とりあえず名前をつけるのって普通に難しくない?
「とりあえず服を着てもらいたいんだが」
女性ものの服がなかったので、俺の服を着せたところ。
「んん……?」
思わず声が漏れてしまうほどにマニアックな姿になってしまった。
上着はぶかぶか白ワイシャツ。さすがに下を履かせなかったら大人な世界に迷い込ませてしまうことになりそうだったので仕方なく……いや、本当に仕方なく! 俺のパン……下着をだな。
まぁ……貸したんだよ。白のブリーフだ。もちろん未使用だ。これはきちんと言っておく。当然だ。重要だ。これホント、大事だから。絶対。
まぁ、そういう問題じゃねぇけど。
とにかくだ。その結果、一部の男どもから言い寄られてもおかしくないような、そんな格好で収まってしまったわけだ。
……なんだろう。俺も新たな世界の扉を開いてしまいそうで自分が怖い。
さすがに時と場を弁えろって話だよな……。
いや、そういう問題でもねぇな。
「ズボンも履かせたいところなんだが……」
さすがにだぼだぼなズボンでは、歩きにくい。だけならいいが、結局ずり落ちてしまっては意味がないわけだし。
「困ったな」
ベルトで誤魔化すしかないか。
「……」
「と、思ったが」
そのズボンを貸してやろうと少女に腕を伸ばしたところで、俺は腕を引っ込めた。
「さっきから何も言わないってのはさすがにないんじゃないか?」
「……?」
目の前の少女はただ首を横に傾けるだけ。
まるで言葉を忘れてしまったかのように。
だが、例えそうだとしても俺には関係ない。
「首を傾げていりゃなんでもいいわけじゃねぇ。それで可愛さを売っているのかどうか知らねぇけどよ。さっきから俺ばっかり話しててお前が何も言わずにただ貰うだけ貰おうとしてる。それは不平等、不公平ってもんだ」
それに、コイツが何かを叫んだことはこの場をもって証明している。
あれから段ボールを片付けることもなく、こうして散らばっているのだから。
「ここは?」
「ん?」
「どうしてあなたの声が聞こえるの?」
「は?」
何か喋れと言って返ってきた質問が意味不明すぎて困っています。誰か助けて。
「え~っと、ここは俺の家……というより下宿だな。で、俺の声が聞こえるのはお前に耳があって、少なくとも難聴者とかじゃないからだ」
「あの人の声は聞こえなかった」
「そうか。だが、俺はあの人がわからん」
「何かを必死に叫んでいたのに」
「そうか。その何かを俺は知らん」
「……ありがとう?」
「……あ、今それ来るか。……まぁ、気にすんな」
「でも、気にしてた」
「……なんだか面倒くさいやり取りが始まりそうな気がしてきたな」
一応感謝の言葉は貰ったことだし、これ以上を今は望まない。
「それじゃそろそろ支度するか」
「……何をするの?」
何を、って。そりゃ、台所に行ったらすることは一つしかないだろうに。
「飯だよ。俺もお前もまだ食ってないだろ?」
俺は別に朝食を抜かしたところで問題ないんだけどな。
ポリバケツで寝てたやつがロクな飯を食っていたとは到底思えない。
特段料理がうまいわけではないが、せっかくだ。とびきりうまい飯でも作ってやろう。
これでもアイツらの料理番を担っているわけだし。
……まぁ、本音は俺の最後の立ち位置はここしかないって感じだけどな。
そんなことを考えながら包丁捌きを華麗に披露していると、少女が俺の手元だけをじっと見つめていることに気付いた。
「どうした?」
「私もやりたい」
「は?」
どういうことかと尋ねる前に少女は俺を押しのけてくる。
ここは俺の家なんだけど。なんで主導権をお前が持っているんだよ。
少しムッとはしたが、少女相手にムキになる歳でもねぇし?
この程度にイラついていたらアイツらとは一緒にいられないんだ。別にいたいわけじゃねぇけどな。
まぁ、やるだけやってみろ。
そう言わんばかりに包丁を渡してみると、少女は包丁をジッと見つめた。
「おい――」
――どうした? という前に。
タンタンタンタンタンタンタンタン!!
「……うぉい」
俺とは比較にならない包丁捌きを見せつけてきやがった。
どこかバカにされた感すら思えてしまう。
俺が呆然としてる間に作業をやり終えた少女は、今度は俺が何も言わないことをいいことに勝手に冷蔵庫まで開けていく。
ここって本当に俺の家だよな? 正確には借家なんだが。
何もできない、というかさせてくれない俺を横目に、少女は目にもとまらない速さで料理を仕上げていく。
次々とできあがっていく料理の見栄えは俺なんかとは比べものにならない。
この香ばしい匂いから食べなくても美味しいことがわかる。
……なんだろう。デジャブを感じる。
「終わり」
最後にそう一言だけ呟いた少女の前にはなんとも豪華なディッシュ。
「うぉい……」
試しに一口だけ食べてみると、味わったことのない幸福感が腹を満たす。
まさか敵地でほっぺたが落ちそうなんて表現を使う場に遭遇するとは誰が思っただろう。
「美味しい?」
「もはやその言葉が嫌みだと思えるくらいにはうめぇ」
「……そっか」
ホッとした表情を見せる少女の顔には、どこか哀愁が漂っていた。
「食わないのか?」
自分で作ったものに一切手を出さない少女に尋ねた。すると。
「よく、わからないから」
「……? 味覚障害でもあるのか?」
「わからない」
「……?」
何がわからないかわからないってことか?
