第初話 エイリアンりく 其ノ陸
高校生活最初の夏休みを満喫するべく初日から宿題を片付ける新垣リクと幼なじみ達。しかし彼らが風呂場で『初』めて目にしたそれは、およそ地球の常識が通用しない謎の生命体で―――!?
「話半分なんて都合がよすぎるんだよ。半分も信じる必要なんかねえ。九割は疑ってかかった方がいいな」
006
「へえ、星羅ちゃんっていうのかい。漢字はおおよそ、人工衛星の星に羅臼町の羅ってとこかい?」
居酒屋で出されていそうなちょっとした料理をつまみながら、ざっと宇宙人―――星羅=スターシア=ギャラシークと名乗った少女が話した話を俺達は聞き、シグマがそんなことを口にする。
というか人工衛星はともかくとして、羅臼町なんて地球に来たばかりの宇宙人が知ってるわけないだろ、宇宙人差別かなんかなのかと思い訂正を求めようとしたのだが、
「ああ、そうだな。人工衛星の星に羅臼町の羅で合ってるゼ」
羅臼町は宇宙にも知れ渡っている超有名観光スポットだった。
それなら何故羅臼町かその近辺ではなくわざわざうちに出没したのか、それもよりにもよって全裸で風呂場に現れたのかと思わなくもないが、先に聞いた話で個々の疑問も解消されることとなる。
「で、ギャラシーク星ってところから来たと。それも、同じギャラシーク星にいる凶悪な宇宙生命体が地球侵略を目論んでいるから急いで追ってきたところ、何故だか新垣クンの風呂場がワープ先に設定されてたってわけか」
「そういうこった。起きたばっかだったからたまたま全裸だったんだよ」
「お前は全裸で睡眠をとってるのか……」
まあ海外映画の中でもアダルティな雰囲気を醸し出す女性なんかは全裸で寝ていたりもするし、ギャラシーク星人とやらはもしかしたら裸族の類である可能性もあるので、別に不思議ではないのかもしれない。
「私もダーリンと裸で抱き合って寝たいなー」
「やだよ寒そうだし。俺は基本寒がりなんだから」
「じゃあ一枚のパジャマを二人で着て密着して寝るというのは……」
「めっちゃ変態みてえじゃねえか」
字面だけ見るとさながら変態中の蛹みたいだ。
「仲いいんだな、オマエら」
と、俺達のやり取りを見ていた星羅がそんな風に口を挟む。
「いっつもそんな風にラブラブなのか?」
「まあ、確かにいつもこんな感じではあるが……あ、一応言っておくけど、俺とこいつは別に付き合ってるわけじゃないからな?」
「ああ? マジかよ」
「マジマジ」
「でもいずれは付き合ってくれるんだよねー?」
「いや、そんな約束を交わした覚えはないが……」
「えー? 私の裸を見ておきながら娶ってくれないわけー?」
「適当なことを言うなよ。お前の裸を見たことなんてない」
「でもその娘の裸は見たんだよね?」
「うっ」
結亜が割と据わった目で俺にそう問うてくる。心なしかじゃれるために俺の肩口を掴んだ手にぎりぎりと力が込められているようだ。
「い、いえ見てませんよ。ねえ星羅さん?」
「はあ? いやいやばっちし見てたじゃねえかよ。あの変な二人組に殺されかけるまで、終始オレの身体をじっくりと見つめてたじゃねえかよ」
「あ、おい! なんでこういう時に限って嘘をつかねえんだ!」
「なんならあの時オレと会話してた間、オマエはオレの顔じゃなくて胸に向かって話しかけてただろ」
「そこで嘘をつくなや!」
見ると結亜は心底悔しそうな顔で「そ、そんなところまで……!」と唸っていた。
何に対抗心を燃やしてるんだよこいつは。
「いやー若いねー新垣クンは。毎日毎日違う女の子の裸を見てハッスルしてるなんて、おじさんからしてみれば羨ましい限りだよ」
「安いキャラ設定を付与しようとするな。毎日女の裸なんて、妹のぐらいしかロクに見ていない」
「いや見てんじゃねえか」
見ていた。
妹のとは言え、ほぼ毎日妹の裸をしっかり見ていた。
ただ、あくまでこれは妹の成長を観察するためにしかなくやっていることだということだけは、ここに誤解のないように記載させてもらおう。
「話を戻そうぜ。えっと、お前が地球にやって来たのは、その侵略者とやらを退治するためなんだよな?」
「え? ああ、そうだよ。あれを放っておいたら地球どころか太陽系がまとめて壊滅しかねないからな」
「その危険な奴が今どこにいるか……は、わかっていないと」
「まあな。地球に来た時に追跡ラインがプッツリ途切れちまってるから、ご覧のあり様さ。まあ地球がご存命なところを見る限り、まだ侵略はされてないみてえだけどな」
キヒヒッ、と意地悪そうに笑う星羅の表情には、どこか余裕がありそうな感じである。
「で、宇宙人ちゃんはこれから侵略者をやっつけに行くのかい?」
「ああ。感謝しろよ? このオレ様がオマエら地球人のために一肌脱いでやろうってんだから」
