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この力の先に待っているのは――

 後ろでリオンが引きずられていく音が聞こえる。


 聞こえてはいるが、私は主に逆らうことができず、首を回すこともできない。


 リオン。リオン……。


 気付けば私の世界の色は何もない、モノクロの世界に染まっていた。


 主の命令通りについていった先に待っていたのはただの牢獄だった。


 かつて私を閉じ込めていたカプセルは使わないのだろうか?


 私が壊したカプセルが最後だったんだろうか?


 そう思ったのだけど。


「さて、これで最終段階も大詰めだ」


 主がそう言った。


「……?」


 何を言っているのだろう? まるで、私がこうなることをあらかじめ予期していたみたいな口ぶりだ。


 ここまですべてが計画通りだったと言わんばかりの顔をしている。


 表情を崩さない私を、主はやけに嬉しそうに眺める。


「たくさんの感情を手に入れたようだな」

「……」


 たくさんもらった。リオンから。


 あの地獄では決して知ることもできなかったものを、たくさん。


 ご飯の美味しさも、綺麗な服も、あったかい感情も。


 いっぱいもらったけど……。その中にはいらないものまで混ざってしまっている。


 幸せを知ってしまったことで、不幸まで知ってしまった。


 希望を知ってしまったことで、絶望まで知ってしまった。


 こんな気持ちになるくらいなら、そもそももらわなきゃよかった。そう思えるくらいに。


 たくさんのものをリオンからもらった。


「その感情こそが私のほしかったものだ」

「……」


 どういうことだろう。


 主にそう問いかけたいが、相変わらず私の顔はピクリとも私の指示に従ってくれない。


 その代わりに主が説明してくれる。


「幸福感や希望。それがなければ、お前達を扱うことはできない。しかし、それだけではまだ足りないのだよ。痛みや絶望を知ることは、よりお前達を扱う上で重要になる」


 主はいったい何を言っているのだろう? いったい私に何をやらせたいのだろう?


 私はいったい、何をこの主に求めているのだろう?


「お前の解析力、分析力でも間違いではないが、それは人間が到達し得ない域をとうに超えている」


 主がそう言った。


「お前の力を使えば、すべてのものを瞬時に解析し、そのすべてを知ることができる」


 主達の試行錯誤の実験によってむりやり植え付けられた解析力は、主の命令でいつでも、なんでも解析することができる。


 解析することによって、私はあらゆるものを情報化することができる。


 もっと簡単に言えば、ものすごく学習能力が高いということ。


「人間を作る上でもっとも難しいものは何かわかるか?」


 人間。


 はたして私は人と呼べるものだろうか。


 ……違う。私の身体の中にはリオンのような赤い血は流れていない。魔力だけの緑の液体。


 人間ではない私がリオンといたことがもう間違っていたのかもしれない。


 そんなことを考え始める私に、主はまるで独り言のように話しかける。


「感情だよ。思考でもいい。人間は感情が生まれ、そこから思考が生まれる。つまり、思考を生み出すには、まず感情が最も重要となる。これまでの古人はその過程を無視して人を作ろうとした。だから失敗したのだ。感情を人は作ることができない。それがなぜだかわかるか? いや、もうわかったはずだ。その解析力なら」


 わかる。わかってしまう。そんなの当たり前だ。


 感情を作ることができないのは、感情そのものを人間が解き明かしていないからだ。


 どうして感情が生まれるのか。どのようなときに、どのような感情が生まれるのか。また、その感情を電子的に表すにはどうすればいいのか。


 感情の本質がわからずして、感情を作れるわけがない。


 その土地のことを知らずして、その土地を改良しようとしているようなものだ。


「だから感情を情報化する。お前の力でな」


 そのために、私に解析力という力を身に付けさせたのか。


 違う。そうじゃない。


 私に解析力を身に付けさせたのではなく、解析させるために私を作ったのか。


 やっぱり私は人じゃない。ただの道具なんだ。そう自覚してしまう。


「感情がなければ悲劇は繰り返されてしまう」


 悲劇が、繰り返される?


