6
そう。はずだった。
しかしその時、
「!?」
暗転しかけた意識の中、何かが千切れたような感覚があった。続いで、何かが壊れる音。
そして、落下するような感覚。
「うぐっ!?」
気がつけば、俺はまた床上に転がっていた。
何だ? 何が起きた?
ん? 手に何か……
それは電灯だった。
あの時、半ば無意識で掴んだ電灯だ。
よく見ると、フードが欠けている。
確か、さっきまではそんな事なかったんだが。俺が引きちぎった後、床にぶち当たったんで欠けた?
と……俺のそばで、妙な気配がした。
倒れた真由と……宙に浮かぶ仮面。
『は……はは……よくもやってくれたな。それで殴るなど、想定外だったよ』
「へ? 殴る?」
そんな事は……そうか!
電灯が引きちぎれた時の反動で、結果的に真由を殴ってしまったのか。で、倒れたショックで仮面が外れたとか?
藁でも掴んでみるもんだな。
が……真由は無事なのか?
『それに……こんな物があったとはね』
忌まわしげな“声”。
何かが仮面の額のあたりから落ちた。
翠色の、小さなひし形の石。あれは……真由のペンダント。彼女の祖母の“願い”が篭った……
どうやらそれが仮面に当たり、ダメージを与えた様だ。おかげで真由はヤツから解放されたのか。
けど、まだ終わっちゃいない。
『だが、ここまでだ。散々手こずらせてくれたな』
強烈な怒りのオーラ。
ペンダントによって出来たと思われる、新たな仮面の傷。
それは、仮面に何ともいえない凄みを与えていた。
あ……ダメだ。
もう指一本動かん。
仮面は俺に近付いてくる。そしてその下に現れる、揺らぎ。
揺らぎはやがて女の姿をとった。
髪を振り乱した、褐色の肌の女。
そうか。これが“ヤツ”の生前の姿か。
と、その手がマスクに伸びた。
その口のあたりから取り出したのは、小さな黒い石。
その石の先端は鋭く尖り、まるで刃のようだ。
あれは……何だっけ?
ああ、そうか! 黒曜石か!
確かナイフの様に鋭くなるんだっけか。
それで、俺を……
ダメだ、逃げないと。このままじゃ……
だが、身体が動かない。
血を流しすぎたか。
それに、気力も体力も、もう……
起き上がるどころか、腕を動かすことも出来ん。
と、その時、
リビングに差し込む、柔らかな光。
朝、か。
そんなに時間が経ってたか。けど、無駄な抵抗だったのかも……
と、“ヤツ”の動きが止まった。
『まさか……夜が明けただと!?』
どうしたんだ?
『いかん。このままでは……』
焦ってやがる。何があった?
見ると、“ヤツ”の身体がぼやけつつある。
どういう訳か知らんが……日光の下ではあの身体は維持できんのか?
そういや昨日も“文さん”は、日光の当たらない場所にいたしな。
幽霊が日中に現れないのと同じ理屈なのかもしれん。
『……お……おのれ! 後少し……後少しで!』
タイムオーバーか。
欲張りすぎたのが失敗だったな。とっとと俺の喉かっ切っときゃこうはならんかったのに。
いや、それだと復活するのに“力”が足らんのかな?
『ただでは消えん!』
「……へ?」
ヤツは黒曜石のナイフを手に、俺に迫る。
え? ちょっ……
俺に迫るその身体は、次第に色を失い、崩れていく。
しかし、その指先だけは、形を失わない。
そして、とうとう喉元に……
「拓クン!」
誰かの声。
そして仮面に何かがぶち当たった。
『あ〜〜〜っ!』
女の“絶叫”。それは、断末魔だったか。
仮面は床に落ちると、乾いた音を立てて砕け散った。
ばらけて散らばる緑色の石と、骨と思しき茶色ががった灰色の塊。
そして、塊は朝日の中で崩れ、砂の様になった。
助かった……
一つ息を吐く。
そして、横に転がるのは……さっきの電灯か。あれを投げてくれたのは……
「拓クン……」
真由、か。
「ハ……ハハ。良かった、無事で……」
身体張った甲斐があったというものだ。
「拓クン!」
「〜〜〜っ!」
彼女は俺を抱きしめた。
俺の全身が悲鳴をあげたのは、言うまでもない。
――後
その直後に気を失ってしまった俺は、数日後ウチの大学の付属病院で目を覚ました。
結局あの夜の事は、俺と真由しか覚えていなかった様だ。
真由は自分で罪を被ろうとしたらしいが、証拠も揃わないために警察も扱いに困ったらしい。
そしてしばらくして、どういう訳か分からないが、皆お咎めなしで解放された。
まぁ、別に人が死んだって訳じゃないしな。せいぜい俺が死にかけたぐらいで。
後、捜査の過程で床下からミイラ化した遺体が見つかったりしたんで、それどころじゃ無かったってのもあったらしいが。
何でも、何代目かのオーナーの家族が行方不明になってたという話だ。しかも、事件性ありとか。
ある意味、そっちの方が怖いか。
というか、そういう下地があったからこそあの仮面に変な“力”が宿ってしまったのかもしれん。
恨みやら何やらを、あの仮面が吸収して……。
まぁ……ともあれ。みんな無事で、何よりだ。
目覚めた状況が状況だったんで、色々ゴタゴタがあったよーだが。
……俺は知らん。
――病院の屋上
俺と真由は並んで街を眺めていた。
俺はあちこちに包帯巻かれて半分ミイラ。
真由は頭に包帯を巻いている。電灯で殴ってしまった傷跡だ。
しばしの、沈黙。
真由は、そっと手にペンダントを握りしめる。
「ねぇ……拓クン。別れましょう」
「……へ?」
ななな何をいうのか、この人は。
俺、何かマズい事やらかしたっけ!?
「今回の事……もしかして、私のせいかもしれないから」
「……へ?」
「『器になるべき肉体』って言ってたでしょ? 多分、私があそこに行ってしまったから……」
「どゆコト!?」
「私の祖母は……」
彼女の話によれば、その母方の祖母は、メキシコのインディオの出らしい。それも、司祭者の家系との事だ。
つまり……あの仮面の同郷って訳だ。
だから自分を“器”として選んだのではないか、と。
そういえば、“ヤツ”は他の連中には目もくれず、真由を選んだな。きっと彼女には、そういう“資格”があるって事だろう。
けどさ……
「幾ら何でも考えすぎだろ。そもそもあそこに行こうって言い出したのは、俺だろ? だとしたら、俺のせいって事になるんじゃないのか?」
「そう……なっちゃうのかな?」
「そうさ。そもそも真由だからこそ、何が何でも助けようって思ったんだぜ? 他のヤツだったら、あそこまでやれたかどうか」
ちょっとばかし恩着せがましいが……彼女から離れるのは、ゴメンだ。
「そう、ね。でも、本当にいいの?」
「そりゃあ……」
なら、口よりも行動だ。
強引に抱き寄せ……
「〜〜〜!!」
……そうしたはいいが、またしても全身の痛みに悶絶したのは言うまでもない。