とりあえずスクロールを補充しに行かない?
さて。
何事もなく俺とトーカが家に帰ると、いつものバカ達を広間に集めて、フェリアから受けたクエストについて説明した。
すると、返ってきた返事は。
「男女が分かれているなんて面白そうな島なんだね」
お前ならそう言うと思ったよ。
「洞窟とかあれば探索のしがいがありそうなんだけど」
お前は探索か潜入くらいしか興味ないの?
「私はその島に伝わる魔法があれば研究したいわね」
……普通だな。うん、普通だ。
「筋トレするか!」
それは普通の反応じゃねぇから。
「教会に仕える身として教えを広げるべきなのでしょうか?」
なんとなくだけど、神様がアンタになりそうで怖い。前例は……ある。
と、それぞれの返事を聞く限り、俺が勝手にクエストを受けてきたこと自体はなんら否定する気はないようだ。
ま、否定したところで強引に連れて行くから問題はないんだけど。
それがわかっているから否定しないのか……そんなわけねぇな。
とにかく余計な体力を使わないことに悪いことはない。
コイツらには準備という準備はいらないが、俺はそういうわけではない。
無表情のまま隣を歩くトーカをチラリと見る。すると、トーカもちょうどよく俺を見上げた。
「リオン、どこに行くの?」
「ん~」
つい先日のことだ。
この無垢な少女を人間兵器へと改造しようとする事件がとある国で行われようとしていた。いや、行われようとしていたのではなく、実際に行われていたのだ。
それを止めるために俺達は秘密裏(?)に動いて止めたわけだけど。
「とりあえずスクロールを発注しに行こうかと」
「スクロール……」
その言葉で彼女は、暴走していたとはいえ俺を殺そうとしていたことを思い出したようで、申し訳なさそうに俯いた。
別に気にしなくてもいいと言っているんだがなぁ。
冒険者にとって必死と向かい合うことは必ず起きることで、その必死にどう立ち向かっていくのかが冒険者の力であり、また、醍醐味でもあるわけで。
もうダメだ。殺される。人生終わった。
そう思ったときに湧き出る火事場の馬鹿力であったり、ヒラメキであったり。
そうして死地から帰ってきたとき、冒険者はより冒険者へと染まっていく。
だから、冒険者にとってピンチは悔しく辛いものであると同時に、自分の力を証明するチャンスでもある。
だからお前は気にしなくてもいいんだ。
「……そう言ってしまえる方は楽なんだけどな」
「……?」
言われる方は自分で自分を責めている。
他人からの言葉で簡単に立ち直れるのであれば、はなから自分を責めていない。
結局、時間の問題。
妥協と享受。そして反省。
そういうものなんだと受け入れる。それから、もうそんなことが起きないように自分を強くする。身体的にも精神的にも。
こうして冒険者は強くなっていくのだから。
「ま、時間をかけて考えろ。トーカ」
「……ううん、リオン」
「どうした?」
トーカはまた一つ新しく覚えたようだ。覚悟を決めたように、俺の目をジッと見つめると。
「スクロールの作り方が知りたいから、私もついて行っていいかな?」
あ、もしかしなくてもそのこと考えてた?
め、めっちゃ恥ずかしい。自分の言葉を客観的にカッコいいと思いそうになっていた俺が恥ずかしい……!
「……かまわねぇよ」
「リオン?」
一瞬あいた間にトーカが首を傾げるが、気にしないでもらいたい。あと、俺の顔を覗き込もうとするのもやめて。
いろいろ恥ずかしいから、ね?
「にしても」
そうこうしているうちに俺達は目的地に着いていた。
俺が立ち止まると同時にトーカもその店を見上げていた。見上げて、固まったように動かなくなっていた。
「相変わらずわかりにくいよなぁ」
同意を求めるようにトーカに尋ねると、トーカが「本当にここ?」とでも言いたそうな顔をしているではないか。
まぁ、そういう反応するとわかってあえて立ち止まったんだけどな。
「スクロールを売っている店とは思えないだろ?」
コクコク。
無理はない。
なぜなら今俺達の前に建っている建物は、誰がどう見ても『普通の家』にしか見えないのだから。
玄関には表札がかけられており、その下にはインターホン。よく植物が置かれており、チラリと覗ける庭にはどこにでもありそうな服などが干されている。
他にも、何をどう見てもそれはただの一軒家で、少なくとも店には外側からは見えない。
「解析開始」
「ははっ」
トーカ、ついに解析しちゃったよ。もしかしてこの普通の家にしか見えない店が、幻覚等の魔法がかけられていると思ったのだろうか。
だが残念。
「何も、見えない?」
「そりゃそうさ。何もかけられてないんだから」
彼女の解析力を持ってしても、やはりこの店の異常性はわからないか。
「中は、違う?」
「入ってみればわかる」
玄関の戸を開けて、トーカに入るように促す。
好奇心に押されるようにトーカが入り、それに俺も続く。
「解析開始」
「だと思った」
入った途端にすぐにトーカが解析を始めるが結果は変わらない。
「何もないだろ?」
俺は面白おかしそうに笑いながら、靴を脱ぐとどんどん奥へと進んでいく。
「あ、待って」
珍しくトーカが恐ろしげに俺と腕を絡ませる。
「いだだっ」
うん、怖いのはわかるんだけどさ。力を調節してくれないですかね?
