「お前ことあるごとに俺を罵りすぎだろ」

「天才が平凡を罵る。お前がいつも言ってることだろ」

「いやいや、違うから」


 それはただの嫌なやつだから。


 こんなやつをトーカの師匠にしてやれねぇよ……。


「……はぁ」


 けど……まぁ。


「トーカのこんな顔を見ちまったら、止めたくても止められねぇか」


 駄々こねて俺が死ぬとか、笑い話にもならねぇ。


 トーカはシエンに頭を下げると、


「私にスクロールの作り方を教えてください」


 と、言った。


 会ったばかりのトーカからは考えられない行動だ。


 誰でも自分の知らないものに出会ったら、こういう顔するんだろう。そう思えるような顔だ。


「いいぜ。だが、お袋直伝の教え方はテメェが思っている以上にキツいからな。覚悟しとけよ」

「うん……!」


 というわけでだ。俺は自分の娘がどこかに旅立つような、父親の悲しい想いをしたわけだけど。


 とりあえず。


「シエン。一発殴らせろ」


 さんざん俺を馬鹿にした罰だ




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