だが、食わないと生きていけないだろうに。それに、そもそもこれは俺が食うためというより、お前に食わせるための食事なわけだし。お前が食わなければ何の意味も無い。
俺は作ってねぇけどな。
「味がわからなくても食うしかないんだ。今は食え」
そう言って俺は、少女に対する悪あがきで握った、なんてことのない塩むすびを少女に手渡す。
別に深い理由はない。
「必要ないのに?」
「必要はあるだろ」
食べなきゃ生きていけないに決まってる。
少女はジッと俺の握った米の塊を見つめる。
たかが塩むすびごときにいったい何を警戒する必要があるのか。毒だって何も入っていりゃしない。塩だけだ。
もし味に警戒しているのだとすれば先に謝っておきたいところなんだが。
「味は期待しないで――」
「いただきます」
いや、喋ろうと思ったタイミングで食べないでくれませんか。
すごい申し訳なさでいっぱいになっちゃうから。気を付けてね?
「ん……っ」
小さな一口をつけた途端、少女は目を大きく見開いた。今までで一番大きな反応だ。
「ん。ん……っ!」
すると、さらに一口。また一口。
先ほどまでの食べる気のなかった小さな口がまるで嘘のように、俺の塩むすびをほおばっていく。
また一口。次の塩むすびに手を伸ばす。また食べる。また手を伸ばす。
「なんだ。やっぱり腹が減ってたんじゃねぇか」
「ん。これは……なに?」
「塩むすびだが?」
「そうじゃなくて」
「……?」
少女はすべての塩むすびを食した後、首をキョトンと傾げた。
「この……これは……なに?」
「代名詞だけで話されても知らんとしか言えん」
「口に、お腹に、何かに、何かが溢れてる」
「よくわからんが、美味かったってことなんじゃねぇの?」
「美味い……。おいしい……」
なんだよ。味覚障害じゃなかったのかよ。
もしくはあまりの空腹に美味しく感じただけか?
……それにしても、何この料理? 超うめぇじゃん。
「俺の塩むすびとは比べものにならねぇな」
わかっていたけど。
「とりあえず、腹もふくれたことだし言ってもいいか?」
「……?」
この少女が誰なのか。家はどこなのか。どうしてポリバケツの中にいたのか。いろいろ聞きたいことはあるが、まずはこれが最初か。
「俺の名はリオン。観光もあるが、引っ越しのためにここに来た」
「リオン?」
「あぁ、それが俺の名前だ。俺の名前は言った。次はお前だな」
人に名を尋ねるときは自分から。
さっきも言ったがその言葉はあまり好きじゃない。が、今の場合は俺からの方がいいだろう。
「お前の名は?」
まずは名前からだ。
少女にお前とかはなるべく使いたくない。奴隷だと思われるのは俺だって嫌なんだ。
「わからない」
「は?」
味覚障害の次は記憶障害ってか? おいおい、どうすりゃいいんだよ。
「いつも」
「……?」
「いつも『やれ』とか『おい』とか言われてたから」
「それはもはや代名詞でもねぇよ」
この歳まで、今までずっと名前がなかったということでいいのか。
なんだか、こっちもこっちで面倒くさい話になってきちまった。なんで俺はこうも面倒事に巻き込まれやすいのか。
全部アイツらのせいじゃねぇか。
「名前がねぇってのは困るな」
「困るの?」
「当たり前だ。じゃなきゃどうやってお前を呼べばいい?」
ここで見捨てられないのが俺の悪いところだな。
「普通でいい」
「その普通が名前なんだ」
これは俺が名前をつけてもいいということだろうか。
正直、俺のネーミングセンスはあまりよくないのだがどうしたもんか。
俺でいいのか?
そう尋ねようとして少女を見ると、少女は何とも思っていない表情で俺を見つめ返してくる。
美少女に見つめられると照れくさいからぜひともやめていただきたい。
……あ、でもセラフィはバカだからなんとも思わねぇな。
だからそんなことを考えている暇じゃねぇんだって。
「……トーカ、ってのはどうだ?」
「トーカ?」
「俺の故郷の言葉で太陽、目印の光っていう意味がある」
「トーカ……」
「不服か?」
「ううん。それでいい」
「よし、なら早速だがトーカ」
「なに?」
「まずはお前の服を買いに行こうか」
ずっと気になってたんだよ。
やっぱり可愛い系の美少女には男装ではなく普通の服が一番いいと思うんだ。
だってあのセラフィも時折男装しているんだ。
アイツと一緒だとか。
トーカが可愛そうだと思うのは当然だと思うだろ? うん。
なんだかんだ12話連続投稿ですね。




