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5 平和な日常


 黒く淀んだ雲は消え、カーテンの隙間から差し込んだ日光がジルクの瞳孔を刺激する。


「朝、か」


 ゆっくりと瞼を持ち上げ、大きく伸びをした。

 この世界に転生した時は夕暮れだったので、これがジルクにとって初めての異世界の朝だ。

 冷んやりとした空気を腹一杯に吸い込んで意識を覚醒させ、隣で横たわるメルの寝顔を眺めながら昨日の出来事を整理する。


 メルの母親はやはりヴァンパイアだった。名前はローナで、メルと同じ黒髪に深海を思わせる濃い青色の瞳という特に特徴のない容姿なのだが、昨晩眠れずに新鮮な空気を吸い込もうと向かったベランダで見たのは、その美しい曲線を描く背中から突き出た大きな翼だった。

 赤を基調としていて、翼を見た衝撃よりもその美しさにジルクは絶句した。それでもイナーシャに勝るものではなかったのだが……


 《傀儡の魔王》イナーシャがどんな人物かは、メル、テイス、そしてローナを含めた三人から説明を受けた。

 たった一週間で王都を火の海に変え、各地から向かった討伐隊は生首にして送り返したのだという。焼かれる子ども達を顔色一つ変えずに見下ろしさえしたのだと。


「くっ……」


 吐息を漏らすが、こんなことをしても何も変わらないのは分かってる。それでも今のジルクにはこれくらいしかできないのだ。


 話を聞き終えたジルクは、テイスと二人きりで言葉を交わし合った。内容はジルクの力について。邪神にもらったことを説明するためにはなぜ邪神に出会ったのかも説明する必要があった。そして、今どうしたいのかも。

 イナーシャを救う。ジルクはテイスにそう告げた。テイス自身は《傀儡の魔王》に死んでもらいたいわけではない。ただ罪のない人を殺さないでほしい、それだけなのだ。テイスは眉間にしわを寄せながらジルクに確認した。


「人を助けるのは、人を殺すことより何倍も難しい。それでも助けたいか?」


 小さく頷いてから気持ちを言葉へと変える。


「助けます。何があっても。そして謝りたいんです。一人で行かせてごめん、辛い思いをさせてごめん、って」


「なら、明日から訓練だな。言っておくが、メルより厳しくするからな」


 テイスとローナ、そしてメルはジルクを家族として温かく受け入れてくれた。

 しかし部屋の数には限りがある。ジルクは歳が近いという理由でメルと同じ部屋になった。ジルクには心に決めた相手がいる。だからメルに恋愛感情は抱かない。対してメルは顔をりんごのように染め上げ、しばらくの間もじもじと指を合わせていた。


「熱でもあったのかな……」


 ふと発した言葉がメルの意識を覚醒させた。


「んんっっはぁぁ……」


 大きく伸びながら少女らしい声を漏らす。


「おはよう、メル」


「おはよー」


 自分の発した言葉に違和感を覚えたのか、ベッドから飛び起きて大きく仰け反る。ジルクと目が合い、再び顔が真っ赤に染まっていく。


「じ、じじジルク!? いつからそこに!?」


「いつからもなにも、昨日ここで寝るって決まったはずなんだけど……」


「あ、そっか……」


 あはは、と笑うメルだがその顔はまだ赤い。


「顔赤いぞ、熱でもあるのか?」


 両手で顔を隠し、部屋から飛び出して行く。


「な、なんか変なこと言ったかな……? まああれだけ元気なら大丈夫だろ」


 用意されたテイスの古着へと手早く着替え、部屋を後にする。朝の冷えた床が足を刺す。


「おはようジルク」


 テイスの太い声がリビングに響き渡る。


「おはようございますジルクさん、昨日はよく眠れましたか?」


 次いでローナの声も響く。彼女の手には朝食の入ったお皿が乗っかっており、和風の香りを放っている。


「おはようございます。いい香りですね」


「うふふ、私の料理が口にあったみたいでよかったわ」


 ジルクは昨日の夜ごはんも食べさせてもらった。あまりの美味しさに賞賛の嵐をローナに送ったのだ。


「父さん母さんおはよー、ジルクも……おはよ」


 挨拶を交わし、みんなで円形のテーブルを囲む。


「では、いただきます」


「「「いただきます!」」」


 アテナが死んだ日本人の若者を導く女神ということから、彼女の創ったこの世界は日本に近い設定なのだ。

 そうでないとジルクの言葉が通じる理由と、逆に相手の言葉を理解できる理由に説明がつかない。

 色々起こりすぎて未だ少し混乱してる頭を整理しながら、ジルクは白米を口に運んだ。


 

 

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