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すべて消してしまえばいい

 リオンが目の前で捕まり、私は動けなくなっていた。


 何が起きているのかまったく理解できない。


 どうしてリオンが男達に取り押さえられているのか。


 彼らはリオンが何か悪いことをしたと言っている。


 けど、リオンはそんなことする人じゃない。


 まだリオンと会って1日も経っていないけど、それだけはわかる。


 違う! リオンじゃない!


 そう思っているのに、その言葉が出てこない。


 まるで何かに口を塞がれているように。……ううん、自分で自分の口を塞いでいるような、そんな感覚。


 助けを求めようとリオンに目を向けても、そのリオンが今ピンチであるなら意味がない。


 どうして?


 どうして声が出ないの? どうしてリオンを助けられないの?


「離してくれ! 俺じゃない!」

「黙って歩け!」


 あんなにも必至に叫んでいるリオンの言葉を彼らは聞こうともしていない。


 なんてひどいんだろう……。


 そう思ったんけど、そんな彼らに重なったのは。


「……っ」


 かつての私だった。


 かつて、実験場と言われていたあの場所で、彼らは直前まで必至に私に何かを伝えようとしていた。


 でも私はそれを聞き取れなかった。聞こうとしなかった。


 何も考えないように、何も聞こえないと思い込んだ。聞こえないことにした。


 本当は聞こえていたんだ。聞こえていたのに。


 やめてくれ。助けてくれ!


 何度も何度も私に訴えていたのに、私はただ命令のままに。主が言った通りに何も考えず。


 自分の腕を見る。身体を見る。


 さっきまでリオンと一緒に歩いた腕が、血に染まって真っ赤に映る。さっき買ったばかりの服が真っ黒に塗りつぶされる。


 ここにはいない彼らの叫びが頭の中に響いてくる。


 頭にノイズが走る。止めたくても止められない。耳を塞いでも、ずっと聞こえてくる。


「いやぁっ!」

「だ、大丈夫ですか!?」


 私が悲鳴をあげてしまったことで、彼らはさらにきつくリオンに詰め寄る。


「なんてひどいことを……! 何をした!?」

「何もしてねぇよ!」


 ダメ。聞いてはくれない。彼らは止まらない。


「はぁ……はぁ……っ」


 落ち着いて。心の制御は()()()()()()()()


 心のバグを私自身の手で修正するだけだ。何も考えなくていい。


 このバグを止められるのであればなんでもいい。


 今はリオンを助けることことを優先しないといけないんだ。


 そうして心に修正をかけているときだった。


「グフッ!?」

「っ……!」


 リオンが一人の男に殴られ、その腕とかつての自分が重なった。


 相手の言い分を聞こうともせずに殺した私の腕。


「ち、違う……。わ、私は……」


 自分が傷つくよりも人を傷つけたくなかった。だからここまで逃げてきた。


 そしてリオンと会ったんだ。


 リオンと会って、ようやく大切な何かを見つけられたと思ったんだ。


「待って!」


 私が叫ぶと、リオンがハッとようやく私を見た。やっと見てくれた。


 たったそれだけに、場違いだと思いながらながら嬉しくなった。


「私が今、助けるから!」


 リオンを殴った男に、瞬時に照準を合わせる。


 それと同時に頭の中のバグが取り除かれ、すっきりした気分になる。


 絶対に許さない。


 手のひらをリオンを殴った男へと伸ばす。


 球体の魔力をイメージするだけで、私の周りには白い弾がポツポツと現れる。


 あらゆる魔力を一つに凝縮させることで生まれる破壊の魔法。


 だけど、これは今から誰かを守るための力へと成り代わる。


 誰かを助けるためであれば。この力を使うことに主も、そしてリオンはきっと喜んでくれる。


 そう、すべてはリオンのためだ。


 なのに。


「やめろ、バカ!」

「っ……」


 白い弾丸が男を撃ち抜く寸前で、リオンがその男を突き飛ばし、破壊の光線はリオンの肩をかすめた。


「ぐっ……」

「そんな……」


 どうして? なんで?


 どうしてリオンを守るための力がリオンを傷つけたの?


 なんでリオンはあの人をかばったの?


