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17 アイラ

ギリギリセーフ!




 今では二十一歳のアイラが、まだ六歳だった頃。


「今日もいっぱいだね、おとーさん」


 自分が生まれた時からずっと使われてきた釣竿と、川水で木がふやけて所々千切れてる、お父さん手作りの笊。その上でピチピチと暴れる三匹の小魚を見ながら、アイラは呟いた。

 真冬の川水は氷のように冷たく、ほぼ一日中それに浸っていた足は震えて、血の色さえ見て取れない。


「そうだな。明日はアイラも魚取れるといいな」


 アイラは痩せ細った腕でお父さんの弱々しい手をとる。


「うん! 私頑張るから!」


 広大な森の中、二人は歩き続けた。

 アイラは口を止めずに喋り続けた。そうでもしないと、全身を襲ってくる冬風があまりにも冷たくて、すぐに眠ってしまいそうだったから。



 森を奥へと進んで行くと、少し開けた場所に出た。冷んやりとした月明かりが二人を照らす。

 小さな岩が二つ横並びで置かれたそこを、二人は『家』と呼んでいる。

 最下位の火炎魔法で火を起こして、木の枝に刺した小魚をその周りに突き立てる。

 こんがりとした焼き目が脂を纏わせ始めたので、枝を抜く。


「お父さんは一つで十分だから、アイラが二つ食べな」


「うん! ありがとーおとーさん!」


 目の前の炎よりも暖かい笑顔がお父さんの心に染み渡った、その時。



「うわあああ!」



 男の絶叫が森全体を薄気味悪く揺らした。


「アイラはここにいて!」


 そう言われたので、アイラはその場で魚にかぶりついた。

 絶叫どころか、弱音一つ吐いたことのないアイラには、男の絶叫がただの音にしか聞こえなかったのだ。

 アイラの頭を荒く撫で回すと、お父さんは声のした方へ走っていった。






 魚にかぶりつく。咀嚼。飲み込む。

 そんな単純作業すらまともに行えないほどの眠気が、アイラを襲っていた。


「ふわあぁーーっ」


 大きくあくびをしたアイラの手から、食べかけの魚が刺さった枝が落ちる。気力だけでは抗えない重みが瞼を閉じさせて、瞬間、アイラは眠りについた。


 次の日の朝、目を覚ましたアイラの隣にお父さんの姿はなかった。


「おとーさん?」


 疲労で疲れ切った体を無理やり起こして、ゆっくりと歩き始める。お父さんが向かっていった方向へと一歩ずつ、棒のような足を進ませた。

 そしてようやく見つけたのは、六歳の少女にはあまりにも残酷で、悲しくて、辛い光景と、一体の首無し馬だった。


「デュラ……ハン…………!?」


 アイラの安全を考えて、お父さんは彼女に魔物のことを教えていた。名前と見た目が一致するまで、完璧に言葉だけで伝えたのだ。

 その中でも特に恐ろしいのがSランクモンスター。見つけたらまず真っ先に逃げろ。そうお父さんに言われていた。しかし、アイラにはそれができなかった。


「おとうさん? うそでしょ、おとーさん!」


 デュラハンの前足で、今まさに踏み潰されそうとしていたもの。それは、アイラのお父さん。その首だった。


「いやぁ、いやだよぉ!」


 そう叫んだアイラの体を血が汚した。デュラハンの圧力に耐え兼ねた首が破裂して、大量の血を辺りに撒き散らす。

 アイラは嗚咽した。たった一声に全ての悲しみが込められている、少女が初めて漏らした弱音。本来出るはずもない大声で喉は枯れる。

 

『逃げろアイラ』


 アイラにはそう聞こえた気がした。父さんの死はまだ受け入れられない。

 枯れた喉から何度も嗚咽と喘ぎ声が漏れる。

 それでも、今逃げないと父さんの想いを無駄にしてしまうような気がしたのだ。

 だからアイラは走った。

 ゼロに等しいお金で自分をここまで大切に育ててくれた父さんの死体に背を向けて、歪む視界なんて気にせず、ただ走った。

 しかしデュラハンは彼女を追いかけない。なぜならアイラが一切の武器を持たず、デュラハンよりも弱いのは確実だったから。

 そうとも知らずに、アイラは裸足で走り続け、森を抜けた。足の感覚がなくなり始めて、体力も限界に近づいていく。

 そこで魔物を狩っているパーティを見つけた。


「ぁの……たす、けて」


 見つけた希望に汚れた手を伸ばす。

 リーダーの男はアイラを見て顔を歪めた。


「うわ汚ねぇ! そんな格好で俺たちに触るんじゃねぇよガキ!」


 アイラは涙を流しながら頼み続けた。


「おとうさんが……まものにやられて、私一人じゃあどうしようもなくてっ!」


「それがどうした!? 俺たちには何の関係もないことだ。まあどうしてもって言うんなら、出すもん出しな」


「え?」


「だから金だよ金! そんなこともわかんねぇのか?」


 堪えることのできない涙が頬を伝うが、男たちはそんなものに興味などなかった。


「私おかねなんてもってません……でもおねがいします! おとうさんをーー」


 弱ったアイラの腹に男は蹴りを入れる。


「あ゛ぐっ!」


 地面を転がり、それでも立ち上がろうとする。

 しかし蹴り飛ばされた衝撃で腕も肋骨も脚も折れて、全く力が入らない。


「金がねぇんなら消えろ」


 パーティ全員がアイラを嘲笑う。

 言い返すこともできない。喉に力を入れようとすると、折れた骨がズキズキと痛む。泣き叫ぶことも、助けを乞うことも。

 一時間後、一人の女性がアイラを見つけた。

 口からは牙が出ていて、長い黒髪と深海のような青い瞳。彼女はアイラを抱きしめると、上半身を下着一枚になり、背中から赤い翼を広げた。

 そこからは一瞬だった。彼女は近くの町の病院にアイラを運び、必要なお金も払う。

 喋れるくらいに回復したアイラは、彼女に尋ねた。


「ありがとうございます。あの、おとうさんは?」


 彼女は俯いて小さく答える。


「ごめんなさい。私が見たのは床に倒れていた貴女だけよ」


「そう、ですか」


 彼女はテーブルの上に袋を置いて立ち上がる。


「しばらくはこのお金で食べていけるわ。何かあったら《パレロの村》へいらっしゃい」


 大きく息を吸い込んで、アイラは微笑んだ。


「ほんとうにありがとうございます。さいごにおなまえをおしえていただけないでしょうか」


 彼女も笑みを返して、言う。


「歳下だからって、敬語じゃなくていいのよ? 私の名前はローナ。またどこかでね」


「分かった。ありがとうローナさん。本当に」




 それからアイラは、冒険家ギルドの掃除役として精一杯働いた。

 しばらくして料理運びになり、書類整理になり、受付補佐となり、そして今、彼女は受付役として働いている。

 アイラが冒険家ギルドで働いているのは、デュラハンについての情報と、それを倒せる冒険者を探すため。

 そんな彼女の前に、よくない噂ばかり流れている平賊のリーダーとその弟を引きずって来た少年と少女がいた。

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