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とりあえず騒ぎを起こすのだけはやめてくれない?

 さて、無事(?)に潜入できた俺は一体何をしているのかというと……。


「この掃除機はですね、部屋の隅はもちろん、狭いところにあるゴミも完璧に勝手に取りに行ってくれるという優れものでございましてね。それに加えて魔力消費も驚くほどに少ないんですよ」

「なるほど。なら、これもくれ」

「はい、まいど!」


 まるで新生活を始めるかのように、日常生活用品を買い集めていた。


 冷蔵庫、キッチン、テーブル、本棚などなど。


 相当な額の出費だが、俺達は金だけは持っているんだ。


 新生活を始めるくらいのお金は余裕過ぎるくらいにあるのだ。


 むしろ、たまに使わないと税金を取られるんだ。


「あと必要な物といえば……」

「お客さん、魔力レンジはいかがでしょう?」

「あ~……。それも必要といえば必要だけど……。それはいい」

「いえいえ」


 正直に言うと少し興味が引かれたが、あまり買いすぎても疑われる可能性があるのだ。


 何をたかが買い物ごときで、と思うかもしれないが、どこで誰が見ているかはわからないんだ。


 考えてみてもほしい。


 こんな冴えない顔をした奴がいきなりあらゆるものを買ってみろ。


 多少疑問に思われる程度ならいい。だが、逆に悪い女に貢がされているのではないかと心配されたらどうする。


 潜入捜査中に一般国民から心配される奴がどこにいる、という話だ。


 実際は勝手に貢がれているんだけどな、俺はアイツらに。


 まあ、そんなことはどうでもいい。


「それにしても」


 会計をしていると、何も話さない空気が嫌になったのか、店員が話を振ってきた。


「犯人、まだ捕まらないんですね」

「まったく、ホント。怖い世の中だ」


 店員の視線の先には、おかしな筒状や棒状の武器を腰につけた兵士らしき人が数人ほどいた。


 間違いなくアイツらを探しているんだろうな。


 俺は特に視線をスッと外すことなく、自然の流れで店員に目を移すとこう言った。


「犯人の特定もまだだし。大丈夫なのか、ここの兵士は」

「でもまぁ。この周辺には監視用魔動具もありますし、ここにいればすぐに見つけられると思いますけどね」

「だといいんだけどな。その程度のミスを犯す犯人ではないと思うが」

「そうですよねぇ……」


 そこはかとなく話が膨らみ始めたのが心地よかったのか、店員の顔には少し余裕のようなものが生まれていた。


 その話題の犯人が目の前にいるとも知らずに。


 それにしても運がよかった。


 俺がこの国に入ってから、最初に目にしたのは俺達の手配書だった。


 その手配書には、なぜか俺の顔だけ載っていなかったのだ。


 オメルガ上部としては大体の犯人は特定済みだろう。


 当たり前だ。あれだけの騒ぎを起こせるのはこの世界にやすやすいるもんじゃない。


 どう考えても俺達の仕業だと気付いているに違いなかった。


 けれど、そのパーティの中に俺はいない。


 ただ忘れられている存在なのか、はたまた、敵視するまでもない相手だと思っているのか。


 そのどちらにせよ、この状況は俺にとってはある意味不幸中の幸いだった。


 あのパーティの中に俺は含まれていない、という安心感。


 正直、潜入したことよりもそっちの方が嬉しかった。


「……あっちの方も探してみよう」


 兵士達の会話を後ろから聴きながら、店員の世間話にも付き合う。


 といっても「まったく」「なんだよな」の二語しか話していないのだが、店員が満足しているならそれでいい。


 あの二人も囮を頑張っているようだし。


 実際のところ、ただ傍若無人に逃げ回っているだけだとは思うが、アイツら二人にできる仕事はどうせそのくらいだ。


 騒ぎを大きくすることはあっても捕まることはない。


 逆に言えば、捕まることなく気付かないうちに取り返しのつかないことになっているわけだが。


 あぁ、怖い怖い。今回も俺の頭のひたいが汚れるのか。


「ありがとうございました~」


 今回、買ったものは今日の夜には家に着くらしい。


 さすがに、商業の国と言われるだけある。


 お客さんのことをしっかり考えているじゃねぇか。


「こっからどうするかだが……」


 調査はおそらくテッドがもう行っていることだし、俺が手伝って捕まったら本末転倒なわけだし。


 そもそもアイツらとはあれから一回も会ってないのだが大丈夫だろうか。


 セルフィ、イグス以外の三人は二人と違って考えてはいるんだが、天才の考えることは凡才にはまったくわからない。


 騒ぎは起こさないつもりで騒ぎを起こされては困る。


「――おい、いたか?」

「いや、見つからない」

「……?」


 先ほどの兵士達とは同じようで、どこか違う雰囲気を出している。


 身に付けている衣服は同じなのだが……なんと言えばいいだろう?


 うまく言えない何かを感じる。


 ……まぁ、今考えてわからないことを考えてもな。


 あまりそっちを見ていて疑われるのも困るだけか。


「どうすっかね」


 とりあえずはアイツらの誰かと合流したいところだけど、なにせ居場所がわからないわけで。


 いや、実は知っているには知っているんだけど……。


 ズザザザザザザザザザザザッッ!!