「わ、私はだって……」


 戸惑う私に、リオンは初めて怒りの表情を向けた。


「くだらねぇことに力を使ってんじゃねぇ」

「くだらなくなんて」

「くだらねぇんだよ」


 そう怒ったリオンの顔からは、どこか温かさを感じる。


 その温かさが、私のしたことが間違いだと優しく指摘しているようだった。


 ノイズでもなく、空っぽの何かでもなく、確かな温かさが伝わってくる。


「俺はちゃんと帰ってくる。だから待ってろ」


 そう言って笑った顔は私の胸を気持ち良く締め付けた。


 初めてリオンの笑顔を見た。


 ううん、違う。きっと人の笑顔を初めて見たんだ。


「……うん」


 リオンは私にいろんなことを教えてくれる。あそこで学ぶことはなかったであろうことをたくさん教えてくれる。


「もういい。放せ。自分で立てる」


 リオンは呆然と私を見ている彼らの腕を強引に振りほどくと、自らの足で立って歩き始めた。


 まるで彼らがリオンに連れ去られているようにさえ思えるほどに、リオンは堂々としていた。


 私は静かにリオンの背中を見送った。見続けていたかった。


 しかし、一人の男が私におどろおどろしく話しかけてきた。


 突然敵意を向けてきた私のことを怖れているのだろう。


「え、えっと。お、お嬢さん? 話を聞きたいんだけど大丈夫、かな?」

「答えたらリオンは帰ってくる?」

「そ、それは……さぁ。ど、どうなんだろう?」

「約束して」

「い、言いづらいんだけど。あの男は悪いことをしていたから約束はちょっと……」

「絶対にリオンじゃない」

「そ、その証拠が出てくればね。でも、ちょっとそこらへんを僕はわからないから。あ、だから君の話を聞けばもしかしたら。ね?」

「……わかった」


 きっとリオンは自分の力で誤解を解けるけど、私も力を貸してあげよう。


 リオンが私を助けてくれたように、私もリオンを助けるんだ。


 私も頑張ったと言えば、リオンはなんて言ってくれるだろう。どんな顔を見せてくれるだろう。


 リオンと今、別れたはずなのに会ったときを考えると楽しくなる。


 あぁ、リオンは私にいろんなものをくれる。


 この服だって。食べ物の美味しさだって。このあったかい気持ちも。


「それじゃ、こっちに」


 表情がまったく変わらない私を、一目を気にしているのだろうと勘違いした男が狭い路地へと案内する。


 リオン以外の人についていくのはちょっと怖いけどリオンのためだ。我慢しよう。


「そ、それじゃ。質問するよ?」


 それからいろんな質問をされ、私がわかっている範囲内で答えていく。


 でも途中で気付く。


 私はリオンのことを全然わかっていないんだということを。


 逆に、きっとリオンも私のことを全然わからないんだと思う。


 私の境遇をリオンに教えるわけにはいかない。リオンがこれ以上私のせいで傷つくのは嫌だ。


 だから、その分私がリオンのことをもっと知ってあげよう。


 今度こそ、リオンが困っているときに力を貸せるような、そんな人に私はなりたい。


「ありがとうございました」


 ようやく質問が止まった。これでリオンの無実が証明されるだろう。


 そう思ったときだった。


「あ、そういえば」


 突然、目の前の男の雰囲気が変わった。


 私に恐怖していたその態度とは一変して、優位に立ったかのような不気味な笑みを浮かべていた。


「親御さんが来たぜ」

「……え?」


 消えたはずのバグが逃さないとばかりに訪れる。


 足が震える。


 身体が震える。


 何かに縛りつけられたように動けなくなる。


「外の世界は楽しめたか?」

「……!」


 その声にビクリと肩が震えた。


 そしてその声の主、すなわち私の主が闇の中から現れた。


「い、ゃ……」


 助けを求めてもリオンは来ない。来るわけがない。


 忘れるわけがない。大きめの白衣を着た大柄の男。私を作ってくれた主。


 ヴァリブル=フリースナイ。


「外の世界で何を見た?」

「ぁ……」

「答えなさい」

「ハィ」


 主の命令には逆らっていけない、と私の中の誰かが命令する。


 嫌だ。話したくない。


 リオンのことを教えたくない。


 そんな私の些細な抵抗などまるで無視。口が勝手にこれまでのことを、リオンのことを語り始める。


 私とリオンの大切な思い出を。


「研究所を脱走した後リオンに会った私はトーカという名をもらいました。リオンは研究所では教えてくれなかったことを教えてくれました。人の温かさと、食べ物の美味しさ。また、リオンと会ったことで寂しさも学び、しかし、彼が帰ってきたあとはそんなことがどうでもよくなるくらいに安心を感じました。その安心は私の中で大切なものと再定義していたところ、主と出会い、主を見ると私の内側で矛盾した感情の乱れが発声し、現在は――」

