第初話 エイリアンりく 其ノ肆
高校生活最初の夏休みを満喫するべく初日から宿題を片付ける新垣リクと幼なじみ達。しかし彼らが風呂場で『初』めて目にしたそれは、およそ地球の常識が通用しない謎の生命体で―――!?
「話半分なんて都合がよすぎるんだよ。半分も信じる必要なんかねえ。九割は疑ってかかった方がいいな」
004
「ふー! これでほとんど宿題は終わりね! 後は残りの夏休みを満喫するだけよー!」
半分以上人にやらせておきながらさも自分で全部やりましたアピールをする馬鹿な幼なじみに、俺と引七海はそろってジト目を向ける。
「まだ少し残ってんだから、早いうちに終わらせとけよ? せっかくここまで終わらせといて、いざ登校日になったら全部終わってませんでしたーじゃ笑い話にもならないんだからな」
「わーかってるってー。引七海は心配性なんだからー」
「心配してるんじゃない。信用してないだけだ」
午前中から始めた勉強会だが全教科分まとめってやったためにそれなりに時間がかかったようで、お開きになる頃には一八時を少し過ぎていた。一応朝食も昼食もしっかり食べたとは言え勉強中は脳のエネルギーを消費してフル活用していたわけで、そうなってくるとこの時間帯は丁度腹の虫が鳴き始めるタイミングだった。
「にしてもお腹減ったわねー。リク―、晩ごはん何―?」
「当たり前のように人の家で飯を食らっていくつもりか貴様は。一食五千円だぞ」
「随分高いわね……リクの料理はおいしいけど、さすがに毎食五千円も出してたら財布が一気に破産するわ。ちなみにメニューは何なの?」
「ごぼうサラダ」
「野菜の高騰化が激しすぎる!?」
まあ。
さすがにごぼうサラダ一品で五千円も取らないし、そもそも今日の献立にごぼうサラダなんてないし、もっと言うと今日の夕飯担当は妹なのだが。
「ところで、腹の虫ってどんな風に鳴くんだろうな」
と、突然引七海がそんなことを言い出した。
「どんな風にっていうか、そもそも何の虫なんだろうな。叶夢、お前はどう思う?」
「さあ。ハルキゲニアとかじゃないの?」
「節足動物ですらねえ……」
腹の中にいたら大変痛々しそうな奴である。
そもそもハルキゲニアは鳴かない。
「でもあれよね。たまに自分のお腹から『キャーッ! キャーッ!』ってものすごい甲高い鳴き声が聞こえてくることはあるわね」
「お前は腹ん中にグラウンドホッグでも飼ってんのか」
虫だと言っているのに、中々どうして日本語が通じない幼なじみである。
「でも実際、お腹から聞こえてくる音って『グルルルルルル』とかじゃない? それって文字にしてみたら肉食動物っぽいっていうか、そうなってくると虫でも何でもなくなってくるわよね?」
「そういわれると確かにそんな気がしなくもないが……」
とは言え腹の虫という慣用句自体、語源は中国から来ているようなので、そもそも特定された虫を想定していないのかもしれない。
鳴く虫であればなんでもいいのだろう。
「たっだいまー!」
と、そんないるかいないかもわからない虫の話をしていたところで、いるかいないかで言ったらいない方がいい、いるかいらないかで言えばいらない、できることなら永久に無視を決めこみたい我が妹が帰宅した音が、一階の玄関から聞こえてきた。
「あ、舞姫ちゃん帰って来たわね。どこか行ってたんだっけ?」
「刹那ん家。俺達と同じく宿題をやりに行ってたらしいが」
その後暫くシーンとしてからドタドタと階段を駆け上がる音が聞こえてくる。そうかと思えば部屋の扉がバアン! と勢いよく開き、少々お怒りの表情を浮かべた妹が部屋へと入ってきた。
「もう、お兄ちゃん!」
「ど、どうしたんだよ。そんな血相抱えて、友達と喧嘩でもしたのか?」
「喧嘩なんてしてない! そうじゃなくて、どうして可愛い妹が帰って来たのに出迎えてくれないの!? 私は一刻も早くお兄ちゃんの顔が見たくて走って帰ってきたというのに、お兄ちゃんは一刻も早く私の顔が見たくなかったの!?」
そんなことを言われてしまうとこいつの顔が見たいと思ったことなんて多分今まで一秒たりともなかったのだが、多分それを言うと火に油を注ぐ状況になりかねないのでとりあえず宥める方向へと向かった。