「それはありがたいねえ。おじさんが地球人を代表して感謝申し上げるよ―――そうだ、何か手伝おうか?」
「ああ? 手伝い?」
いちいち聞き返す時の反応が喧嘩腰だなあ、などと星羅に思うが、しかしシグマの方から手助けを提案するのもこれまた意外だった。確かにこれまで、俺は何度も不本意ながらこいつに助けてもらってきた経験があるが、その時もいつだって彼は仕方なくやっているというか、誰かにお願いされたから仕方なく俺を助けているという感じで動いていたのだ。
彼女の何かが、シグマを魅了しているのだろうか。
「そそ。だって相手は、星を侵略しちゃうようなおっかない化け物なんだろ? だったら君一人じゃあ不安じゃないのかい? おじさんだけじゃ心許ないっていうなら、新垣クンやその友達に協力を要請してもいいだろう。特に新垣クンはすごいぞ。ものすごい相手の攻撃を引き付けてくれるんだ」
「おい。完全に人を囮か捨て駒感覚で起用しようとしてるだろ」
「使用しようとしてるんだよ。キミは確か、そういうポジションだろ?」
「俺にそんな仕様を付け加えるなよ。誰がデフォルトで囮ポジションなんかやるか」
「ボクとしちゃ、是非ともキミを囮として試用したかったんだけどな」
「お前の私用を押し付けるな」
「でもキミは確か、宇宙人に飼養されてみたいって言っていたじゃないか」
「誰が言うか!」
たまたま『しよう』という単語が続いたからって悪ふざけが過ぎるだろ。
なんで俺、奴隷志望になってんだよ。
「まあまあ。侵略者に殺されるなんて、滅多にないことじゃあないか」
「一生なくていいんだよ。誰かに殺される未来なんて望んじゃいない」
「贅沢だねえ新垣クンは……まあいいや。宇宙人ちゃん。で、どうかな? ボクの提案」
強制的に話題を終わらせたシグマが星羅に問いかけの続きを始める。
「いや、いらねえよ。噂じゃ地球人は貧弱で弱っちいって聞いたしな。足手まといになられても困るし、オレ一人で行く」
「随分と強気だねえ。もしかしてキミって相当強かったりするのかい?」
「当たり前だろ」星羅は即答した。「オレはギャラシーク星に存在する魔力所持者の中でも最上級レベルに匹敵する力を持ってるんだ。そんじょそこらの雑魚だと思って見限ってんじゃねえぞ」
シグマの若干舐めたような口調が癇に障ったのか、鋭い視線で星羅はシグマをキッと睨みつけた。どうやら話によると、彼女の暮らすギャラシーク星という惑星では魔力所持者と呼ばれる能力者が存在しているらしい。その中でも彼女、星羅=スターシア=ギャラシークは、上位に位置づけされる強力な魔力を使えるらしい。地球で言うところのG級能力者みたいな感じなのだろうと勝手にイメージするが、なるほど、それなら彼女の強さも納得だ。彼女がどんな魔力を使うかはまだ見てないが、恐らく性格に違わず攻撃的な力なのだろう。だとすれば、叶夢や引七海や舞姫はともかくとして、ここにいる三人にできるようなことはなさそうである。強いて言うなら、結亜が回復要因として活躍できるくらいの物だろう。
「おおっと、怖い怖い。そう怒らないでくれよ、喧嘩っ早いなあ最近の子は」
対してシグマは、殺気立つ星羅に臆することなくへらへらした態度を崩さず相手取っていた。こいつも無能力者のはずだが、やはりそこは年の差というのだろうか、俺にはない大人の余裕というものが見受けられた。
「……チッ」
暫し睨み合っていた二人だったが、やがて星羅の方が諦めたという感じで舌打ちを鳴らす。
「なんだよ。鳴らすなら舌打ちじゃなくて舌鼓くらいにしてくれよ、宇宙人ちゃん」
「あん? ああ、いやメッチャ美味いけどよ」
「そうかい。それは良かった」
自慢のチャーシューを誉められたからなのか、シグマがほっこりと笑顔を浮かべる。
その後俺達三人がチャーシューを一人前おかわりし食べ終えたところで、満足したのか星羅がすっと立ち上がり、
「ごっそさん。超美味かったぜ」
と、帰ろうとする動向を示した。
「おや、もう行くのかい? もっとゆっくりしていけばいいのに」
「そうしてえのは山々だけどよ。さっさとやることやんねえと」
「やること、ねえ……」
なら仕方がないね、という風にシグマはフッと鼻息を一つ鳴らす。
「んじゃ、世話になったな」
「お、おい、待てよ」
さっさと店を出ていく星羅の後を俺は追いかける形で店外に出る。別にこれと言ったプランがあったわけではなく、ただ反射的に追いかけてしまっていた。
「まったねーダーリン! 次のデートは明後日だからねー!」
「お、おう!」
結亜はまだ帰らないらしい。土下座の続きと化しなければいいが―――ともあれ、俺と星羅は潰れたラーメン屋を出て、暗い夜道を並んで歩いた。
「あ? なんだよ、まだなんか用か」
「用っていうか、ちょっと気になってな。お前が一人で戦うっていうのが」
「……フン」