「そうか。わかった。もういい」


 途中で私の言葉を遮って、主は満足そうに頷いた。


 この頷きを私は知っている。


 リオンと会うまでに何度も見てきた、嫌な頷きだ。


 主はまた笑う。


 リオンがさっき見せてくれた笑みとはまったくもって異なる気持ちの悪い笑み。


 見たくなかった笑み。


 この笑みの意味を私は知っている。


 次に主が、先ほどの男をチラリと見た。


「わかりやしたよ」


 何かのサインだったのだろう。男も不気味な笑みで返事をすると、奥の方へと移動する。


 帰ってきたのはそれからすぐのことだった。


 しかし今度は一人じゃない。何人かいる。


「……?」


 その中に私の知る人物もいた。


「な、なんだ?」

「……リオン?」


 あの短時間で目隠しをされたリオンが、そこにはいた。


 その瞬間、嬉しさと、その嬉しさを抑制する何かが私の中で働く。


 リオンが目の前にいて嬉しいのに、まったく動けない。


 今すぐ駆け寄って抱きしめたいと心の叫びに相反して身体がピクリとも動いてくれない。


 なのにリオンは、私の存在にすぐに気付き、


「トーカ?」


 そう確認を返してくれた。


 たったそれだけのことがすごく嬉しかった。この動かない体も動かせると思った。


 それなのに。


「ふむ。なるほど。この男がねぇ」


 主が一言何かを発するだけでたちまち私の身体も頭も見えない何かに押さえつけられる。


 主はまた満足そうに頷いた。


「だが念のため。君、名をなんという?」


 主がリオンにそう尋ねた。


 やめて!


 という声はもちろん届かない。


「……誰だ?」

「私の質問にだけ答えればいい。君の名はなんだ?」


 リオンは眉を細めて警戒心を顕わにするが、この状況では考えるだけ無駄。


 仕方ないとばかり自分の名前を正直に答えた。


「そうか。君がさっき言っていたリオンか」

「トーカに何をした?」

「答える必要がない」


 主はそう告げると、リオンを捕らえている男達にこう命令した。


「ここで殺せ」

「なっ!?」

「っ……」


 やめてっ!


 ようやく出した声は、それでも言葉にもならない息だけだった。


 ダメ。主は本気。こういうとき、主は絶対に嘘をつかない!


「君には悪いことをしたと思っているよ」

「……テメェ。やっぱり」

「あぁ、そうだ。君がゴッドハートの一員でないことはわかっている」

「これがねらいだったのか。こざかしいことしやがって」

「勘違いしないでほしいが、落書きは本物だよ。まぁ、子どもの悪戯だとは思うが」

「……子ども、か」


 リオンは諦めたように俯いた。


「諦めが早いな」

「うるせぇ」


 そんなリオンの首筋に後ろの男達がナイフを立てる。


「そのお詫びに痛みなく殺してあげよう。よかったな」


 お願い! やめて!


 リオンがいなくなったら私は誰を求めればいいの?


 ちゃんと待ってろ、ってリオンに言われたんだ。


 私の帰る場所は主のいる場所じゃない。私の帰る場所はリオンがいるところなんだ。


 そのリオンがいなくなったら。私は、私は……!


 それでも、ナイフがリオンの首筋に当てられても、私はただ黙って見ることしかできない。


 嫌だ、見たくない。リオンが私が殺した彼らのようになるところなんて見たくない。


 それなのに私の顔は一切動かない。その様子をただ純粋に観察することしかできない。


 きっとこれが主の望む結末。


 リオンが死ぬところを、しっかりと目に焼き付けるつもりなんだ。


「……あとでテメェら」


 首からじわりと血がにじみ出したとき、リオンは何かを言おうとした。


 だけど。


 ザシュッ。


「遺言を聞く暇は私にはない」

「あッ……!!」


 私の足下にリオンの顔が転がった。私の足を真っ赤な液体が私を包み込むように流れてくる。


 …………………………。


 色が消えたような気がした。


 今すぐリオンの顔を持ち上げたいのに、その顔を持ち上げることが怖かった。


 リオンの顔を持ち上げるということが何を意味するか、私はわかってしまっている。


「いくぞ、トーカ」


 リオンに付けてもらったその名前を呼ばれたことが、ものすごく不愉快だった。


 だけど、命令されるがままに主の後ろをついていくしか私にはない。


 頼れる人がいない。


 ひゅぅ、ひゅぅ、と後ろのかろうじて残っていたリオンの吐息がだんだん小さくなっていくのが、空気を通して聞こえてくる。


 リオンのことをもっと知りたいと思った矢先だったのに。


 リオンと再会できたのに。


 私の中で本格的に何かが壊れていく。


 それと同時に私の中の何かに支配されはじめる。


 こんな悲しみがあるのなら。


 こんなことになるくらいだったら。


 こんな気持ちになるくらいだったら。



 ――感情なんてなくなればいい。



「そのゴミは片付けておいてくれ」

「人使いが荒いぜ、まったく」

「……」


 感情があるから苦しいんだ。


 嬉しさは苦しさを増すためのものでしかない。


「決め、た……よ。リ、オン……」

「ん? なんだ?」


 私は私の中にあるすべての感情を。


 全部消しちゃうよ。




かなり前からですが、今スマホのゲームで「第五人格」にハマっています!

……よければ誰かとフレンド登録したい。

興味があれば連絡がほしいなぁ……。


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