12 出発前に……
炎が消えて、ついに煙が晴れた。
残ったものは男達の死体と燃え切った家の残骸。体中がそこかしこから千切れていて、メルにもそれが誰なのか確信を持って言えないほどの姿となっていた。その中にロイスがいたことも、当然気付くことができない。
地面に突き立てた短剣から手を離す。そして俯き、彼らの姿を目にした時から胸に溜まっていたものを嗚咽と共に吐き出した。
皮肉にも、空から降り注ぐ日光は、ジルクに見えないように下を向きながら流すメルの涙を輝かせる。
「ボクがもっと……もっと早く気づいていればっ! ボクに……みんなを守れるだけの、力が、あれば……っ!」
ひたすら息がつまるような嗚咽を繰り返す。悲しみを一人で抱えきれなくなったメルは、振り返り、ジルクの胸に飛び込んだ。
くしゃくしゃになった顔を胸に押し付けて、彼の服の袖を力いっぱい握り締める。
「ボク、強くなりたいっ! リオンって名乗った彼奴を倒せるくらい……強くなりたいよおおっ!」
ジルクは両手でメルを抱きしめて、頭を撫でた。その手が震えていたのは、彼も悔しさで涙を流していたからである。
イナーシャを傷つけてしまった。そのことを後悔するのはメルやイナーシャ、何より戦ってくれた村人達を裏切ることになってしまう。そうとわかってても、自分の彼女を刀で刺すというのはあまりにも辛く、ショックの大きいものだった。
そこまでしてもイナーシャを救えなかった自分自身の力の無さが、ジルクにはどうしても悔しかった。
「……俺も強くなりたいっ! イナーシャを救えるだけの力が欲しい!」
メルが顔を上げて拳を突き出す。
「これから一緒にーー」
ジルクも拳を上げて、メルの柔らかい拳にしっかりぶつける。
「ああ、一緒に強くなろう」
それから二人は涙が枯れるまで泣き続けた。
***
それから四ヶ月。
ローナを含めた女性は全員無事で、最低限の護衛として付いて行った八人の男達のために心身込めて料理を作っている。
男達はヴァンパイアの平均より高いステータスをフル活用して、村の復興のために精を出し続けていた。そんな男達の誰より頑張ったのは三人の英雄。
ジルク、メル、テイスは自ら重労働を全て引き受けた。おかげで復興のスピードはジルクの想像していたものよりも遥かに早く、村の見た目はほとんど燃え尽きる前と変わらない。
しかし、夫や息子、彼氏、友人を失った村人の悲しみだけは未だ消えそうになく、村にしては活気が少なすぎる。
そんな村人達に声をかけ続ける少女がいた。
「お疲れ様! この家の出来、すごくいいですね! 皆さんもお疲れ様! 今日も料理すっっごく美味しかったです!」
災厄と呼ばれる《傀儡の魔王》と直接戦い、真の厄災であるリオンを倒すと誓った少女、メルだ。
彼女がムードメーカーを担ってくれなければ、村はこんなに早く復興に近づくことはなかった。村人が常に希望を抱くことができたのは彼女の言葉あってこそ。
今日の分の作業が終わったので、三人は家に帰った。前のコンクリート製ではなく、簡潔な木製の家。
中では既にローナが晩飯の支度を終えていて、直ぐにみんなは食べ始めた。
「父さん、明日で五ヶ月だね……」
そう呟かれて、テイスは箸を止める。
「どうしても、行きたいのか?」
メルとジルクも箸を止めて、互いの視線を交換してから頷く。
「うん」
「俺も、行きたい」
最後にローナも箸を止めると、静かに三人の会話を見守った。
「お前たちの言うリオンは、相当強いぞ。簡単に命を落としてしまうかもしれない。もしかするとそれ以上に辛いことだってあるかもしれないんだ」
「それは、直接戦ったことのある父さんも、ボクもジルクもよくわかってる。それでも、あの日ジルクと約束したんだ。必ず一緒にリオンを倒すって」
