8 邪神2
テイスは力強く片頬を引き上げた。
「お前さんに会うためにどんだけ彼を傷つけたか分かってるのか? ちゃんと責任は取ってもらうぞ」
テイスの筋肉が倍以上に盛り上がり、その溢れんばかりの力強さをプレッシャーとして放つ。腰を落とし、戦闘姿勢に移る。
刹那、ジルクのスキルが覚醒した。
名前は『ヘルプレスガード』
効果は防御不能。彼の放つ攻撃は、いかなる手段によっても防御することができない。まさに神のスキルである。
ステータスの最大値も出現し、その全てがテイスをはるかに上回っていた。
彼の蹴った地面にはいくつもの亀裂が走り、軽く音速を超えた。しかしテイスにもそのくらいは見えている。動きは見えているが、テイスにジルクのステータス、そしてスキルを見ることは不可能だった。
十字にガードしているテイスの腕をすり抜け、ジルクの拳は彼の頬を赤く染めた。衝撃に耐えられなかった足はバランスを崩して勢いをそのままに、後方へ吹き飛んだ。いくつかの木をへし折り、やっと勢いが止まる。
「……マジかよ」
そう漏らした時。ジルクはそのステータスを最大限に生かし、テイスの目の前まで迫っていた。彼と視線がぶつかると同時に、テイスは続く言葉を呟いた。
「アイギス」
右腰に下げた銀一色の短剣が意識を得てテイスとジルクの間に飛び出す。
ーー盾だ。
テイスが心でそう強くイメージした瞬間、短剣が音もなくその姿を盾へと変えた。
アイギスとは、アテナの武器である。その姿を持ち主のイメージ通り、変幻自在に変えるのだ。アテナの意識を邪神がほとんど乗っ取った時、彼女は自分の武器をこの世界に送った。全ては彼女の異変に気がついてくれた誰かに救ってもらうため、その人の冒険の助けをするために。もちろんテイスはそのことを知らない。
アテナが最後の瞬間にアイギスへ付与したスキルは、『デバフ無効』と『パーフェクトガード』だ。その効力は邪神のものよりも強く働き、盾となったアイギスはジルクのスキルを無効化して彼の拳を完璧に防いだ。
飛び散る火花に目を休めることなく、テイスはアイギスを右手で掴んでから背後の木を全力で蹴り飛ばした。
正面から叩き潰そうと、ジルクは拳を固める。その拳は見るのが辛いほど血に染まっていた。邪神の凄まじいパワーに、ジルクの体が悲鳴をあげているのだ。
ーー鎖ッ!
主人の意思を感じ、アイギスは長さ三メートルほどの鎖へと変化した。
「はあああっ」
短く気合を放つ。
拳がテイスを正面から捉えたのを確認すると、彼は空中でその巨体を深く沈め、拳を回避する。ジルクとすれ違ったその一瞬の時間で彼の腹に鎖を一周さる。そして右手のアイギスを離し、四肢で着地する。
ーー檻っ
体に巻き付いたアイギスは、ジルクを中心に彼一人がちょうど入れるほどの檻へと変わった。彼に攻撃しないのは、もちろん力を解放させた理由が戦いたいからではないからだ。
ーーここからだぞジルク、君の根性、《傀儡の魔王》への愛、みせてもらうぞ。
ひとまず呼吸を整えると、左右へ視線を巡らせた。
戦い始める前の穏やかな印象を与えていた木々は幾つか地面に横倒しにされて、大分殺風景になってしまった。未だに人の気配は無いものの、二匹の黒い鳥が木の実をつつき始めている。
「そのまま体を乗っ取られていたいのか、ジルク。そんな禍々しい力に支配されたままでいいのか?」
囁くような優しい声に、邪神はジルクの代わりに叫び声で返す。
「ああああっ! なんで、俺、勝てない。もっと、力、あああ殺す殺す!」
邪神の言葉を全て聞き流し、ジルクへ声をかけ続ける。
「《傀儡の魔王》を、イナーシャを助けるんじゃないのか? 自分の犯した罪を反省したんじゃないのか?」
アイギスを殴り続けるジルクは、その手を力ずくで止めて自分の意思をその瞳に宿す。
「……俺の罪は……許されるものじゃない、殺す殺す殺す……だから……せめてこれ以上罪を増やしたくない………」
「だったらそんな邪神如きに負けてないで、早く自分のものにしてしまえ!! それともこのまま勇者殺しの罪まで背負うつもりか?」
言葉がしっかり届いているのを決定づける大量の涙が彼の頬を滝のように流れた。
「……俺も……こいつには……腹が立ってきたところです……殺すとか、言ってんじゃ……ああああ………黙れ! とっとと言うこと聞きやがれッ!」
瞬間、彼の纏っていた禍々しいオーラは消え、同時に彼の意識も落ちた。しかし今度は深い闇の中ではなく、深い夢の中。力尽きたかのように眠るその顔は、自信と勇気に満ち溢れていて、まるで別人だ。
ーーたとえどんな罪を犯したとしても、人間にはそれを受け止め、反省し、償う力がある。その全てを愛だけで行なっていた君も、今は違う。全てを受け止め、反省した君になら、しっかりと償うことだってできるだろう。
「アイギス、戻れ」
手に馴染む短剣の姿へと戻った相棒をそっと撫でて、一言だけ呟いた。
「お疲れ様」
そして二分後、勇者は異変に気付いた。
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