脇差
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ようやく一匹を始末して、残りは百鬼将だけとなった。百鬼将:偽神牛鬼。自分の感覚と相手の感覚を共有する能力。骨の様な細い角を二本持つ。髑髏のような仮面を被り白髪で、落ち武者のような鎧を身にまとい、直刀を振りかざす。激しい妖気をばら撒く百鬼。今までの敵とは違う。日本独特の妖怪や悪鬼であるように感じる。
「闇荒御魂。我が妖気を吸い上げろ」
奴の刀が真っ黒に光る。地面に漂っていた霧を吸収して波動を上げていく。腹心が死んだことなど気にも留めていない様子だ。奴は地面を蹴ると滋賀栄助に向かって刀を振り下ろす。背丈の高さが優位に働いている、栄助は必然的に振り上げる形になるので、刀同士がかち合う場面では体制が良くない。互いに両手を握りしめて相手に血肉に刃を当てようと力が籠る。
「招雷暴神立!」
栄助が戦術を変えた。曇天を展開し雷を偽神牛鬼に叩き付ける。轟音により絵之木実松は耳を塞ぐ。偽神牛鬼は感電している、苦しんでいるように見えなくもないが、奴はあっさりと立ち上がった。大空に暗雲を巻き上げる刀と、地上に暗雲を巻き起こす刀。はやり似ていると表現するしかない。
「さすが天和御魂だな。それでこそ我が脇差に相応しい」
脇差とは主兵装が破損などにより使えない時に使用される予備の武器を指す。奴は栄助の命だけではなく、刀を狙っているのだ。
「そんな名前だったのかよ。正式名称なんか知らないからさ」
「猫に小判、豚に真珠、馬の耳に念仏だな。貴様の祖父はお前にその刀を譲る気など無かった」
「あぁ、勝手に持ち出したからな」
「百鬼を切れる唯一の業物。それが闇荒御魂と天和御魂。この時代に百鬼を送り込み拙者のみが百鬼を管理する役割を担っていた。そう仰せつかっていた」
「なんだよ。お爺ちゃんのビジネスパートナーかよ」
「拙者は貴様の病院を守るものだった。曰く付きの病院、不審な死を遂げる患者、不吉な噂」
薬袋病院は訴訟の嵐だった。奇跡的な生還を果たす絶対に不可能と言われた患者を救ってみせることもあれば、大した病状ではない患者があっさり死んでしまう場合もあった。
「私は……お前の祖父を守った。取り消し、説き伏せ、揉み消し、裁かれるのを防いだ」
祖父の大いなる計画に賛同した人間の一人。そして、薬袋的を殺した人物の一人。弱い者を助け、巨大勢力に屈せずに戦い続けた侍のような男。知能が高く、見分が広く、調べ上手で、口達者。それでいて熱き正義の心を持つ。
「お前がそれを持ち出さなければ、それが我が手元にあれば、他の百鬼将など出し抜いて拙者が全てを統率していたのだ! 返せ! 盗人め! 貴様を切る!」




