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――コテージ内
ダイニングと一体となった広々としたリビングは、きれいに掃除してあった。
ソファとテーブル、そしてテレビが備え付けられてある。
そして、壁際の棚には、香炉らしきモノも置いてあった。
そのせいか、部屋の中にほのかにいい香りが立ち込めている。
「お疲れ様。紅茶を入れたわ」
それぞれの部屋に荷物を置き、一段落ついたところで文子さんが紅茶と茶菓子を持ってきてくれる。
彼女は俺達が旅行に来ると聞き、コテージの掃除をしてくれてたそうだ。
有難い。昔からそういうところに気が回る人だったな。
「ありがとうございます。わざわざ掃除とかしてもらって」
「いいじゃない。気を使わないで、ね」
「はい」
ティーカップからは、いい香りが漂う。
俺達はソファ、そしてダイニングテーブルの椅子にめいめい腰掛けた。
茶菓子はクッキーやチョコレート。それに……リンゴっぽいドライフルーツ。
「いただきまーす」
紅茶を一口。
美味いな。疲れが癒される。
「お菓子もあるわよ」
「はい」
正直甘いのはあまり好きじゃないんだよな。
が、全く食べないってのも失礼だ。
「美味しい……」
と、隣に座る真由。
手には、ドライフルーツ。
……そうだな。
俺もドライフルーツの小さな欠片を手に取り、口に運ぶ。
ずいぶん甘いな。それに何か……少し身体が熱くなるような気がした。
「コレ、何の実です?」
「旦那がメキシコかどこかに出張で行ってきたんだけど……その時のお土産。リンゴっぽい果物みたいよ」
「へぇ……何かいい気持ちになるな」
と、岸本。微妙に顔が赤い。
「あっ、もしかして……アルコール入ってたかも。ゴメン、気付かなかった。ひょっとして、まだ車使う予定あった?」
「いえ、ダイジョーブっす!」
「もう後は飯食って寝るだけだよな」
オイ杉浦、矢澤。勝手に答えんな。
……が、多分大丈夫だろう。一応食料は途中で調達してきたし。酒が足らんとかなったら、各自徒歩で買い足してくれや。
コンビニは遠いが、一応ある。
「そう。なら良かった」
ホッとした表情の彼女。
そういえば……
「文さんは、何でここに来たんです? 車とか、無かったような……」
「ああ、自転車よ。だから、大丈夫」
「そうですか……」
ん? いや、自転車もマズいんじゃあ……。彼女もドライフルーツ食べてるし。
まぁ、めったに捕まる事はないだろうが。
でも……万一の事があったら申し訳ないよなぁ。
「そうだ。いい肉買って来たんで、文さんも一緒に食べましょうよ。ね?」
オイ、杉浦。あちらさんにも、事情ってモンが……
「そうねぇ……少しぐらいなら」
「じゃ、決まりだな! それじゃ、用意するから!」
あ……行っちまいやがった。矢澤も。
アイツら、そういうところは早いな……。
何となく部屋を見回し……
「アレ、何です?」
壁に飾られた、一つの仮面。
翠と金色の、きらびやかだが少々不気味なマスク。
「ああ……よくわからないけど、ウチの人が持ってきたのよね。多分、どこかの土産物屋で買ったんじゃないのかな?」
「にしても……ずいぶん高そうですよね」
金……それに、翠色の宝石。いくらするんだろうか?
「どうせレプリカか何かでしょ。ああいうのって、現地の土産物屋じゃよくあるじゃない?」
「ああ、確かに」
そういえば、いつぞや彼女の旦那さんが出張先の中国で買ったとかいう服着てたな。
adiosの帽子とか、NICKのTシャツとか……。
その類と思えばいいんだろうか? それとも……。
と、矢澤が食材を取りに戻って来た。
「オイ、何やってんだ、城崎? 飯の準備するぜ」
「お……おう」
こういう時は積極的だな。
ま、まぁ……仮面の件は、後でいいか。
――しばしのち
「カンパイー!」
そして始まる酒盛り。そしてBBQ。
このコテージの庭にはグリルがあるんで、それを使い肉を焼く。
杉浦のヤツ、最初は携帯式のグリルを持ち込もうとしてやがったんだよな。
流石にそんなの積まれたら、あの車じゃ積載量オーバーだ。
重量じゃなくて、容積的に……。
ただでさえ女性陣は荷物多いしなー。
もっと上のクラスのやつだったらよかったんだが、何せ金がな……。
まぁ、いいか。
とりあえず乾杯の後、ビールを喉に流し込む。
心地よい喉越し。
そして、もう一口。
ふぅ……
心地よい酔いが回ってきた。
「やっほ〜い。飲んでる〜ぅ?」
と、川瀬。このウワバミ女め。もうグラス空にしたんかよ。
運動部との合コンでも、最後まで酔いつぶれなかったって噂もあるしな。
「まぁ、ボチボチとね。おっと、あんまり真由は飲むなよ」
「うん……」
彼女は上気した顔で、俺にもたれかかる。
真由、酒には弱いからな〜。
「コレもなかなかいけるわよ」
と、文さんが何やら瓶を取り出した。
ん? その瓶は……ウィスキー?
