托卵
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「なんだお前。生きているのに、死んでいるようなものだな」
「そう。私は死んでいるの」
病院のベットの中でカーテンの外を向いて蹲る。布団を頭の上にまで被っている。
「本当はね。私は痛くて痛くて仕方がないはずなの。でも、病院が私に麻酔を入れてくれるから、今は何も感じない。私はどこも痛くない。でも、痛みがないってことは何も感じないの」
そんな言葉を無視して、ベットの横で小さな椅子に座り、薬袋的はリンゴを剥き始める。
「早く小鳥になりたい。私もあんな風に空に羽ばたきたい」
「あのなぁ。生きるってことは素晴らしいことなんだぞ」
「えぇ。だから早く『生きたい』の。早く生き帰りたい。こんな世界から生きている世界に行きたい」
「そうか。まあ気持ちは一個も分からんけど、そうなんだな」
剥いたリンゴを差し出した。彼女が食べられないことを知っていながら。
「神様ってのは前世で頑張った奴にしか、良いことを用意してくれないんじゃないのか?」
病室の女の子は一瞬震えた。ベットの上で身震いした。
「小鳥になるのだって楽じゃねーぞ。きっと」
大型の鳥類に捕食されるかもしれない。餌を満足に手に入れることが出来ないかもしれない。どこかで事故にあうかもしれない。折角卵を産んでも托卵されるかもしれない。
「そんなに小鳥になりたいのかよ。人間の方が絶対に楽しいのに」
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絵之木実松は彼女の腕を強引に引き剥がした。幸い鶯小町の腕力は大したことがない。そのまま地面を転げる。顔を上げた時には絵之木実松にかなり距離を取られていた。
「私の幻惑が通じない……」
そんなはずはない、そう心の中で思う。今まで彼より優秀な陰陽師とも戦ってきたが、それでも全員が術にかかった。抜け出せた物はいない。身体より先に心が悲鳴をあげるからだ。だが、この男は精神的な苦痛を跳ね退けた。偽神牛鬼の術といい鶯小町の術といい、この男には能力の効き目が悪い。全く通じない訳ではないのだが、一般人のそれとは明らかに違う。
あの忍者の報告は本当だったようだ。この男も少しおかしい。
「そうですかい。分かりましたよ」
独特のイントネーションで声を出す。彼女は懐から短剣を取り出した。首の近くの高さまで持っていき、短剣を握りしめる。さっきまでの微笑む顔を捨てて、殺意を持った人間の顔になった。
「術が効かなくても、ただの人間くらい殺せる。人間を殺すなんて簡単だ」
「簡単じゃねーよ。簡単な奴は人じゃない」
お札を張り付けて刀を生成する。鶯小町が百鬼である以上は殺せない。でも、必ず滋賀栄助がもう一匹を倒してこっちへ応援に来てくれるはずだ。だから……コイツを逃げないように食い止めて……待つ。




