とりあえずオールラウンダーの俺、いる意味なくない?
少なくとも10日間は連続投稿します。
地面を振るわせるような雄叫びが開戦の狼煙だった。
優に数十メートルを越すドラゴンの前に、目の前の六人は一切の怯えもなく走り出した。
それぞれが自分の役目を果たすために、各自のベストポジションへと向かう。
そんな中、我先にとドラゴンの戦闘範囲に踏み込んだのは、一人の小柄な少年だった。
少年の顔はまだどこか子供っぽさが残っていた。
何百年という寿命を持つドラゴン相手に、人の歳など大したことではないが、それでも少年は若すぎる。
格好の獲物を見つけたとばかりに、ドラゴンの鋭い眼光が輝いた。
人の身長よりも大きな眼は、普通であれば誰でも恐怖を覚えるだろう。
しかし、少年は違った。
まだ成長期とでも言わんばかりの小さな身体で、さらに小さな目で、ドラゴンを見つめ返した。
……そう。睨み返したのではない。見つめ返したのだ。
まるでおもちゃを相手にしているかのように。
「まずはテッドが敵の注意を引きつけて! テッドが危なくなったらリオン! お願い!」
後ろからの声に少年と、いつのまにいたのか、その後ろにいる男が返事をした。
「オッケー!」
「ん」
テッドと呼ばれたその少年は、小柄な身体を巧みに使って木から木へと次々と飛び移っていく。
その速さは普通ではない。
木の枝に着地したかと思えば、気づけば次の木へと飛んでいるようだった。
テッドの後ろをついていた男も十分な速さで飛び移ってはいるのだが、テッドの速度に到底敵うものではなかった。
ドラゴンも少年を捉えるのには苦労しているようで、なかなか攻撃ができない様子。
そうしているうちに、あとの四人がそれぞれの配置にたどり着いたようだ。
派手な装飾がつけられた腰の鞘から光り輝く剣を抜く者。
見るからに重そうな大剣を背中から引き抜いて、さらには大盾を片手にする者。
異様なオーラを放つ杖を構えると、独り言のようにブツブツと何かを唱える者。
キラキラと光る実態のないメイスを味方に向ける者。
それぞれがさぁ、動こうとしたその瞬間。
「――っ!」
身体の周りをうろちょろする少年にイラつき始めたドラゴンが、ようやく捉えたとばかりに牙を見せた。
少年が次の木へと移動しようとしたその瞬間、その移ろうとしていた次の木に目掛けて口を開けた。
「あっ!」
思わずあげた声にドラゴンは確信した。
――もらった、と。
岩をも噛み砕く口から放たれたのは、白い光線のようなものだった。
その光は少年を飲み込み、そしてその先にある森も川も、すべてを貫いた。
あとに残ったのは……何も無い。
抉れた地面だけがただそこに存在していた。
……しかし。
「なんてね♪」
確実に仕留めたはずの少年の声がドラゴンの頭上から聞こえた。
まるでパラシュートも何もつけずにスカイダイビングを楽しむ自殺志願者のように、少年は空中で笑っていた。
今の攻撃をどうやって防いだのか、どうしていつのまにそんなに高く飛んだのか。
どうしてそんなにも楽しそうにいられるのか。
疑問は尽きないが、ドラゴンは今はそれらを頭の隅に追いやり、頭上を見上げる。
どちらにせよ、空中で避けることは不可能だ。
たとえ何かで防いだのだとしても、それでも何発か撃っていればいずれはその何かだって壊れるはずだ。
そう判断して頭上めがけて再び光のブレスを吐き出す。
……なのに。
「当たらないよ〜」
まるで瞬間移動でもしているかのように、少年は消えたと思ったら違う位置へと移動していた。
何度も何度もブレスを撃つが、結果は変わらない。
そして、すべてのブレスを躱し、少年がドラゴンの鼻先に降り立ったその瞬間だった。
『!*〇¥◇っ■☆!?』
少年の姿が消えたと思った瞬間に訪れる全身の痛み。
「よいしょっ、と」
それが少年が持っていた短剣に切り込まれた痛みと気づけたのは、少年の声が下から聞こえた時に自分の身体が見たからだった。
何がどうなっているのか全くわからない。
今にもそう言いたげなドラゴンに向けて、少年は首だけを後ろに回していてこう言った。
「あはは、僕だけに目を向けちゃいけないよ?」
少年の無邪気な笑顔に恐怖を感じたと思ったら。
「やああぁっ!」
「うおっしゃぁぁぁぁっ!!」
気合いを入れるかのような二人の叫びに、ビクリとしたドラゴンは尻尾を見た。
