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きっとすべてが間違い

ゴッドハートを神の心臓(ゴッドハート)と表記を変えました。

やっぱりカタカナは読みづらいんで……。

 ――少しここで待っていなさい。


 そう言って主がどこかに出掛けてからもうどれくらい経っただろう。


 数日、数時間、数分、いやもしかしたら数秒かもしれない。


 時間の流れがずいぶんゆっくりに感じる。


 感情があるだけでこんなにも違うことを知っているのは、この世界できっと私だけが最も深く知っているだろう。


 思えばリオンと一緒にいた記憶はずいぶん長いようで、短く感じる。


 どれだけ過去に時間をかけていても、記憶を思い返すのは一瞬だ。


 それをわかっていながらなお、リオンとの思い出はあまりにも短すぎる。


 でも、その短さの分、私の中をいっぱいに満たしていく。


 別に思い出だけじゃない。


 リオンの横顔でもいい。


 リオンの、私を安心させるような顔を思い浮かべるだけで、温かさが私を満たしていく。


 そういえば。


 リオンはいったいどんな人だったんだろう?


 観光客とは言っていた。


 でもそれは仕事ではないし、リオンが普段から観光ばかりしているとは思えない。


 この私の分析力は私の記憶の中でさえも行われる。


 リオンの歩き方、あれは街行く人とは大きく異なっていたように思える。


 私でない誰か(・・・・・・)を探していた兵士とも違う。違うけど、少し似ているところはいくつかあった。


 ううん。似ているというより、あれは兵士をさらに洗練させたような。


 となると、リオンはどこかの国の兵士をやっているのかもしれない。


 リオンのことだ。


 きっと優秀だったに違いない。


 だけど、どんなに優秀な者でもあの状況下では逃げられないし、殺されるしか術がなかった。


 ……あぁ、まただ。また胸の奥が泣いている。


 リオンが死ぬ瞬間の顔だけは私をこんなにも苦しませる。


 早くこんな感情を消してほしい。


 そう思って、主がいなくなった方向を鉄格子から覗き込むが、真っ暗な通路が続いているだけ。


 人の気配も感じない。


 私、ただ一人。


「おなか、へったなぁ」


 そんな呟きが自分の口から出たことに自分が驚いた。


 私がお腹を空かせることなんてありえないのに。


 リオンは私にご飯を食べさせてくれたが、本来私にそんなものは必要のないものだった。


 それなのに、リオンが食べさせてくれた塩むすびを始めに、私は空腹を覚えるようになってしまった。


「リオンの塩むすび」


 もう食べられないと思うととても悲しくて仕方がない。


 これから感情を消して、それからもしかしたら違う塩むすびを食べるかもしれない。


 けれど、リオンが作ってくれたあの塩むすびを食べることは、この先あり得ないのだ。


 自分であの塩むすびを分析すればいい。


 そう思ったけど、それはちょっと違うとも思った。


「だったらもう何も食べなくてもいい」


 感情とともにこの空腹感も消してもらおう。


 そう思ったときだった。


 カツン。


 主が消えた方向から誰かの足音が聞こえた。


 無意識に分析を始める。


 そして目に映る前に、その歩き方だけでその人物が誰かわかった。


「……よぉ」

「……」

「はっ。やっぱり何も喋らねぇか」


 それはリオンを私の目の前で殺した人だった。


 おそらく暗殺者だ。


「さっき連絡があってな」

「……?」

「あの男を処分したという連絡だ」

「っ……!」

「へっ。ようやく反応したか」


 目の前で私の反応を笑う人に苛立ちと憎悪が芽生え始める。


 そう、これが主が消したがっている悪の感情だ。


「いいや、それは殺気だぜ?」


 その反応にも男は笑う。


「俺は暗殺業を生業としているが、その所為か、人の殺気に敏感になっているんだよ」


 そう。でもどっちにしたってこの感情は主にとって不必要なもの。消されるだけだ。


「消される前にいいデータが取れてよかったじゃねぇか」


 男はそう言って不用心にも私に近づく。


 それは決して攻撃されることのないという安心から生まれるものだろうか。


 だとすれば甘い。甘すぎる。


「なっ……!?」


 私が手のひらを見せると同時に魔力の光線が放たれ、あっけなく男の肩を貫いた。


 本当はリオンと同じ首を狙ったんだけど、手の照準が合わなかったことと、寸前で避けられたことを理由に肩を貫いてしまった。


「なにが……!」


 ――どうなっているんだ、とでも言いたいのだろうか?