「お前の顔なんてわざわざ見なくても常に脳内にインプットされてるから、俺はいつでもお前の顔を思い浮かべてんだよ。可愛い可愛い妹の顔を常に脳の片隅に置きながら、俺は今日まで生活してきたんだ」
「もうお兄ちゃんてば! 私のこと大好きすぎ! 私もお兄ちゃんのこと大好きすぎ! つまりは結婚ってことだよね!」
「何がつまりなんだよ。喉でもつまらせてろ」
浮足立って喜んでいるこの変態妹―――新垣舞姫は、俺の妹である。よくありがちな『実は血の繋がっていない設定』などという都合のいい話でもあれば少しは幸せな気持ちに浸ることもできたのだが、残念ながら紛れもなくこいつは俺の妹で、俺の実妹である。中学一年生、ライトブラウンのきめ細かいロングヘアー、目元はハッキリとした二重、カチューシャ、アホ毛と可愛い要素がふんだんに詰め込まれており、実際兄の目線で見ても男の目線で見ても、間違いなく可愛い少女である。オマケに家事も料理も一通りできて学校の成績も上の中、身体能力もそこそことスペック的に見ても申し分なく、多分クラス内の男子は黙っていないであろうかなりの逸材なのだ。
「もー、喉が詰まったら可愛い妹が死んじゃうってばー。……あ、でもお兄ちゃんとのキスで喉が詰まるならそれはそれで」
「訂正する。血管でも詰まらせてろ」
おまけにこの女、頭に付いているカチューシャとは別の二つのヘアアクセサリー・G級能力者識別バッジが示す通りのG級能力者、それも双異能力者なのである。双異能力者自体数がかなり少ないらしいのだが、この妹はその数が少ないうちの一人で、しかも両能力ともG級能力として認定されているのだ。通常双異能力者とは、例えば叶夢と引七海の能力を例に挙げて火熱系と電撃系の双異能力者がいたとすると、火熱系では上級認定されているが電撃系は下級認定を受けるといった具合に、それぞれ個々の能力のレベルには差異が生じることが多い。しかしうちの妹はそんな双異能力者の中でも唯一の、『両能力ともG級認定を受けている能力者』であるらしい。
なんと不平等な世界であろうか。
こんな妹にそんな大層な能力をしかも贅沢に二つも与えるくらいなら俺に一つくらい分けてくれよと幾度となく思ってきた。しかも片方の能力は『瞬薫扇風』という風圧系能力で風を自在に生み出したり操ることのできる能力なのだが、それはつまりいつでもどこでも女の子のスカートを自由且つ合法的に捲ることができるという、実に素晴らしい能力なのだ。そんな画期的な力を俺に与えないとは神は一体何をやっているんだ、馬鹿か何かなのかと俺は常々そんな不謹慎なことを考えていたりもする(ちなみに当の妹は自分の力をしっかり理解した上で俺の前でわざとスカートを捲ったり風呂上がりに俺が着る着替えをどこかに吹き飛ばしたりする。殺したい)。
ところで双異能力者というだけあってこの妹にはもう一つ、G級認定されている超強力な能力があるのだが、それについての説明はここでは割愛させてもらう。妹的には寧ろこちらの能力の方が本命みたいなところがあるようだが、俺としてはその能力に強い嫌悪感を抱いているし、なんならその能力を使う妹にさえ強い嫌悪感を抱いているくらいなので、あまりその能力のことを話したくないのだ。まあどのみち嫌と言っても馬鹿な妹はその能力を平然と俺に行使してくるので、その時にでも適当に解説させてもらおうと思う。
「もう、私的にはお兄ちゃんといるだけで常に息がつまりそうだよ。ドキドキして緊張して、胸が苦しくなっちゃうのに」
とまあこんな具合にうちの妹は、才色兼備とまではいかなくても秀外恵中な完璧人間である。天は人に二物を与えずなんて言われるが、ほんとう、うちの妹には二物どころか何物与えてんだよという感じなのだ。
シスコンか。
だがまあ、そんな天もさすがに万物は与えなかったようで、うちの妹には致命的な弱点が存在していたりもするわけで。
「さっさと私が法務大臣になって民法を変えなきゃ。近親相姦罪も結婚制度もひっくり返して『血の繋がっている兄と妹の結婚を認める。寧ろそれ以外は認めない』って条例に変えなくちゃ」
「お前が法務大臣になったら俺が絶対に暗殺してやる」
まあこんな具合に、先ほどからのこいつの発言を聞いてもらえれば分かると思うが、この妹には常識というものがおよそ欠落しているのである。それはもう壊滅的に、なんなら常識という概念すらどこかに吹き飛ばしてしまったんじゃないだろうかと疑いたくなるほどに、こいつの常識力の欠乏っぷりは恐れおののくことすらある。なまじ頭がいいだけに、相手取るだけでも大変な奴なのだ。