一人は幼さが残っている程の少女なのだが、彼女を近づけさせてはいけないと何かが直感した。
尻尾を伝って来る前に逃げなくては、と翼をはためかしたそのとき。
行く手を塞ぐかのように現れたのは、人間にしては大きな図体を持つ大男。
到底片手で持てないであろう大剣を片手に、なおかつもはや壁と言わんばかりの大きな盾も片手にしている姿には、ドラゴンも驚かざるを得ない。
そこで少女が叫んだ。
「イグス! 翼を!」
「おうよ!」
その言葉を合図に、イグスは大きな剣をドラゴンの翼の付け根に向かって身体ごと縦に降る。
ドラゴンの身体の中で最も細い箇所と言えど、その分強度も強いはずなのに。
それにもかかわらず、大剣はまるで何事もなかったかのように付け根を叩き斬った。
『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!』
全身を持ち上げるための翼。そこへ送られている血液の量は尋常ではない。
その血液らが必ず通る箇所を斬り落としたのだ。
人間の何十倍もの量の血が辺りを真っ赤に染めあげる。
だが、血の雨が降り注いでも六人の動きは止まらない。
悲鳴をあげるドラゴンの胸まで登った少女が、真っ白な剣を突き刺した。
先程の大男もそうだが、ドラゴンの全身は鉄よりも硬く、その鱗もとてつもなく頑丈である。
にもかかわらず、当たり前のように剣を突き刺す光景は異常なのだ。
少女は剣を突き刺したまま、胸を力強く蹴ると、重力のままに飛び降りる。
『ガァ、ァァァァァ……ッッッッ!!』
どうにもならなくなって、全身をバタバタさせるしかできない子供を見ているようだった。
なんでもいいから見逃してくれ。助けてくれ。死にたくない。
そんなすべての感情をぶつけるように大きな身体を振り回すドラゴンにもはや威厳は皆無。
そんな様子を見ていた先程の少年が軽快に口笛を鳴らした。
「さすがセラフィとイグスだね。あれをあんなに簡単に斬れるなんて」
何度も言うが、ドラゴンの鎧は鋼鉄のよりも固い。
それをあんなにも簡単に斬れるのは世界を探しても数人といない。
これは確かに事実なのだが。
そう言っている少年もまた、二人ほどではないが傷をつけた人物。
それだけでも十分規格外と言わざるを得ないのがこの世界の常識である。
そんなことを説明している間に、輝く剣を手にする少女がまた叫んだ。
「ケイラちゃんは準備が終わり次第、魔法撃っていいからね! シュリちゃんはケイラちゃんに付加魔法を! イグスとリオンは二人を守ってね!」
「任せなさい」
「わかりました!」
「任せとけ!」
「ん」
魔法の詠唱を続けるケイラに向けて、シュリという少女が魔法の詠唱を始める。
魔法の威力を上げるための魔法。
本来火の玉を少し大きめなものにする程度の強化魔法なのだが、このシュリという少女が使う場合のみその常識は覆る。
もともと手のひらサイズだった火の玉を、直径二メートルもの巨大な炎の玉へと進化させたことがある。
大きければいいというわけではないが、それにしたってそれは凄まじすぎた。
そんな付加魔法の援護を加えられるのは、ケイラの魔法。
全力を出せば一度の魔法で国一つが跡形もなく滅ぶとさえ言われる魔法の申し子。
とにかくこの魔法が完成したら、直撃したなら、いくらドラゴンといえども耐えきれない。
……ここまで来てしまうと『ドラゴンといえども』という言葉が軽く見られてしまっているようにも思えるが。
だが、ドラゴンだって手も足も出せずに無様に負けるなんてことはしたくない。
魔法の詠唱が中盤にさしかかったところで、ドラゴンは全身の痛みを気にせずに、二人の少女へと身体を向けた。
最後まで足掻こうとする姿、実にあっぱれと言わざるを得ない。
……だが。
「そう簡単には行かせないよ」
「私達を振り切れるかな!?」
テッドが風のような速さでドラゴンの足下に潜り込んで短剣で筋を斬る。
先ほどの二人とは違って攻撃力に多少心許ない気がするが、それでも常人の比ではない。
血の傷が足に巻き付くような、そんな光景がそこにはあった。
だが下だけに気を取られてはいけない。
上はもっとひどい光景だった。
セラフィがテッドほどの速度ではなくても、尋常でない速度で上半身を攻撃していく。
そのすべてが致命傷レベル。
前から背中まで、的確に相手の動きを止めれる場所を攻撃していく。
GYAAAAAAAA!!