「俺一人でも、メル一人でもリオンには勝てないかもしれない。でも、二人一緒なら必ず倒してみせる。リオンを倒して、イナーシャを救う。まだどうすればイナーシャを救えるのかは分からないけど、旅の途中で絶対に見つけてみせる」
テイスは大きく息を吸うと、最後の質問を口にした。
「敵と戦う時は? リオンと戦う時、何を一番に考える?」
二人はテイスから視線を逸らす。互いに、数え切れないほどの答えが頭に浮かんだ。逸れた視線は空中でぶつかり、そして同時に微笑む。
何を迷う必要があったか。そう心の中で叫び、同時に口を開いた。
「「ジルク/メルを守ること」」
ローナが小さく笑みを浮かべると、テイスも納得したかのように片頬を吊り上げた。
椅子から立ち上がると、テイスは壁に掛かる純銀の短剣を手に取る。そしてそれをジルクに突き出した。
「守るには、武器が必要だろ?」
反射的に立ち上がって頭を小さく下げる。
「無事に帰ってきて、必ずこの手で返すよ。ありがとう、テイス」
「その時は、父さんって呼んでくれよ」
「……努力する」
その後テイスはメルにも武器を与えた。アイギスには劣るも、最強の鍛冶師が鍛えた短剣で、柄の底には三日月の印が刻まれている。
出発前の最後の晩飯を食べきると、それぞれ手短に風呂を終えてベッドに入った。
家が変わってもメルと同じ部屋、同じベッド。メルは相変わらずジルクと二人きりになると顔を赤く染める。
「疲れて風邪でも引いたのか? 無理しなくても、出発日くらいずらすぞ?」
「え?! だ、だだ大丈夫だよ! この通り、すごく元気!」
そう言いながらメルは拳を突き上げる。
「ならいいんだけど……」
ジルクとメルは夜遅くまでしゃべり続けた。笑顔の絶えない幻想的な時間。
好きな食べ物は? 好きな色は? 誕生日はいつ? スキルの効果は? 得意な武器は?
次第に話は戦闘のことになって、互いの戦い方、クセなどを全て補えるような作戦を無数に立てた。流石に眠くなり始めたのか、メルの瞼は下がって行き、息が甘くなって行く。そんなメルに、ジルクは最後の質問を投げかけた。
「ずううーーっと気になってたんだけどさ」
「なぁにぃ〜」
頭はすでに寝ているようで、声が定まらない。
「メルってヴァンパイアだろ?」
「うん、ひゃんぶんだけねぇー」
「それでさ、その、血とか飲まないの……?」
少し時間をかけて言葉の意味を理解したメルは、慌てて飛び起きた。
「そ、そんなの飲むわけないでしょ!? もしかして、異世界ではそういうものなの?」
「まあ、な。首に噛み付いて血を吸い取るのがヴァンパイアのイメージだと思う……」
「さっきも言った通り確かに血は必要だけど、それはあくまでスキルを使うためだから」
「自分の血がないとスキルを発動できないってやつか」
「うん。ボクの場合は他のヴァンパイアよりも血がないとスキルを使えないから、短剣で腕を突き刺すくらいしないといけないんだよね」
その時の痛みを思い出してメルは少し喘いだ。
「安心しろ、メルにスキルは使わせないから」
「うんっ! ありがとうジルク」
そう言うとメルはジルクの胸に頭を擦り付けた。無邪気な顔のまま目を閉じて、囁く。
「ジルクはもうボク達の家族だよ」
「うん。本当に感謝してる」
「ならジルクはボクのお兄ちゃんになるから、このくらいは甘えてもいいよね……?」
薄く笑みを浮かべてから、右手でメルの頭を撫でる。
「いいよ。俺の大切な妹だからな」
「ふふっ」
そうして眠りに落ちた二人を、一匹の黒い鳥がじっと見つめていた。
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