「お兄ちゃんに暗殺されるならそれはそれでいいかも……」
「え、今すぐ殺していいって?」
「今すぐは困るでしょーそりゃ。だってまだ結婚してないのに」
「しねえよ。しねえしさせねえよ。お前と結婚するくらいなら、その辺の歩道橋とでも結婚する方がまだマシだ」
「歩道橋は歩道と歩道を繋ぐ……つまり私とお兄ちゃんを繋ぐ、と」
「何がつまりだよ。だから血管でも詰まらせてろ」
「つまりっていか妻りたいかな」
「ナチュラルに妻という単語を動詞化することで俺の妻になろうとしてんじゃねえ。いいか舞姫。兄妹は結婚できないしお前は法務省に入れないし入ったところでそんな条例は認められないんだ。だから俺達が結婚することはない」
「なーんだ。首でも切って激しく自殺しようかな」
「結婚できないくらいで血痕残して死のうとすんなや!」
とんだヒステリックブラコン妹だ。
余談だが俺はシスコンではない。というかそもそもシスコンなんて言うのは漫画やアニメの中での話であって、現実に妹を愛して止まない兄などいるわけがないのである。あんなものは、妹に恵まれなかった哀れな群衆が妄想と空想によって作り上げた偶像たる産物でしかないのだ。
「いやいやリク。お前は充分シスコンだろ」
「地の文を読むんじゃねえよ……それとシスコンではないって書いてあんだろ」
「シスコンじゃない奴が未だに妹と一緒に風呂に入ったり歯ァ磨き合ったり着替えさせ合ったりするわけないだろ。よく考えろよ」
「いやいや、それは別に兄妹間での当たり前の行為としてやってるだけだろ。食事や入浴や歯磨きというごく当たり前の日常的行為を、当たり前に妹とこなしているだけじゃあないか。俺だって好きでやってるわけじゃないんだよ。仕方なくだよ仕方なく」
「どこの世界に歯を磨き合うのを当たり前としている兄妹がいるんだよ。そんなのお前達の世界だけだって。蒼さんだって絶対妹とそんなことしてないはずだぞ」
「天空先輩は女だからだろ。さすがに姉妹で歯ァ磨き合ったりはしないだろ」
「兄妹でもしねえっつってんだよ、普通……はあ、もういいや」
暫し取り合っていた引七海だったが、やがて何かを諦めたかのように溜め息を一つついた。
「まあまあ引七海。こいつにシスコンを認めさせようってのが無理なのよ」
「そうだったな。取り合おうとした私が馬鹿だったわ」
「おいおいお前達。何を言っているのかよくわからないが、幼なじみを省くのは良くないぞ」
「別に省いてないよ。ただちょっと諦めただけだ」
「? そうか?」
嘆息する幼なじみを見てるとこちらまで物悲しくなってくるが、彼女らが一体何を諦めたのか皆目見当がつかないのでとりあえずスルーしておくことにした。
「じゃあお兄ちゃん。私ご飯作るから、お風呂掃除お願いね」
「ん? ああ、わかった」
「叶夢ちゃんと引七海ちゃんも食べてくでしょ?」
「もっちろん! もうお腹ぺこぺこで限界だわー」
「うん、私も頂いていこうかな。ありがとう」
それから舞姫は夕飯を作るため、俺は風呂を掃除するためにそれぞれ一階へと向かう。ちなみに叶夢と引七海は部屋に残ったままだ。
「米は研いでおいたから、後は任せたぞ」
「ありがとー! さすがは未来の旦那様☆」
「へいへい」
米を研いだくらいで大袈裟に反応する妹を適当にあしらい、俺は浴室へと向かった。ちなみに俺の家は普通の一軒家で間取りは一階に一部屋と二階に四部屋の5LDK、加えて地下室が一つ、シャワールームとトイレは別々になっている。部屋の振り分けは一階が来客用、二階の部屋が俺の部屋・舞姫の部屋・両親の部屋・物置となっているのだが、うちの両親は最近でも特に珍しくなくなってきた共働きスタイルで、母親が漫画家なので編集部に近い安めのアパートに一人暮らし、父親に至ってはファッションデザイナーでほとんど海外住まいなので家には滅多に帰ってこないため、今は俺と舞姫の二人暮らしに近い状態となっている。妹はこの状況を寂しがるどころか新婚の予行演習などと言って楽しんでいるし、まあ俺としても放任主義の親を別にどうこう思うことなく割と自由にやらせてもらっているので、今の環境に特に不満はない。あるとすれば頭のおかしい妹をどこか遠い星へやれないものかと日々考えることにそろそろ疲れてきたことぐらいだろうか。