 そんなことを自分で考えることもできないのか。


「私は主に逆らえない」

「ならなぜ……っ!?」


 答えるまでもないと光線を放っていく。


 向かいの壁が光線で黒ずんでいくが私は気にせず打ち込んでいく。どうせこの壁は私の光線では破壊できないようにつくられているであろうから。


「主に逆らえないだけで、別に主はあなたを殺してはいけないとは言っていない」

「あの野郎……!」


 ――ちゃんと言っておきやがれ……!


 そう言いたそうな顔をしているけど、それも違う。


 主はそんなミスを犯すような人ではない。もっと無慈悲な人だ。


 結局、この人も主に使われているだけ。目的のために使われているだけにすぎないのだ。


「かわいそうな人」

「なんだと、このクソガキ……!」


 懐からナイフを取りだして投げようとするが、そもそも私はそんな暇を与えない。


 私の分析力で男の性格、動きの癖、身体すべての動きを観察して、男が何をしてくるかを予想する。


 懐に手を伸ばすときにはすでに遅く、私の光線が男の胸を貫いた。


「がっ……!?」


 あっけないものだ。そう思った。


 きっとこの男もリオンを殺したとき同じようなことを思ったに違いない。


 だからこそ、私はこの感覚に辟易した。


「くそ、が……っ!」


 こうなることがわかっていたら、この男は私と戦おうとは思わず逃げていただろうか。


 ううん。それでも遅い。


 わかっていたらこの人は私にリオンの処分を連絡しに来なかっただろう。


 そうだ。すべては遅かったのだ。


 私は自分が危険なものであると、最初からわかっていたはずなのに。


 リオンを自分の境遇に巻き込みたくないと思っていたのに。


 それなのに私はリオンから離れなかった。離れたくなかった。


 この男もきっとそう。


 私の絶望の反応を見たかったために、私と関わってしまった。


 最初から私はリオンに関わるべきではなかったのだ。


 リオンに会うべきではなかった。救われるべきではなかった。


 そもそも脱走しなければよかった。


 脱走したからリオンは殺された。脱走しなかったら主の研究は完成しなかった。


 すべて私が招いた。私がすべてを引き起こした。


 どうして私は逃げてしまったのだろう。どうして私が実験の対象に選ばれたんだろう。どうして昔の私はこんなことになってしまったのだろう。


 どうして。どうして。どうして……。


 私の分析が過去へ過去へと巻き戻っていく。


 その度に、私は何かに絶望する。


「もう何もしたくない」


 たどり着いた結論はそこだった。


 何もしなければ人は誰にも迷惑をかけない。生まれなければ何も起きなかった。


 主は言ってくれた。


 感情を電子情報化したのなら私の余分な感情を消してくれると。


 その必要はもうなくなった。


 もう私は、自分から何かをすることはないのだから。


 今なら自分自身の手で感情を消してしまえる気がした。


「ごめんね、リオン……」


 最後にそう呟いて、すべての機能をシャットダウンしようと思った。


 その時だった。


 ドッッッッッッッッッッッン!!!!!!


 遠くから少し変わった爆発音が聞こえた。


「え……?」


 この音を私は知っていた。


 私が逃げようとしてカプセルを破壊したときに、同時に鳴った爆発音だ。


 その状況が繰り返されるように、あのけたたましいサイレンの音が鉄格子の中まで鳴り響く。


 しかし、今度はそれだけに収まらなかった。


 ガコンッ。


 私の頭上で何かが取り外される音がし、思わず上を見上げると、私の前に誰かが飛び降り立った。


 まるで観光気分のように小さなリュックサックをぶら下げて。


 その人は言った。


「悪い。いろいろ遅くなった」


 まるで待ち合わせの時間から遅れたように声をかけてきたその人は。


「リオ、ン?」



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