とりあえず見知らぬ他人と一緒の空間って気まずくない?
――懐かしい何かを感じる。
痛みしかなかった私の世界に、私の知らない、けど、どこか懐かしさを思い出させるような何を感じる。
これは一体何と呼べばいいんだろう?
うまい言葉が見つからない。
だけど、それでも何か言わなければいけないのだとすれば。
温もり、と呼べばいいんだろうか?
あったかい。
あの灼熱の世界に投げ込まれたときでも、顔色変えることができなかった私の中で、何かが解かれた気がした。
つめたい。
全身を氷に覆われたあのときとは違う、ひんやりしててすごくきもちいい。
きもちいい?
今までそんなもの感じたことも知らなかったのに、どうしてそんなことを考えたのだろう。
これが「きもちいいという感情」だって私は知らないはずなのに。
自然と気持ちいいという言葉が頭に浮かんだ。
ホッとする。
今までは言われるがままに存在していた私だけど、今だけは自分の存在を肯定できるような。
よかった……。よかった……!
そのときあの不思議な声が聞こえた。
震えた声だった。
次に感じたのは、私の顔から何かが流れ出すような感覚だった。
この何かを私は知っている。私が生まれたときに、初めて感じたものだ。
もう……大丈夫だからね……。
この声の人は一体誰に話しかけているのだろう。
ううん、誰に話しかけていたっていい。
この声が私の中でずっと続けばいいと思う。
……。
え?
……。
声の気配がなくなった。ずっと私と一緒にいると思っていたそれは突然いなくなった。
待って。私を一人にしないで。
一人は嫌だよ。うまく言えないけど嫌。
また、あの世界に迷い込みそうで嫌だよ。行かないで。じゃないと私はまた私じゃなくなっちゃう。
私は私に戻りたくない。
だから……行かないで。
お願い!
「行かないで!!」
『うおっ!』
ドサァァァァァァ!
と、私のすぐ近くで音がした。
☆★☆
び、びっくりさせてくれるじゃん……。
俺は下宿先の部屋で情けなくも尻をついていた。
その俺の上には無駄に多すぎる段ボールの山。こけた拍子になだれ落ちてきたのだ。
こうなった原因はまごうことなく目の前の少女だ。
「…………え?」
少女は俺を見て目をきょとんとさせていたが、驚いたのはこっちだっての。
突然、叫び声を上げて驚いたせいで片付けていた段ボールが俺の上に積み上がったじゃねぇか。
「……おう、目が覚めたか」
だが、俺は紳士的態度を崩さない。
段ボールを頭にかぶせられ、手を入れる用のあの細長い円状の穴から少女を見ていたとしてもだ。
……普通に変人じゃね?
「……だれ?」
「気持ちはわからなくもないが、人に名を尋ねる際は自分が名乗ってからだ」
と、イグスが前に言っていたが、一体そんな風習どこから生まれたんだろうな。
はっきり言って、コミュ障な奴ほどその言葉は嫌いだ。
コミュ障は人に自分の名前を伝えるのも苦手なんだ。気持ち的には恥ずかしさで死ぬレベル。
と、俺の友人の妹の友人の他人、すなわち俺が言っている。なんつって。
……何言ってんの俺?
俺が思っている以上に俺はこの空気を気まずいと思っているようだ。
返答を返したきり、まったくその返答が返ってこねぇ。
見知らぬ他人と一瞬でも静かな空気に投げ出された時点で「とりあえず死にてぇ」と思うのはなんでだろうな。
「あ~……」
少女は首を横に傾げるだけで、自分の名前を教えてくれる気もなさそうだ。
まぁ、見知らぬ他人にいらぬ情報を与えてはいけない、ってのは確かなんだがな。
しかし、善意で助けた少女に警戒されていると感じるのは、わかっていても辛いものがある。
ここはとりあえず話を進めていくしかないか。
「おはよう、ぐっすり眠ってたな」
「おは、よう?」
「そこで疑問を投げかけられても返し方がわからないからやめてくれ」
……。
「……」
「……」
「……」
「……っ」
えっ、なに。
何を言えばいいんだ?
こんな気まずい空気になるのか、なっているのか。なっていますね。はい。
お互いに何も話さない空気はお互いを焦らせるだけだというのに。
どうしたもんか、と少女を見ると、俺の焦りに反して少女は顔色一つ変えることなく見つめ返してくる。
こいつ……! 目を合わせてくるとか、どんだけコミュ力高いんだ。
と、思ったのは俺だけではないはず。
俺がいつもと違う状態だと気付いている人も少なくないと思うが、俺はもともと見知らぬ他人と話すのは苦手な性分なんだよ。
そうだよ、なんだかんだ言って俺はそこそこコミュ障なんだよ。
頑張れ俺。とりあえず出すもの出して会話にしろ。
「まぁ……とりあえず、あれだな」
何かないか。何もないのか、俺が出せる会話の種!
「……へっくちゅ」
「あ……」
普通に考えてみたら出すもの出してんのは少女の方だった。
出すというよりは見えているんだけど。
まだ余裕がありそうなので明日も投稿します。