「今日はお兄ちゃんの好きな鶏肉の甘辛焼ねー☆」
「お、マジか。それは嬉しいな」
リビングの扉を開け、舞姫は左側の台所へ、俺は右側の浴室へと向かっていく。そのままドレッシングルームに入りバスルームの扉に手をかけたところで、
「……ん?」
シャアアアアアア、と誰もいないはずの浴室からシャワーが動いている音が聞こえてきた。密室の中で勢いよくシャワーヘッドから水かお湯かが噴出しているようで、間歇泉のような音が鳴り響いていたのだ。
「…………」
サーーーッと血の気が引いていくのが自分でもわかった。最後にシャワーを使ったのは確か朝、舞姫が出かける前に浴びた時だったはずだ。その時からずっと出しっぱなしだったのだと仮定すると、時間で逆算して約十時間近く栓が開いたままだったということになる。つまり、今月末の水道代の請求費がこの世の物とは思えないほど恐ろしい金額になってしまうというわけだ。
「……ッ!」
とりあえずあの妹への施しはまた後日、改めて行うとして、今はシャワーを一刻も早く止めるのが先だ―――そう考え終わる前に俺は反射的に浴室の戸に手をかけ、一気に扉を開いた。
と。
「……ん? なんだオマエは」
断っておくが、今の発言は俺の物ではない。浴室を開けたらそこが別世界に繋がっていたから疑念を抱いたとかそういうことでは決していない。寧ろ、その状況を目の当たりにして俺は声を発することすら忘れてしまっていたのだ―――おかげで自分の家で知らない女がシャワーを浴びているという状況であるにも関わらず、俺は何一つリアクションが取れなかった。
「…………」
一人の少女がいた。
年は俺達と同じくらいだろうか。やや攻撃的な釣り目が少々近寄りがたい雰囲気があり、叶夢と同じような綺麗な白髪をしていた。ただ長さはどちらかと言うと引七海より少し長いくらいのセミショートで、お湯で濡れた毛先が首筋に艶めかしく纏わりついている。左側の前髪が長く、こちらからあまり彼女の左目をうかがえないが、別に片眼を失っているというわけではなさそうだ。浴室内の彼女は当然一糸まとわぬ姿なわけで、その胸元についている二つの大きな膨らみもまあそれはそれは丸出し全開である。大きさだけで言えば叶夢といい勝負かもしれない。先ほど大見得を切って『女はおっぱいじゃない。中身だ』なんて大義名分をかました手前、彼女の胸をがっつり直視するようなはしたない真似は出来ないのだが、しかしお湯によって温められて薄く紅潮した肌と綺麗な形を保つおっぱいのマッチング感はそんじょそこらの人間が生み出せるようなものではない。とにかく目を見張るような魅力があるわけだ。
「なんだよジロジロと……まあいいや。おい、もう出るからタオル取ってくれよ」
「へっ? あ、ああ」
立ちすくむ俺をさほど気にも留めず顎で使う彼女は、俺に全裸を見られているにも拘らずそんなことは意にも介さないといった風に堂々としていた。タオルを要求したのも、別に隠すためではなく身体を拭くためだったようである。
「ふう、サッパリしたゼ……しっかしこの星はお湯でシャワー浴びるんだな。オレんとこじゃ水で浴びるのが当たり前なのに」
「え、水を浴びるのか?」
滝行か何かだろうか。想像するだけで身震いはする。
「なーんてな」
と、ヘラっとした口調で彼女は答えた。
「嘘だよ嘘。こっちも普通にお湯だって、いちいち騙されんなよ。冬に水なんか浴びられるわけねえだろうが」
「う、嘘?」
なんだ嘘か……とほっと安心する半面、どうしてそんな意味もないような嘘をついたのかが引っかかる。
「ところでよお」
「えっ?」
嘘についての真意を聞いてみようかどうしようかと悩んでいたところで、彼女の方から先に声をかけられた
「ここって地球で合ってんだよな?」
「へっ?」
これには素直に驚いた―――え、何? ここが地球かって? いやいや、わざわざそんなことを聞くなんて、何かギャグでもやり始めるつもりなんだろうかこの子は。
「そう、だけど……なんだよ。まさか『私は宇宙から来た宇宙人なんです』とでも言うつもりか? そんな戯言で不法侵入の罪から免れられるとでも?」