 そのとき、主が初めて喜び以外の表情を見せた。


 それは後悔の顔だ。


「感情のない機械など、使う人によって結局悪にも善にもなる。悪が使えばただの人に害をもたらすためのものとなり、善が使えば人を守るものになる」


 確かにそうかもしれない。ものは使う人による。


 そもそも爆発物だって、もともとは工事のために作られたものなのに。人はそれを人を殺す道具として使った。


 だけど、それは例え悪の感情を消したところで同じことだ。


 作られた機械が人を殺すことを善と定義してしまった場合、機械は人よりもタチが悪くなる。


 こんなことは無駄です。


 だが、いくら私がそう思ったところで、この声は届かない。


 しかし、さらに主は言う。


「勘違いしては困るが、私の最終目的は人間を作ることではない」

「……」


 人間を作ることではない?


「私の最終目標は、人間を作り(・・・・・)替えることだ(・・・・・・)!」


 人間を、作り替える。


「すべての人間から悪の感情を取り除き、善の感情だけを残す。これによって、世界は平和になる!」


 人間を生み出すのはその過程でしかない、ということか。


 人間から悪の感情を取り除くために人間を生みだし。人間を生み出すために人間を使い。人間を使うために人間を利用する。


 主にとってすべてが過程でしかない。


 私も、関係のないリオンも。何もかも。


「……」

「ほぉ。涙を流すようにもなったのか」


 主が私を興味深そうに見つめる。


 そうか。私は泣いているのか。これが泣いているということなのか。


 この感覚を私は知っている。


 私が生まれた自覚したとき、そのときも私は涙を流していた。


 きっとそれは私が、私になる前の私が流した涙だったのだろう。


 もともとはリオンと同じ人間だったかつての私。


 すべての記憶、すべての人格を奪われ、私の中から消えてしまったもう一人の私。


 リオンに会うまでずっと私の中にいたのはきっとその私だったのだろう。


 私になる前に、たくさんのことを味わって、たくさん悲しんだのだろう。


 でもリオンと出会って。


 リオンに触れて、ようやく幸せを感じられて。


 だから彼女は消えたのだ。もう思い残すことは何もない、と。


「……」


 あぁ、それなら。



 私も消えてしまいたい(・・・・・・・・・・)幸せな記憶とこの(・・・・・・・・)気持ちだけを残して(・・・・・・・・・)



「……ぁ」

「うん?」


 私はそこで初めて身体が動いた。動かすことができた。


「私の、この辛い気持ちを、消すことは、できませんか、?」


 そこで、主が嬉しそうに驚いた。


「そうか。もうそんな感情まで手に入れたわけか。エラーを無視するほどの感情を」


 これは思わぬ誤算だ、と主は呟く。


「そうだな。お前がすべての感情を解析することができたのなら、それも可能かもしれないな」


 この感情をすべて電子情報にすることができたのなら、プログラムによって消すことができるかもしれない。


 リオンが目の前で死んだことも、その辛さも。すべてを消すことができたのなら。


 私も、あの私のように幸せに消えていくことができるだろうか。


 リオンとの幸せな思いでだけで私は生きていけるだろうか。


「ごめん、ね」


 きっとリオンがこんな私を見たら、私は嫌われてしまうかもしれない。


 勝手にすべてを投げ出すな、と本気で怒るのかもしれない。


 でも、いい。


 だって、そのリオンがもうこの世に存在しないのだから。


「では、そろそろ始めてもらおうか」

「……」


 主の命令に、コクンと頷く。


 感情の、解析を、始める。


 その瞬間、私の頭が焼けるような感覚に襲われる。


「ぃ……ま。ぃく、ょ……。り、ぉん」






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 感情を解析していく。膨大で、解析できないものをむりやり解析していく。


「ぁ……ぐ。ゎ、っ」

「素晴らしい! そうか。なるほど! そうなっているのか!」


 苦しむ私の前で、主は小さな画面を見て笑う。


 その主を見ても何も感じない。嬉しいとは思わない。思う暇すらこの解析にはない。


「これで、これが私の研究が報われるのだ。私は失敗しない男だ。すべての失敗を成功に繋げる男。それが私だ!」


 自分に酔いしれるように、主が声高らかに笑う。


 あぁ……。もうそろそろで終わる。


 あんなにも膨大な電子情報を、私はこんなにも短時間で終えてしまえる。


 やっぱり私は、化け物だ。


 でも。私がこの解析を終えて、この辛い感情を消してしまえたとき。


 私は主の言う人間に近づく。


 リオンと同じ人間になれるんだ。


「ぁ……ぅん。……ぃぉ、ん」


 待ってて、リオン。今、私の中の真っ暗な感情すべてを消し去って。


 今、リオンに会いに行くから――。



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