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彼方へと伸びる道。
沿道にはのどかな田園風景が続く。
田んぼには青々とした稲が初夏の風にそよいでいる。
遠くに見える山々は、雲ひとつない青空とのコントラストが綺麗だ。
田んぼのところどころに散在する民家も、なんとも言えぬ風情を醸し出して……
「おいおい、この辺田んぼばっかだなー」
「そうねー。コンビニとかも無いの?」
「だよな〜。遊べる場所が無いとな」
「……うるさいお前ら黙れ」
運転中、後ろでこうも騒がれると流石にイラっとする。
「ごめんね、拓クン。私がつい口を滑らせたばっかりに……」
「いいよ。気にしなくても。真由ちゃんは悪く無いから」
俺――城崎拓也――は助手席に座る彼女――御山真由――に、小声で告げた。
そして内心で肩を落とす。
あ〜あ。久々に二人きりでの旅行だったのにな……。
まったく……ヒマ人どもめ。
まぁ、断りきれんかった俺が悪いんだが。
とはいえ、高速代やガス代出してくれるとなれば、ねぇ? 懐事情はあんまりよろしくなかったし。
が、断固として断るべきだったかもしれん……
現在、俺の運転する車は高速を降り、田舎道をひた走っている。
行く先は、親戚が買ったというコテージだ。
休みに二人で過ごそうって話だったんだが、オマケが沢山ついて来ちまったというね。
どうやら真由が、友人の沢野についぽろっと話してしまったのがきっかけだ。
この沢野、口が軽いというか、噂好きというか……
ゼミの連中にそれを喋っちまったらしい。
で、図々しい連中が押しかけて、このザマだ。
真由も割と天然で、お人好しだからな……
詐欺に引っかかったりしそうで心配になる。
付き合い始めたのもそれがきっかけだしな。
……おっと。
そこからさらに三十分ほど。
車は細く曲がりくねった山道を登っていく。
……重い。エンジンがうなるだけで、なかなかスピードが上がらん。
廉価グレードだから排気量あんましないからなー。
その上七人乗ってる上に、荷物もいっぱい。 各人の足元や膝の上にまで置いてもらってる有様だ。
クソッ、ミニバンなんか買うんじゃなかったぜ。
キャンプとか行きたいと思って買ったのが、裏目に出た。同じ値段でコンパクトカーならもうちょいいいのが買えたんだよな〜。
まぁ……どっちにしても、中古だが。
「オイ、遅くね?」
「うるさいなー。フル乗車で重いんだよ!」
「もっといい車買いなよー」
「あーのーなー! そもそもこんな人数乗るの想定してねー! ……モンク言うなら降りろ!」
「えぇー、ケチぃ。減るもんじゃないでしょ!」
「減ってんの! リアルタイムでガソリンが余計になっ!」
「あの……拓クン。私、降りて歩こうか?」
「それだけは駄目」
女の子をこんな所で歩かせる訳にはいかん。
「それに、真由ちゃんが降りたところで、あんまり変わらないしね。後ろの重量物どもならともかく」
「だって」
「誰の事だよ」
「誰か降りろよ、重い奴」
「そうだよ。周りのこと考えろよな」
「全くね」
「お前らだ、お前ら!」
……などと騒ぎつつも、なんとか車はコテージへとたどり着いた。
あぁ……疲れた。
傾きつつある陽の光に照らされたコテージは、鬱蒼と茂る木々の中、ひっそりと佇んでいた。
木造二階建て。都心の狭い一戸建てよりは広々としている。
「へぇ……意外と立派なコテージじゃない」
「もっと寂れた小屋かと思ったぜ」
「お前らな……」
なら来んなよ。
心中で、毒づく。
このコテージは、元々バブル期にどっかの不動産業者が富裕層をターゲットにして建てたモノだそうな。だから、外装も内装もしっかり作ってある。
が……完成直後にバブルは崩壊。
コレは不良債権なっちまったってワケだ。
その後、ただ朽ち果てていくかと思われたこの物件に、やがて光明が指す。
それが、リニア新幹線だ。
この辺りにその路線が通り、駅も出来るかもという話になった。
そうなりゃ地価の高騰が見込めるって訳で。
で、このコテージも投機目的で買ったヤツがいた。
が……ルートはそれ、取らぬ狸の皮算用となってしまう。
そしてまた投げ売られ……
結局、親戚が不動産屋に泣きつかれて捨て値で買ったという経緯だ。
何とも……色々怨念が染み付いていそうな物件だな。
何も起きなきゃいいけどさ。
「誰か、いるみたい」
と、真由。
このタイミングでそんなこと言うなよ……。
「え? どこ?」
「よく分からないけど……」
「拓君、いらっしゃいー」
と、玄関の方から声がする。
見ると、二十代後半と思しき髪の長い女が、ポーチの下に佇んでいる。
あれは……ああ、そうだ。
「ああ、お久しぶりです。文さん」
彼女は咲田文子。俺の叔母だ。小さい頃、よく遊んでもらったな。
「……誰?」
と、真由。
少しばかり、不快な響きもある。
おっ? 嫉妬してくれてる?
「オイ、誰だよあの美人」
友人の岸本も小突いてきやがった。
「ああ。文子さんは俺の親戚だよ。ここのオーナーの奥さん」
そう。確か……
「そうだったんだ」
かすかに安堵の色がうかがえる、真由の声。
俺も少しばかり安心。
や、付き合う前は高嶺の花だと思ってたからね。
「ふ〜ん? あの人、ちょっと真由ちゃんに似てない? もしかして……」
「な……何言ってんだよ!」
「ふっふ〜ん」
「…………」
その声に、思わず顔が引きつる。
ちらと横を見ると、真由がジト目で俺を見てら。
ちょっ……ちょっと待ってくれや。誤解だって。おのれ、沢野め。
いや、動揺しちまった俺が悪いか。
まぁ、ちょっとばかり憧れてたのは事実だしね。
「それはそうと……疲れたでしょ? 中で休んだら?」
「はーい」
「わかりましたー」
「お世話になります」
文さんの言葉に、野郎どもがヘラヘラ笑いながら答えやがる。
チッ、人妻に発情すんなや。
「鼻の下伸ばしちゃってさー」
「やっぱり男って、ダメね……」
これは女性陣。
先が思いやられるな……
「なろうチャット会」で一度掲載した作品です。
諸事情により取り下げていましたが、改稿の上再投稿しました。