13 嵐の前の静けさ
いつも通りに起きて、いつも通りに朝食を食べたメルとジルク。最低限のものだけをリュックに詰めた二人は今玄関に立っている。
ローナが流した涙は晴天の空で輝き、散った。テイスも目尻に熱いものを浮かべているが、親として情けないところは見せるまいと懸命にそれを食い止めている。今までで一番長く、それでいて一番短く感じられたハグを交わすとメルもついに涙を流した。
不思議とこの家で過ごした思い出の数々が蘇り、気づけばみんな笑っていた。その笑顔に手を振ってから二人は村を出た。爽やかな風が吹き抜いて、二人の黒髪を揺らす。何度も歩いたはずの山道をなるべくゆっくり歩きながらジルクは妹の手を握った。
「まずは冒険家ギルドだな」
「クエストで報酬がもらえたり、色々便利だからね」
山を下り終えた二人を出迎えたのは密度の濃い空気。その美味しさに思わず同時に深呼吸してから一つの声が平原に響いた。
「おいそこの二人! 金目のものは全部置いていけ! さもないと……どうなるかわかるよな!?」
突き出された曲刀は所々刃こぼれしていて、せめてもの情けとして警告だけはすることにしたジルクは頭を掻きながら呟く。
「おじさん、悪いことは言わないから今すぐ帰ったほうがいいぞ」
「彼の言う通りだよおじさん。ボクたちはその、加減が下手というかなんというか。つ、つまりおじさんに怪我させちゃうかもしてないから」
恥と怒りで顔を真っ赤に染め上げたおじさんは、残念なことに否定することを選んだ。
「俺たち平賊に逃げるなんていう二文字は存在しないんだよ!」
弄り甲斐のありそうなおじさんを少し虐めてみようと、ジルクは笑いを堪えながらメルの耳元で囁く。
「なあメル、平賊って何かわかるか?」
「ごめん兄さん、平賊なんて初めて聞くよ」
「しかも逃げるって二文字じゃないんだけどな。教えてやったらどうだ、メル」
「何でボクが教えてあげないといけないのさ? 確かに可愛そうなほど馬鹿で間抜けで残念な人だけど」
「おいお前ら! さっきから全部聞こえてるんだよ! いいぜ。男の情けってやつで殺す前に教えといてやろう。平賊とは、俺の所属する最強ギルド、平原盗賊団の略だ! どうだ? ギルドだぜギルド。分ったならさっさと金目の物をーー」
最後まで言わせるのが時間の無駄と判断したメルは遮って言う。
「もういいよねジルク」
「うーん、まあ、メルに剣を向けちゃったからな。せめて逃げてくれれば怪我しなくて済んだのに」
「だから俺は最強ギルーー」
そして男は地面に倒れこんだ。メルの手刀が首に直撃した男は顔から地面にダイブし、ごきっと嫌な音を立てた。
近づいて、地面に顔を埋める男をひっくり返す。間抜けなヒゲと細長い目が表しているのはその臆病さ。ジルクの予想通り、鼻がダメな方向に曲がっている。するとメルが手を合わせて言い放った。
「お疲れ様。平賊のおじさん」
「あはは…………ヒール」
鼻は元どおりの高さまで戻ったものの、意識までは戻らないようで今はぐっすり眠っている。
出発から十時間ほど西へ歩き続けた二人の目には賑やかな街の姿が映った。
パレロの村より数倍は大きい街に、ジルクは思わず声を漏らした。星空の下で輝く無数の灯火が絶景を作り出している。
果物屋でリンゴを二つ買い、その店主である女性から聞いた宿に行く。メルがお金を払い終えると、ジルクの手を引いて一つの部屋に入る。
「二部屋じゃないのか?」
「今まで一緒に寝てたんだから、いいのいいの。一部屋の方が安いしね!」
街の特徴である赤煉瓦造りの宿で、メルの甘い香りに目を覚ましたジルクは妹を起こしてから身支度を整える。
昨日の街の笑い声は何処へやら。門の前に人溜まりができていて、皆空を見上げながら短く悲鳴をあげていた。
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