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1 女神様……?


 ーー俺は、なんて最低な人間なんだ……


 自分の体すら見えない漆黒の闇に包まれた部屋。もしかすると神様が怒って体を取って行ってしまったのではないかと、ジルクは考えた。

 しかし、息もしてれば感覚もある。抓れば痛いし、空気の冷たさだって感じる。こんなに色々できるのはまだ肉体があるからとしか思えなかった。

 死んだことは理解していた。特に驚きもない。心臓を撃たれたにもかかわらず、あれだけ生きていられたのが不思議なくらいだ。

 彼が感じていたのはただ一つ。後悔、それだけだった。


「俺が悩まず助けに行ってさえいれば……イナーシャは死なずにすんだはずなのに」


 顔が歪み、目頭が熱くなる。


「そんな顔をしていては、せっかくのイケメンが台無しですよ」


 聞き覚えのない、低く美しい女性の声。それでいてどこか悲しく、怖いとさえ感じる。

 滲んだ涙を右手で拭い、眼を開く。

 刹那、視界が色づき始めた。目の前にいるのは見覚えのない一人の女性。彼女から放たれる無数の光が辺り一面を眩しく照らす。

 膝まで伸びた金髪、全てを見透す様な漆黒の瞳、白い肌とよく似合う真っ赤な唇が作り出している笑顔。

 その笑顔はまるでジルクの絶望を嘲笑い、楽しんでいるかの様に薄く伸び、隙間から真っ白な歯が顔を出している。


「あなたは……神様?」


「無様に死んだのに、顔と勘だけはいいようですね。我の名はアテナ。お前達人間が思い描くように美しく、高貴な女神。一つだけ違うのは、我が善神ではなく邪神だという事。生物の不幸、絶望、失望、悲しみ、憎しみ、怒りなどの負の感情は全て我の栄養となって力を与えてくれる」


 統一性の無い口調にジルクは違和感を感じた。口調が変わるたび、声が高くなったり低くなったり。

 まるでその事に気付いていないかの様な激しい動作で両手を大きく広げ、アテナはジルクに抱きつく。イナーシャと違い、肋骨が折れそうな程の力で。


「やめっーー」


「やめませんよ。お前が今感じている絶望、恐怖、後悔は我に底知れぬ力をくれるのだ」


 華麗な容姿とは違い、容赦無く飛ばしてくる横柄な言葉にひたすら耐える。言葉はジルクの心を痛めつけることもあれば、慰めている風に聞こえることもあった。まるで、善と悪の全く違う二人が話しているかの様に。

