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2 緑色の筋肉


「なんでこうなるのかなぁ」


 女神アテナは一秒後に自分の体を乗っ取られてしまうかもしれない状況だったのだ。緊急的な転生でもあった。だからジルクの転生場所をイナーシャの現在位置に合わせることができなかったのは仕方がない。

 それでもモンスターのいる山奥に転生させるのはあんまりではないかと、彼はため息を吐き出した。


 目の前の異物から目を離すために左右へ視線を走らせる。一面に育つ大量の木々の葉が幾重にも重なり合って、不穏な音をリズムよく刻み込んでいる。ダークブラウンの幹を見上げるように生えた背の低い草花。少し先にある黒ずんだ雲は、天からジルクを隠そうと速度を上げ始めている。あと少しすれば夕焼けに染まる空はその時には一面雲で覆われてしまうだろう。

 すぐにでも人を見つけて村や町に移動するのが得策なのだが……

 そこまで考え、視線を目の前に戻す。


「アヘアヘアアアグヘへ」


 転生したジルクの目の前に現れたのは、一匹のゴブリンだった。

 緑色の肌から浮かび上がる血管が以上なまでの筋肉を象徴している。面積の少ない革製の防具に、体の倍以上は長い大剣を両手で構え、欲望に塗れた視線は完璧にジルクを捉えて離そうとしない。


 一度気を失ったことで、抑えきれなくなった破壊衝動は溶けるように消え、同時に溢れ出ていた力まで無くなってしまっている。戦っては勝ち目がない。かといって、


「あの筋肉だと、走って逃げてもすぐに追いつかれるよな……」


 ゴブリン程度相手では、ジルクが感じる恐怖など高が知れている。というのも、数分前までは神と戦っていたのだ。神に比べればあんな者虫けら同然である。それでも勝てるか勝てないかはまた別の問題なのだ。


「アヘアヘアヘエエッ」


 再び奇声を発すると、ゴブリンは金属製の大剣を軽々と頭上で構え、高速で回転し始めた。


「おいおい嘘だろ!」



 ブンッッッブンッッブンブンブン



 次第に回転速度が上がり、ついには大剣そのものが目で追えなくなる。

 大剣のリーチに腕の長さが足された攻撃は、ジルクから五十センチほどの虚空を幾度も切り裂くが、ゴブリンの行動はそこまでだった。

 当たれば体を真っ二つにされそうなほど肉厚な刀身。当たれば百パーセント命はないだろう。

 しかし、『当たれば』なのだ。当たらなければ何も怖くない。目の前でただ回っているゴブリンは、回るだけで一歩も動かない。

 ジルクは思わず全身の力を抜いてしまう。このままなら当たらないと確信しているから。


「なんだ、強そうなのは見た目だけかよ」


 そう呟き逃げようとしたジルクの体は、勢い良く後方に吹き飛ばされた。


「危ない!」


 原因は一人の少女。

 腰まで伸びたストレートの黒髪。血のように赤い瞳が表す彼女の幼なさ。薄いピンク色の唇からはみ出た牙。

 その容姿はジルクの思い描く『ヴァンパイア』とほぼ完全に一致した。


「これだから初心者はっ!」


 近くの木にぶつかり、勢いが死ぬ。


「なに、するんだ……」


 少女は腰につけた短剣を抜き放ち、短く答える。


「君、こいつはゴブリンだよ! どうすればゴブリンの目の前に立ちつくすっていう考えに至るのさ!」


「だってそいつ動かないし……」


「ーーッ! 来る!」


 少女の緊張が一気に高まる。


「ウラアアアアッッ」


 回転しているゴブリンの筋肉が瞬間的に盛り上がり、遠心力を利用して大剣を放り投げた。


「なっ……」


 標的は少女へと切り替わっていた。腰を落とし、短剣を握る手に力を込める。大剣が彼女に当たる直前、少女の短剣が大剣を真上から捉えて稲妻の如く振り下ろされた。

 飛んできた時よりもさらに速く、大剣は地面に叩きつけられる。衝撃に耐えられなかった大剣は粉々に砕け散り、跡形も無くなった。

 しかしそれは少女の持つ短剣も同じ。砂のように掌から零れ落ちる。

 最後の一粒が落ちる頃にはもう、ゴブリンの姿は何処にもなかった。


「だから武器って嫌いなんだよね。すーぐ壊れちゃう」


 少女はジルクに手を差し伸べ、そっと囁く。


「君、怪我はないかい?」


「一体……どういう……」


「そう言えば自己紹介がまだだったね、ボクの名前はメル! 君は?」


「ジルク……ジルク・ユンガー」


 ニッコリと無邪気な表情を見せ、ジルクを安心させようとする。


「早速だけどジルク、立てるかい?」


「あ、ああ」


「じゃ、ここは危険だから説明は後にして、まずはボクの村に行こうか」


「村か。もしかしたらイナーシャもそこに……」


 メルの表情が一瞬だけ強張る。


「ジルク、君の事情はよくわからない。でも、たやすくその名前は口にしないほうがいいよ」


「え?」


 近くの木々から真っ黒な鳥が何匹か飛び立つ。イナーシャという名前から逃げようと、必死に羽ばたきながら。

 晴れていた空はいつの間にか曇り、今にも雨が降り出しそうだ。


「これは急いだほうがいいかもね。ほら、行くよ!」


 氷のように冷たい手が、ジルクの手を引く。メルの凄まじいスピードについて行くのが精一杯で、イナーシャの事について質問する余裕はなかった。

 

 

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