植物
迦頻陵迦鶯小町。相手から痛みを奪い、苦しみを奪い、無力化する百鬼。彼女はずっと……滋賀栄助が気になっていた。いや、薬袋的が気になっていた。死にたいと言った自分を笑った、小鳥になりたいという夢を侮辱した。そんな気に入らないあの女を。
こうしでまた巡り合えたのに。私はお前のその顔など心の底から気に入らないのに。お前の事を殺そうと思っていたのに。これは運命の再開なのに。分かるか? 輪廻転生出来なかったぞ、小鳥になれなかったぞ。殺されて化け物になったぞ。お前も生き返ったようだな。さぁ、あの時の続きをしよう。お前を笑った人間が、何の希望もなく死んでお前と戦っているんだ。
「どうして……もう地面を踏んでいる感覚もないだろう。柄を握りしめている感覚もないはずだ。痛みも痒みも寒気もないはずなのに……」
感覚が無くなっていく。心の中に苦しみが消えていく。何をされても、何を言われても、何も感じなくなった。それでも絵之木実松は狂わない。泣き出しもせず、笑いもせず、怒りもいない。喜怒哀楽の一切を解き放って心を落ち着かせる。植物人間に近い感覚のはずなのに、それでも奴は真っすぐ前を向いている。
(人間の方が楽しいのに……)
また、あの言葉を思い出した。人間が楽しい、そんな事があるか。人間なんて痛みを味わう受け皿でしかない。痛みによってしか何も学べない生物だ。それなのに。
「陰陽師としての劣等感、無力感、絶望感。それが無くなれば戦えなくなるはずだ。反骨心なしで闘争心など生まれるものか。心が満たされて、私に救いを求め続けるはずなのに……」
幸せな顔、真っすぐな顔、ぶれない精神。心が落ち着いている。
「柵野栄助っ! いや、薬袋的っ! お前がアイツを幸せにしたのか! アイツただの病院の院長の娘だぞ! 英雄でもない、勇者でもない、剣豪でもない、天才でもない、怪物でもない。ただの凡人だ! ただの脳内お花畑の幸せそうな凡人だ!」
「じゃあ何で悪霊を集められたんだよ……」
「ふぇ?」
「信じていたからだ。幸せを。誰よりも幸せそうだったからだ。前を向いていたからだ」
「はぁぁぁ!!? はっ、はっ、はっ」
呼吸が荒くなっていく。涙を流しながら、胸の辺りを強く握り締めながら。顔面を引っ掻きながら。服を淫らに振りほどいていく。口がへの字に曲がっていく。苦しそうに、苦しそうに。
「嫌だ、こんなの嫌だ。こんな幸せな連中に負けるなんて。私の方が苦しんでいるはずなのに。私の方が悩んだはずなのに。考え抜いて小鳥になろうって決めたのに。それなのに!」
一瞬の隙だった。滋賀栄助が瞬間だけ実松のいる地へ戻って鶯小町の首を切った。あっさりと、何の抑揚もなく。ただ首筋に向かって横向きに切り込んだだけ。何の派手な演出もなく、首が宙に舞った。
「お前、私を友達だちだって……。友達になるって……」
「誰だ、お前」
そんな言葉を最後に鶯小町は吉原の空へ消えていった。どこかで小鳥の囀りが聞こえる。




