14 《ヘルプレスガード》
「なんだあれ……これがこの世界の異常気象ってやつなのか!?」
愕然と口を開きながらジルクが眺めていたのは大きすぎる雲。そこ以外は雲ひとつない晴天なのに、その一点だけは世界中の雲を固めたかのように黒く、透明。
ジルクの右側からぴょこっと顔を出したメルが、これまた愕然とした顔で答える。
「あ、あいつは冒険家ギルド指定のSランクモンスターっ!?」
「Sランクってそんなにやばいのか?」
「やばいなんてもんじゃないよジルク! 勇者である父さんがやっと勝てるような相手だよ? ここにいる冒険者なんか、アリ同然だよ!」
メルが話す間にも、住人の叫び声はどんどん大きくなっていく。それに消されないように大声でメルに問う。
「それで、あの雲みたいなやつの名前は!?」
「Sランクモンスター第四位、ファントムドラゴン!」
ファントムドラゴンの口と思われる部分が開き、紫色の光を溜め始める。
「ここにいる冒険者じゃあ手も足も出ない。なら、助けに行かないと、だな」
「うん! ジルクならそう言ってくれると思った!」
駆け始めた二人が門の前に届くのよりも早く、ファントムドラゴンの口に溜まった光が一際強く煌めく。
「投げてばっかでごめんな。それでも、頼んだぞアイギス」
右手で力強く握ったアイギスを走りながら全力で投げる。短剣だったはずのアイギスはいつの間にか一本の槍へと姿を変えていて、空気抵抗を最小限に抑えながら、住人と光の間へ割り込もうとする。
今までで一番強く発光したファントムドラゴンの口は、凝縮された魔力を光線として放った。光線に触れた空気は焦げ、住人達も同じ運命をたどろうとしていた。
特大の盾に変形したアイギスがそれを《パーフェクトガード》で防ぐ。それどころか、鏡のような純銀のおかげで光線を反射してファントムドラゴンの体を貫いた。
しかしーー
「ファントムドラゴンには、一切の攻撃が効かないんだ! 確か父さんがSランク第一位より、ファントムドラゴンの方が戦いたくないって言ってたよ!」
「まあ、俺にちょっと考えがあるんだ。昨日はメルが戦ってくれたから、こいつは俺に任せてくれ」
心配そうな顔をするメルの頭に手を乗せてから、ジルクはさらに加速した。一瞬で何軒もの民家を通り過ぎて、すれ違う人は彼を風だとしか思わない。中にはAランクの冒険者もいたが、彼を視認することさえできなかった。
門の前には未だ人溜まりができている。それを一躍して越え、両手でアイギスを掴む。遥か上空に浮かぶファントムドラゴン目掛けて、今度は全力の一躍。
五ヶ月の間、毎朝修行を重ねてきたメルとジルクはその力を余すことなく使いこなせるようになっていて、力任せに飛んで地面が割れてしまうこともなくなった。代わりに街全体が揺れるほどの大地震が発生したが、誰一人転ぶことはなかった。
両手のアイギスを十メートルの大剣へと変える。姿が変わっても一切重さの変わらない相棒に心の中で話しかけた。
ーーこのデカいのに一発かましてやろうぜ、アイギス!
おう! と答えるように輝くアイギスを中段に構えて、縦に一回転。
ファントムドラゴンに攻撃が当たらないのは、霊体であるファントムドラゴンが避けているからではなく、本来なら当たっているはずの攻撃が通り抜けているからだ。
当たっているはずなのに通り抜ける。それはつまり、通り抜けるというファントムドラゴンの防御だ。なら、彼の持つスキル、《ヘルプレスガード》は発動する。
筋力ステータスと遠心力によって威力の上がった攻撃はファントムドラゴンを通り抜けることなく真っ二つに切り裂いた。血は一切出ずに、濃い霧となってジルクの視界を邪魔する。
ジルクがなんとか地面に着地すると、メルがさっきよりも強烈な驚愕を浮かべて、お疲れ様と声をかけた。
そんな二人の両手を、霧の中から放たれた魔吸手錠ーー魔力を吸収する手錠ーーが拘束した。
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