もう二度とこの手を離さない
これを読んで感動してくれたら、嬉しいです。
明朝、玄関で靴紐を結ぶ男がいた。
その男はやけに大きな荷物を背負っている。
「さあ行こう。大切な人を捜しに」
男は呟くと、勢いよく玄関のドアを開けた。
〇 〇 〇
「やーっと学校終わった」
「だな、待ちに待ったよ。ようやく行ける」
「また行くのか?水樹」
「当たり前だろ?吉田」
水樹は、吉田に対し親指を立てて、グーとサインを送る。
「水樹はよくラノベ読めるな。俺は文字が多いのはどうにも苦手だからさ、全然読まねーのよ」
それ、ラノベ以外でも言える気がする。そんな思いから水樹は苦笑いをする。
「でも、ラノベって、他の小説なんかと違って読みやすいぞ」
「そうかなぁ……てか、早く行かなくていいのか? 今日発売の本買いに行くんだろ、売り切れるぞ」
「そうだな、じゃあ行ってくるわ」
「おう」
「えっと、最新刊はっと……あった」
残り一冊、すぐ出て来てよかった。手にしたその時……。
「あっ」
女の子が手を出していた。どっかのラブコメみたいに手は触れていないものの、もう少しで触れるところだった。
あれ?この制服、俺と同じ学校か?てか、同じクラスにいたような……。
「二年A組の水樹京也くんだよね?私は、同じクラスの加藤ありさって言います」
やっぱりか。俺は女子とは話さないからあんまり名前覚えてないんだよな。
「加藤さんは、この本買うの?」
「はい!」
「じゃあ、はい」
「えっでも、水樹くんも買いたかったんじゃ」
「俺は見たかっただけだから」
「そうですか、じゃあ買って来ますね」
「でも!あとで、読ませてください」
加藤はくすくすと笑い、
「いいですよ」
と言って、レジに向かった。
「ふー、長かった。でも面白かった」
「ですよね!」
「やっぱり、本を読むなら図書館に限るね」
「あれ、持ち込みって許可されてましたっけ?」
おどける加藤。楽しい時間はあっという間だ。
その時、水樹の目に一冊の本が留まる。
「MS病」
加藤がビクッと反応したが、水樹は気付かなかった。
「どうしたんですか?いきなり」
「あそこの本のタイトルにあるから」
「あ、そういうことですか」
「MS病ってどんな病気なんだろ」
「記憶が留まって個人差はあるけど二十歳位で死んじゃう病気らしいですよ」
「へぇ」
「なんですか?その反応」
「いや、勉強熱心なんだなと」
「調べましたからね」
「普通調べないからね」
「もう私は普通じゃないんです」
「ん?なんか言った?」
「なんでもないです」
「あっはい」
加藤と水樹はそれから、アニメイトに行ったり、本屋に行ったりアニメイト行ったり映画行ったりアニメイト行ったりってアニメイト多くね!?
事件はある日のアニメイト帰りに起きた。
「ばいばい水樹くん」
「おう、ばいばい」
今日も楽しかった。好きなラノベ、アニメ、ゲームのグッズを沢山買えた。そういえば加藤が買った物もあずかっていたんだっけ。
「加藤」
振り向くと加藤は既に青信号を渡っていた。
気付き、叫ぶ。
「加藤!!逃げろォォォォォォォォォォォォォォォォォ」
「え?」
加藤の体が宙を舞う。
猛スピードで加藤に迫った大型のトラックはそのスピードを緩めることなく走り去っていった。
それから水樹ができたことは、救急車を呼ぶことと、トラックのナンバーを警察に伝えることだけだった。
その後分かったことだが、加藤はMS病にかかっていたらしい。死後に知ってもどうしようもないだろ、そんな情報。
〇 〇 〇
あの事件から六年が経ったある日のことだった。
水樹の目に、あるニュースが飛び込んでくる。
MS病にかかっていた患者が、前世の記憶を持って生まれて来たことがわかった、というものである。
「うそ……だろ」
ありえない現実を目の前にして視界が滲む。
社会人五年目の水樹は即座に会社を辞め、生まれ変わった加藤を捜しに行くための準備を始める。
〇 〇 〇
玄関のドアを開け、一歩踏み出した水樹は照りつける太陽に目を細めた。振り向き、当分帰って来ないであろう家に鍵を掛ける。
「待てよ」
懐かしい声が聞こえる。姿を見なくてもわかる。
「おひさ、吉田」
「おひさ、行くのか?水樹」
「当たり前だろ?吉田」
水樹は、吉田に対し親指を立てる。
「よしっ、行ってこい」
「え!?」
「なんで止めないの!?みたいな反応するな」
こいつエスパーか!?
「こいつエスパーか!?って思ったろ」
「なんなんだほんとに!?」
「お前が分かりやすいんだよ」
「そうか……」
「俺は行かせる気なんてなかった。でもお前のそんな顔見たら、止められないだろ。分かってるんだろ、自分の気持ち」
「もちろん」
「ならいいじゃん。てか、早く行かなくていいのか? そろそろ行かないと、飛行機の時間だろ」
「そうだな、じゃあ行ってくる」
「おう」
あいつ、懐かしい会話をさせてくれる。
一人で行くことに不安はあったが、そんな物はなくなった。背中を押してくれた親友に、
「ありがとう」
聞こえないように感謝を伝えた。
水樹は日本中を探し終え、戻って来た。加藤はどこにもいなかった。いや、単に会っていなかった可能性も十分にあり得る。
「まあ、日本だけだからな」
そうなのだ、まだ外国がある。
「普通に考えれば無理ゲーだよなこれ」
そんなことを思いながら、懐かしい本屋による。
「あった」
旅の途中で読みたい本ができた。すぐに見つかり安堵する。
「あっ」
おいおい、こんな出会い、前にもあったぞ。ま、流石にね。
「もしかして、水樹くんですか?」
「マジだった!?」
「おひさです」
「おひさ……じゃないでしょ!!」
「本屋ですから、静かに」
なんだろう、こんなに必死に探したのに、こんなに近くにいて。俺に説教までして。
「あはは……」
泣いてしまった。
「泣かないでくださいよ。こっちまで泣いちゃうじゃないですか」
もう限界だった、もう抑えきれなかった。彼女と会いたかった、その気持ちがこみ上げてくる。
そうだ、言わなきゃいけない言葉がある。
水樹は震える口で、大切な言葉だと自分に言い聞かせ、ゆっくり言う。
「加藤……」
「はい……」
「もう二度と……この手を離さない」
「じゃあ、お願いしますね!」
加藤は、笑いながらそう言った。
最後まで読んでいただきありがとうございました。