 俺の目の前を何かが通り過ぎたので、あえて驚いたように足を滑らせて尻をつける。


 そのすぐ後。


「追え!」


 という怒鳴り声とともに幾人もの武装した兵士達が俺の前を走り去っていく。


「大丈夫でしたか!?」


 その最後にいた一人の兵士だけが俺に手を伸ばした。


「あ、あぁ……。今のは一体……」


 何もわからなさげにそう尋ねながら立ち上がると、手を貸してくれた彼は騒ぎの中心を見ながらこう答えた。


「例のアイツらですよ。神の心臓(ゴッドハート)のメンバーです」

「やっぱりあの指名手配犯だったんだな」

「まったく。迷惑な奴らだ」


 それに関しては俺も同感だよ。


「今追いかけられていたのは……」

「リーダーのセラフィですよ。正直なところ、捕まえられる気がしません」


 あぁ、知ってる。


「そう……かもな」


 その神の心臓(ゴッドハート)の同じメンバーである俺が目の前にいるというのにこうして話せているだけで、俺という存在が忘れられているのだとわかる。


 もし俺が大したことない奴程度に思われていたとしても、さすがに知っていればここで捕まえるはずだし。


 そうそう。こういう扱いを俺は待っていたんだ。こういう正当な扱いをな。


 おっと、今はそんなことに思いをふかしている場合ではないか。


「早く捕まえてくれないと夜も静かに眠れやしねぇんだが」

「わかっていますよ」


 兵士だって四六時中探し回って疲れているはずだ。


 それなのに俺がそう言ったことで、兵士は僅かに苛立ちを込めて眉を僅かに細めた。


「すいませんが、あなた。お名前等をお伺いいたしても?」

「構わねぇよ」


 俺はそう言うと、懐から一枚の紙を取り出して兵士に渡した。


「リオンだ。ここは商業が盛んな国として言われているが、観光地としても悪くない場所だと聞いてきたんだがタイミングが悪かったようだ」

「……申し訳ありません」

「いや、アンタのせいじゃない。悪いのは神の心臓(ゴッドハート)の奴らだ」


 他国からの観光客ということで強く責めれないと察したのだろう。兵士は再度頭を下げる。


「ボルドリアとは、かなり遠くから来られたんですね」

「実のところ、住処を変えようとも思っていたんだがな」


 そう言って、困ったかのように頭を掻く。


 兵士に渡した紙はいわゆる身分証明書で、俺の出身名や住所などが書かれている。


 もちろん、出身も住所も偽造だ。


 そういうものを持っていれば、何かあったときに怪しまれないと思っていたのだが、どうやらそれは正解だったようだ。


「お返しいたします」

「おう」


 兵士は特に疑問を抱くことなく、偽造証明書を俺へと返す。


「奴らの目的はわかっているのか?」

「残念ながらそれがまったく」

「それは困ったな」


 こういうとき、国を滅ぼしに来た、とは思わないのだろうか。


 俺は国に仕えたことがないから、こういうとき彼らが何を考えているのかまったくわからない。


 国に仕えるどころか、俺はいつもあっちやこっちに引っ張り回されていたし、こういうとき一般国民が何を考えているのかも俺にはわからない。


「それでは、私はこの辺で失礼いたします」

「ああ」


 遠ざかる兵士の背中を見送ると、俺は辺りを見渡した。


 そこには先ほどまでと何も変わらない街の様子が見える。


 どこか異なる空気を(・・・・・・・・・)放つあの兵士らも(・・・・・・・・)未だに(・・・)


 最初は俺達を捕まえるために選抜された、独立した兵士の一団だと思っていたが。


「目の前に敵が現れて何事もなく無視をするか、普通?」


 先ほど聞こえてきた会話から何か、もしくは誰かを探しているのかと思ったのだが、違うのか?


 俺達の他にこの国に何か影響を及ぼすようなことが起きたとか?



 そんなものがあるのだろうか、この世界に。


「まぁ、いいか」


 そこらへんはテッドが余計に調べてくるに決まってる。


 俺は下手に行動を起こさないことだけに徹しよう。


「帰るとするか」


 今日も特にめぼしい情報は手に入らなかったか。


 そんなことを考えながら、下宿先まで帰ろうと小さな脇道に入ってすぐのことだった。


 ドン。


「ん?」


 つま先に何か固いものがぶつかり目線を下に移した。


「……なんだ?」


 大きなポリバケツが脇道を塞ぐように横たわっていた。


 だが、俺が気になったのはそのポリバケツではなく、その中身についてだった。


 明らかに中に何かが入っているような固さで、かつ、袋が入っているような音ではなかった。


「腐った匂いだけは勘弁してもらいたいが」


 そう言って横たわるポリバケツの蓋をそっと開けてみたところ――。


「おいおい、勘弁してほしいんだが」


 それは腐った「もの」でも「者」でもなかった。


「……どうするんだよ、これ」


 ゴミのような汚れたものとは程遠い、純潔な姿をした少女が、すやすやと寝息を立てていた。


 赤ん坊のように。


 生まれたばかりの姿で。



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