このままだと腕の骨折れちゃうから。また、ショックを受けちゃうのは君だけど。罪悪感を感じちゃうのは俺だからね?
あれってなんでだろうね。悪くない人が罪悪感って。
俺が腕の痛みを堪えていると、WCと看板が下げられている目の前の戸がガチャリと開いた。
「ふわあぁ……あ?」
そこから出てきた男は大きなあくびをしていたが、俺と目を合わせると――
「ふわあぁ……」
――また大きなあくびをつきやがった。しかもあろうことか。
「二度寝しよっ」
「おいちょっと待ちやがれ」
当然のように寝室に向かおうとしたので、トーカがいない方の腕で男の腕を掴んだ。
「あんだよ?」
「いや、なんでキレ気味なんだよ」
お客が来てるというのにこの態度。相変わらず接客業の片隅にも置けないやつだ。
「どうして来てんだよ……」
「それをお客さんに言うなって」
「仮にお前が客だとしてもだ」
「仮じゃねぇから。普通に客だから」
来て早々ひどい言われようだが、これでもスクロールを開発する腕は超一流。
それに、コイツだって全部本気で言ってるわけじゃ……ない、よな?
クイッ。
「ん?」
トーカに腕が軽く引っ張ると。
「おいおいなんだよ。この普段からつまらなそうに生きていますみたいな少女は」
「お前なぁ」
そういうことは思っていても口にしないってのが礼儀だというのに。
「トーカだ。つい先日新しくパーティに入ったんだ」
「ほぉん」
ほぉんって。本当に興味なさそうに。お前から聞いてきたんだろう。
「で、トーカ。コイツがこの店の店主で俺専属のスクロールを開発する」
「キュリアス=シエン。シエンで構わねぇよ」
「……ここは」
「あ?」
「ここは本当にお店なの?」
「まぁな」
……………………………………………。
「……」
「……」
……………………………………………。
「……」
「……」
……………………………………………。
「いや、お互いになんで黙ってんの!?」
「あん? 今ので終わったからじゃねぇの?」
「途中半端じゃねぇか。もっと話すことあるだろ!」
どうしてこの店は外からしても、中から見てもただの家のようにしか見えないのか、とか。
そういう意味も込めてトーカも聞いたはずだ。
「知るかよ、そんなの。俺は聞かれたこと以外は答える気はねぇよ。面倒くせぇし」
「ホントお前は相変わらずだよなぁ」
「そりゃ俺だからな。俺が俺らしくなかったら、俺はいったい誰だって話だ」
妙に正論だから面倒くせぇ。
トーカも納得してしまったようで、申し訳なさそうにしているし。
このシエンが言う正論がいつも正しいと思えないのはなんでだろうな。
「じゃあ俺が代わりに聞くが、どうしてお前の店はこんなにも普通の家のようなんだ?」
「答え知っているやつに教える意味を逆に教えてくれねぇか?」
「……はぁ」
シエンは俺ではなく、トーカを睨むようにそう言った。
「自分が何を考えているのか、何を感じているのかなんてな。本人にしかわからねぇし、そういう食い違いが冒険者を死に晒す。と、俺は思っている」
その言葉は妙な説得力を持っていた。
それがシエンの経験から基づいた言葉だというのも、解析に特化したトーカが気付かないわけがなかった。
そしてトーカは誰よりも解析してわかったものを誰よりも尊重する少女である。
「どうしてこの店はこんな形を?」
「それはここが超一流のスクロール屋だからだ」
「どういうこと?」
「目立つといろいろ客が来て面倒くせぇだろ? だからこうしてどこからどう見てもただの家のようにしているんだよ。そのおかげもあってか、俺の店に来るやつはコイツだけだ」
シエンはそう言って俺を指差す。もっと俺に優しく接しようぜ。
「コイツのスクロールは確かにすごい。それはトーカも知っているだろ?」
「うん」
「その分、結構な額しているんだけどな。俺達はお金だけはバカみたいにあるから」
「俺も金がねぇと生活できねぇからな。当然だ」
なおさら俺にもっと優しく接するべきだろ。
だが、それほどまでにこのシエンの作るスクロールはすごい。
トーカとの戦いで頻繁に使ったあの壁を創成するスクロールはシエンオリジナルのスクロールでもある。
他のスクロール屋があのスクロールの存在を知っていても、おそらくあのレベルまでのスクロールは作れないだろう。
「もっと魔女みたいな人だと思っていたけど」
「ま、それも間違いではないかもな。お袋は魔女みたいな人だったし」
「シエンは先代の後を継いでいるんだよ」
シエンも変人だが、あの人はもっと変人だったなぁ。
と、俺が懐かしく思い出している中、目の前のシエンはうげぇとした表情をしていた。
良くも悪くもあの人も天才だったから仕方がない。
「で、今日は何のスクロールだ?」
おっと。ようやくこの店に来た本当の目的を果たせる。
「先日のクエストでスクロールを全部使い切っちまった。補充を頼む」
そう返すと、シエンは呆れたようにため息をついて。
「帰れ。面倒くせぇ」
「いや、お前マジで客いなくなるからなっ!?」
俺の周りにはこういうやつばっかだ。
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