「戯言っつーか、実際そうなんだけどなー。……ああ、これは嘘じゃないゼ?」
「…………」
自宅の風呂場に宇宙人が登場した、なんていう割とありがちなラブコメ展開の漫画を想像しながら、俺は押し黙る。確かに俺は井の中の蛙だし自分が思っている以上に世界は広いものだが、しかしこんな状況を実際に体験したことがある人間は果たしているのだろうか。それこそ視野をもっと広げて宇宙単位で見ればそういった事例の一つや二つくらいあるかもしれないが、少なくとも地球においてそんなファンタジー染みた出来事が起こるわけ―――いや、しかし春休みや母の日に起きた絵空事みたいな事件を思い返してみればこんな出来事もあながちフィクションではないのかもしれない。とにもかくにも、今の俺では判断のしようがない。
「……つまり、お前は地球人じゃない。そういうことか?」
「お、理解が早いねえ。地球ってのは他の星と切り離されて独自の生命線を引いてるって聞いたから、てっきり疑われて追い返されると思ってたのによお……それともお前が馬鹿なだけか? ん?」
「まあ、本来だったら突然宇宙人を名乗り出すような不法侵入者は放っておかないんだけどな。生憎と、お前みたいなのは初めてじゃないんだよ」
「ほう……?」
とは言え、彼女が本当に宇宙人なのかどうか、例え宇宙人だったとして目的は何なのか、そういう込み入った内情まではさすがの俺も把握しきれない。初めてじゃないとはいえ、それは慣れていることとイコールには決してならないのだ。
不本意だが、やはりアイツに聞くのが一番だろう。
「とりあえず出ろ。然るべき場所にお前を連れていく」
「なんだ、研究機関かどっかにでも突き出すつもりか?」
「それもありだけど、それをすると俺の方まで拘束されそうだからな。だから、お前みたいなのに詳しい奴のとこに連れていく」
「詳しい奴、ねえ……なーんか嘘っぽいけどなー」
「初対面でいきなり人に嘘をつくほど俺は落ちぶれちゃいねえよ」
「いやいや、嘘のすべてが悪いみたいな言い方をするなよ。どうせこんな世界、万国共通、万星共通で無数の嘘が入り乱れてるんだから。真実だけで構成された世界なんてないんだよ。必要なのは嘘をつかない綺麗な心じゃなくて、嘘を見極める力と経験だろ」
「嘘を見極める、ねえ」
それこそ戯言染みた、実に曲解された自論であったが、まあその考えも別に間違いではないのだろう。嘘さえも真実のように、真実さえも嘘かのように飛び交うこの情報社会で、結局審議を見極めるのは自分自身なのだから、自分の身を守るのは自分なのだから、嘘を嘘と見抜く力は今のご時世必須スキルみたいなものである。
世知辛い世の中になったもんだな。
と、そんな初老期に突入したアラフォーみたいなことを思ったところで、そう言えば大事なことを聞きそびれていたことを思い出した。
「ああ、そうだ。そういやお前の名前ってなんて―――」
と。
今になって思うが、俺はもっと冷静になるべきだった。いや、突然宇宙人を名乗り出す少女を目の前にした時の反応としては充分冷静さを保っていたが、しかし俺には、他にもっと注意するべきことがあったのだろう。なんせ目の前にいる不法侵入者は女で、しかも今現在全裸なのだ。現在進行形で全裸、プリクラに『全裸なう』とか書いちゃいそうな勢いですっぽんぽんなのだ。そんな痴女みたいなやつと洗面所で二人っきりになっているという状況を、俺はもっと注意深く顧みるべきだっあのかもしれない。
「リクー? 舞姫ちゃんがいいっていうから、あたしと引七海で一番風呂貰いたいんだけど―――」
そんな様子で何を疑うこともなく俺の後ろにひょっこり姿を現した燃える幼なじみと痺れる幼なじみから、一瞬で殺気が立ち上る気配が感じ取れた。
振り向かなくてもどんな表情をしているかわかる。
というか振り返る必要はない。俺は過去を振り返らない男だ。過ぎたことや終わったことにいちいちくよくよせず、いつでも真新しい気持ちで俺はリスタート決められる男らしいハートを持っている。だから例えここで俺は見るも無残な焼死体になったとしても、決して挫けることなく晴れやかな気持ちで明日に進むことができるだろう。
雨にも負けず。
風にも負けず―――ただ。
身も溶けるような灼熱の業炎と焦がれ滅びそうな烈火の斬雷には、無能力者の俺はさすがに勝てなかった。