「さっきのドライフルーツを漬けたお酒よ」
「へぇ……。炭酸水も買ってあるんで、それで割ってみます?」
早速荷物を漁る川瀬。
「それもよさそうね」
「じゃあ、やってみる〜」
「……」
もう好きにしてくれや。
とりあえず俺は、ビールをチビチビとやりつつ、食うことに集中することにした。
まぁ、俺まで酔いつぶれるわけにはいかんしな。
そうして飲み食いする事しばし。
腹が膨れたので、俺はグリル周囲の最低限の片付けを始めた。
文さんも手伝ってくれる。
そして、騒いでる連中を横目に俺と真由、文さんはリビングへと引き上げた。
まぁ、後は酒とツマミだけだから火はいらんしね。
「ふぅ……今日は疲れた」
一つ息を吐き、ソファに座り込む。
「若いっていいよね。楽しいけど、ちょっと疲れちゃう」
と、文さん。
「すいません。騒がしい連中で。あと、手伝わせてしまってすいません」
「いいの、いいの。もっと若ければ、一緒に騒げたんだけどね」
彼女は笑みを浮かべ、肩をすくめた。
「はは……まだ若いですって」
「ありがとね」
彼女は昔から若々しくて……
「あっ、その子……真由ちゃんだっけ? 眠そうよ」
「ン……」
見ると、隣に座らせた真由がウツラウツラしてる。
「おっと、すいません。彼女を連れて行きます」
「一人で大丈夫?」
「大丈夫っすよ」
俺は真由を抱え、二階の部屋へと向かった。
少々苦労したが、無事到着。
彼女をベッドに座らせ、着替えて寝るよう言い置く。
そしてまたリビングに戻ると……
「雨だ、雨!」
「天気予報じゃせいぜい曇りだったのに〜」
「誰よ雨男ー。もしかしてアンタ?」
「俺じゃねーよ!」
駆け込んでくる連中。
気がつけば、雨音がしているな。
雨に降られたのか。運の悪い……いや待て。
「文さん、カッパとか持ってきてる?」
「あ〜っ、無いわ。どうしよう……」
う〜む。飲むんじゃなかった。ドライフルーツ程度なら、検問引っかかっても大丈夫だっただろう。多分、だが。
「旦那さんに迎えにきてもらうとかは……」
「生憎アメリカに出張中なのよね〜」
「ああ……」
タイミング悪いな。そういや伯父さんは亡くなってるし、伯母さんは車の運転は出来なかった気も。
じゃあ、タクシー?
それも勿体無い気もする。
やむまで待って……。いや、それとも検問覚悟で俺が送るか?
「じゃあ、一晩ここに泊まったらどうっすか? 部屋はまだあるでしょ?」
と、矢澤。このお調子者め。そういう訳にはいかんだろ? 子供だっているんだし。
「そうねぇ……ちょっと待って」
と、リビングの電話を取る。
『あ、母さん。私。雨がひどくなって、今帰れそうにないの。ちょっと子供の世話頼める? ……ン。そう、今は拓君達と一緒にいるから。はい、分かった。……はーい』
「……とりあえず、ここに泊まって大丈夫みたい」
「よっしゃ。じゃあ、文サン交えてみんなで飲みましょう!」
矢澤はガッツポーズしてやがる。
はいはい。
とりあえず俺は部屋で寝ますよ、と。
いい加減疲れてるしね。
では、おやすみ〜。