高飛車な雰囲気で鼻を鳴らし、すたすたと俺の前を歩く星羅。
気を悪くしてしまったのだろうか。
「ったく、噂には聞いてたが地球人ってのはマジで甘っちょろいな。ほいほい人の言うこと馬鹿正直に信じてよ。どいつもこいつも馬鹿みたいだな―――そうは思わねえか?」
「え?」
と、彼女が唐突に俺に同意を求めてきた。
「なんだよ、もしかして侵略者が云々って、実は嘘なのか?」
「その件が嘘か本当かなんてこの際どうでもいいよ。そうじゃなくて、あんまりにも簡単に人を信じている奴らを見てうんざりしてんのさ」
嘆息するような声色で、星羅は語り続ける。俺に話しかけている、というよりは、世の中に語り掛けているような感じだった。
「オマエ……リクとか言ったか? オマエはどうなんだよ。人を簡単に真じるような奴らを見て、どう思う?」
「お、俺か?」
まあそれを言われると、正直そんなのは滑稽だと思う。中学生時代、右も左も上も下も敵だらけの、何もかもが嘘みたいな疑心暗鬼の学生生活を送ってきた身としては、確かに人を信じる行為が愚かだという考えも理解できる。
信じて、裏切られ。
信じて、騙され。
信じて、欺かれ。
信じて―――死んでしまう。
心が死んでしまう。
そんな疲弊した人生を送るくらいなら、もう何もかも信じずに、我が身や未来さえ信じることなく、常の疑いの目を向けながら生きていくのもありなのかもしれない。最も、それはそれで疲れてしまうだろうし、何より頼るものがなくなり孤独に耐えられず死んでしまいそうになるだろうが。
「……まあ、確かに人生話半分とは言ったものだとは思うよ。馬鹿みたいになんでも信じ切って生きていくのが正解だなんて、そんなことは思わない」
だから取り合えず、そんな平凡な返答をしてみたのだが、
「違うな」
と、切り返されてしまった。
「違うって……」
「話半分なんて都合がよすぎるんだよ。半分も信じる必要なんかねえ。九割は疑ってかかった方がいいな」
「九割も疑うのか? それはいくらなんでも用心深すぎるというか」
「それぐらいでいいんだよ。もしその理由がわからないんだったら、教えてやる」
次の瞬間。
前を歩く星羅がくるりと振り返ったかと思った瞬間、彼女がぶらっと下げていた右腕を上に振り上げた。
それだけで十分だった。
俺の身体に、下腹部から顔にかけて一本線を描くような太く深い切り傷を入れるのには、十分な腕の振りかぶりだった。
「…………ッ!?」
ズバアァ! と心地よい斬烈音だけはかろうじて聞こえてきた。だがその音の出所が自分の身体だと理解するのには、少々時間がかかってしまったようだ。服ごと大きく切り裂かれた俺の腹から、俺の胸から、俺の首から、行き場を失った血液達が盛大に吹き出す様が薄目で確認できる。
「オレのことを半分も信じた奴は、大体こんな目にあってきたんだ」
見ると、彼女の右手は変形していた。と言っても琴波のように腕から先が刃物か何かに変身していたというわけではなく、ただ指先が鋭く鋭利に尖っているというだけだ。まあそれでも、人間一人切り裂くには過ぎたる武器なようにも思えるが。
「ハッ、ッ……カッ!」
大声を出して何とか痛みを紛らわしたいところだが、恐らく声帯も切り裂かれているのだろう、声らしい声は全く出すことができなかった。痛みに耐えかねた俺は、そのままぐちゃりと倒れ伏す。
「覚えておけよ地球人。来世では、もっと人を疑って生きろ」
世の中ってのは、割と嘘で構成されてるんだゼ。
しゃがみこんでそう囁いた彼女はその後立ち上がり、どこかへと消えていった。前に行ったのか後ろに行ったのか、そんなの判別のしようもない―――かくして。
高校生活初めての夏休みの記念すべき初日に、俺は記念すべき初めての死を迎えたのだった。
こんにちは、ここまで読んでくださりありがとうございます。結城甘美と申します。
さて、『魔法少女と能力世界』第初話、いかがだったでしょうか? タイトルが安直すぎるとよく突っ込まれますが、私としてはこのタイトル以外考えられません。これは後に『〇〇少女と四字熟語』シリーズを展開するためではもちろんあるのですが、しかし逆に、私自身が最近のラノベにありがちなクソ長いタイトルを冠した作品があまり好きではないからです。いや、内容は別にいいんです。寧ろ好きな作品だってあります。ただ、とりあえず長分且つ難解なタイトルで読者を引き込もう的な発想がどうしても安易というか、それは作者自身の質を提げているようにどうも感じてしまいがちです。小説なんて背表紙で語れなければ話にならない、呼んでももらえないというわけです。まあそんなことを言ってしまったらラノベ界から永久追放されてしまいそうなので静かにしておきますが。
ではそろそろお暇させていただきます。早くリクを復活させてあげなくちゃ。