もう勝負はついている。
誰が見ようとわかる状況だったが、それでもドラゴンは諦めない。
なんとしてでも生にすがりつこうとする。
当然だ。
誰だって死にたくはない。
死にたくないから諦めるわけがない。
腕も脚も、もはや使い物にはならないくらいの傷を負っている。
しかし、ドラゴンにはもう一つの武器が残っている。
鋼鉄の鱗を纏う巨大な尻尾だ。
最後の力を振り絞って尻尾を、詠唱する少女へと振り払う。
魔法を唱えているときに防御する余裕はない。
シュリが衝撃に備えた魔法を掛けたと言っても、それだけで防げるとは到底思えない。
「いい判断だ!」
だからイグスと呼ばれた大男がその間に割り込む。
その片手で持つ大盾は見せかけでも何でもない。
ガアアアアァァァァン!!
鐘のような音が鳴り響いても、割り込んだ大男を吹き飛ばすことはできなかった。
それどころか、叩いた尻尾がはね返されるようにドラゴンは身体を仰け反らせた。
「ーー五重神滅魔法!」
「避難して!」
ドラゴンの真上に紋章のようなものが、上から下へと五つ並んで出現する。
ねらいを定めるように上から順番に小さくなったその紋章はドラゴンの額を真っ赤に照らす。
少女の指令に、素早くそこから離れたイグスとテッドを確認した後、陣を展開したケイラは魔法名を叫んだ。
「天災すら起きない大地!!」
その瞬間、全てを無に返すような眩い光が辺りを包み込んだ。
それに伴い、森すべてを吹き飛ばしてしまうのではないかと思うほどの突風が駆け抜けた。
ドオォォォォォォォォォォォォォォン!!
痺れが肌を走るような感覚だった。
少しずつ光がなりを潜め、ゆっくりと特大魔法によって起こされた結果が目に映る。
そこにはもうドラゴンの姿はなかった。
比喩でも何でもない。
そこにはただ一つ。
大きなクレーターだけがそこに存在していた。
まさに、塵一つも残さない結果となっていた。
「……よしっ」
「やったわね」
「やったな」
「よかったです」
「いやぁ、楽しかった」
5人がそれぞれ一言だけ声を漏らす。
全員、やりきった表情をしていて、誰もが清々しい顔をしていた。
ただ、一人を除いて。
ただ一人。たった一人だけ。この圧倒的な力と光景を前に無表情を貫いていた。
囮を頼まれたものの、何かをする前に終えてしまい。
少女二人を守れと頼まれたものの、その前に終わってしまい。
結局何もできなかった、ただ一人の男。
五人が活躍している中、サボっていたと思われてもおかしくない男。
名はリオン。
彼はただ一人、無表情に無感情にその光景を眺める。
そして、ゆっくりと空を見上げ。
ポツリと。
「とりあえず俺、いる意味なくね?」
含みもない、ただの事実を述べた。