釈放
百鬼を殺す刀は二本あった。それが天和御魂と闇荒御魂。
栄助の動きが良くなっていく。剣撃は相変わらず雑だが、打ち込む回数が確実に増えていっている。百鬼将も対応はしているが、随分と手が回らなくなってきた。雷の力を身にまとい、一発一発が激しい電撃と化す。貫く一閃は遂に奴の左腕を切り落とした。利き腕ではないので、刀は落とせなかったものの、大きな一歩だ。
そして、絵之木実松は腕を抑えて地面に転がった。
まるで腕を切り落とされたように。
勿論、腕は離れていない。接合されたままだ。血も溢れてはいない。ただ、その激痛は本物だった。相手と自分の感覚を共有する能力。痛みを共有する能力。奴が体験してきた過去も含んだ上で。奴は視覚を、聴覚を、味覚を、嗅覚を、触覚を共有する。鶯小町が消えたせいで痛みが返って来た。
周囲に漂っている煙が奴の腕に集まっていく。簡単に腕は再生した。偽神牛鬼は腕の感触を確かめている。幸いなことに腕の痛みも一瞬にして消え去った。不安そうに栄助が後ろを向いた。心配をかけてはいけない、目の前の敵に集中して欲しいと即座に立ち上がる。
「腕を切り落としただけじゃ駄目か」
「ふん」
百鬼の能力が滋賀栄助には効いていない。恐らくそんなことは奴にも、戦う前から分かっている。百鬼への抑止力かつ百鬼を殺害できる刀。
「一つ言い当てていいか? 私はただの病院の委員長の娘だ。剣豪じゃねぇ。でも、お前も剣豪なんかじゃないよな。その剣術、見た目に合ってないぜ。下手くそだ」
「そうだな……剣豪じゃない。私は何者でもないさ……」
★
「先生、先生」
そんな声が聞こえた。真っ黒なスーツを着て、弁護士バッチをつけて、言葉を刃として戦った。誰かを打ち負かし、ひれ伏させ、勝訴を勝ち取った。誰よりも事実を揃えて、誰よりも有力な証人を集めて、徹底的に叩き潰した。誰よりも残酷な弁護士だった。弁護士になった理由は『口喧嘩が強かったから』。ただそれだけ。誰よりも事実を突きつけるのが得意だった。
「おい、高学歴、高身長、高収入」
「ちょっと止めてくださいよ」
そんな彼にも唯一、友人と言える人間がいた。昔からお世話になった病院の委員長なのだが、今はその病院の顧問弁護士をしている。
「今度も勝ったそうじゃないか。極悪殺人鬼を世に放ったんだって?」
「そんなことはしていませんよ。彼は殺人鬼じゃなかったのです。証拠も証人も証言も無かった。だから彼は釈放された。僕はただそれを訴えただけですよ」
病院の中で廊下を歩いてる。相変わらず気味の悪い場所だ。ここに来るだけで気味の悪い悪寒がする。まるで目に見えない何かが住み込んでいるようだ。委員長が元気溌剌とした笑顔である理由が全く分からない。まるで甲子園に向かう高校球児のような笑顔。こんな幸せな人間になりたいと思い、いつも諦めてしまう。
「で、本当はどう思うかね」
「さぁ、興味はないですね。彼が殺人鬼か、そうではないか、そんなことは僕には関係ありません。頼まれたから弁護した。それだけですよ」
「また、また。そんなこと思っていないくせに」