 しかし『悪』のアテナはジルクに追い討ちをかける。


「お前と共に死んだあの女が感じていた悲しみは最高に甘美であった」


「あの、女……だと……お前、イナーシャに手を出したのか……」


「そうすれば、お前の怒りは膨れ上がるのでしょう?」


 アテナの思い通りだとわかっていても、ジルクには自分を止めることができなかった。


「お前イナーシャに何をしたああああ!」


「ふふふっ……アハハハハ! そう、もっと怒れ、もっと恨め!」


 硬く握った右拳をアテナ目掛けて放つ。

 しかし、生身の人間が放つ拳など、神に通用するはずがなかった。

 アテナの周りに壁があるかのように右手がピタリと止まる。


「これだから人間は面白い」


 そう吐き捨て、アテナは右手で虚空を薙ぎ払う。瞬間、彼女の触れた空気が一気に膨張し凄まじい突風となってジルクを襲った。

 アテナは空中に舞い上がった彼を追うように一躍すると、死なないよう最大限に手加減された一撃を腹部に入れる。

 彼が痛みを感じる頃にはもう、色の無い地面に激突していた。


「ぐはっ」


 手加減といえど神の、邪神の一撃は凄まじい。ジルクには手も足も出ない。それでも彼が恐怖に怯えることはなかった。

 一度怯えれば、取り返しのつかない結末が待っているということを知っているから。


「神ってのは、その程度なのか? そんなもんいくら撃っても虫の一匹すら殺せないぞ……」


「なら試しに全力で殴られてみるか?」


「やれるもんならやってみろ」


 それを聞くと、アテナは全身の力を抜き、短く答える。


「やめておきましょう。今のあなたをいじめたところで何も面白くなさそうですから」


 アテナの態度を見て今は『善』であると判断し、ジルクも力を抜く。殴られた事でいつの間にか正気に戻っていたことに少し驚きつつも、声を強めて質問する。


「それで、お前イナーシャに何をした?」


「特に何も。悪いことは。ただ、彼女を私の創った世界へ送りました」


 ーー私?


「イナーシャが望んだのか?」


「ええ」


「そうか、なら俺もその世界へ飛ばせ」


 ジルクの返答を完全に予知していたアテナは、こくりと頷く。


「最後にもう一つだけいいか?」


「何でしょう?」


「なぜお前は無理して敬語を喋ろうとする?」


 眉間にしわを寄せたのと同時に、漆黒の部屋が彼女のプレッシャーで震えた。無音の風となり、二人の髪を激しく靡かせる。


「何のことだ?」


 再び自我を得た『悪』の声が耳に届く。


「それだよ。お前さっきから敬語で喋ってると思ったら急にやめたり、まるで二人の全く違う人間、いや、全く違う神が喋ってるみたいだ」


 アテナの顔に怒りと焦りが走る。すると彼女は驚いたことに自分を殴り始めた。血飛沫が飛び、自らの顔を真っ赤に染め上げて行く。



「貴様まだ生きていたのか!? 今すぐ死……ジルクさん、私に取り憑いている邪神は……黙れ! 勝手に……生物の負の感情で力を増してしまう……いい加減にしろ! 死に損ないのくせに……生物の、善の感情があれば、私は、元の力を取り戻せます、だから、人々に……絶望だ! それ以外は何も要らない……違います! ジルクさん、もう、私は」



 『善』のアテナが流す涙に、ジルクは悪意を一粒も見つけることができなかった。やはり、元は『善』であるアテナに『悪』である何かが取り付こうとしているのだ。

 ジルクは彼女を、『善』のアテナを救わなければいけないと直感した。全身の細胞がそう望んでいる。


「わかりました。その代わり、力取り戻す前に死なないでくださいよ!」


「あなたにそこまで言われたら、頑張るしかないですね」


 アテナの見せた笑顔は、まさに本物の女神だった。それでも……


「イナーシャの方が可愛いな」


 小さく呟いた声を、女神は正確に聞き取る。


「あんまり言うと、嫉妬しちゃいますよ」


 ジルクは真剣な表情を作り、アテナの漆黒の瞳から僅かに光を放つところへ声を飛ばす。


「負けるなよ」


「はい、最後に少しだけ私の力を……させるかっ」


 女神の指から出現した光は、破滅の色に染まっていた。稲妻のように迸る光。ジルクに避ける術はなかった。雪の様にジルクの体へ溶け込み、心を蝕もうとしてくる。


「何だこれ……」


 凄まじい力が身体中に漲る。同時に、抑えきれないほどの破壊衝動が体の底から溢れ出す。


「ううっ! ころ……さない! 何もかもぶっ壊して……たまるか!」


「ジルクさん……もう、私は……ごめんなさい」


「大丈夫だ。この程……殺す殺す……黙れ! 早く、イナーシャのところへ」


「わかりました」


 美しい七色の光がアテナの体から湧き上がる。しかしジルクの中でアテナを壊してしまいたい、殺したいと言う欲望が膨れ上がっていく。

 彼はついに耐え切れなくなり、『善』のアテナに殴りかかる。


「壊れて消えろっ」


 放たれた一撃がアテナの首に届く寸前、ジルクは気を失った。

 


次回投稿は9月16日0時です!

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