麻酔
気を失う訳にはいかないのである。相手は百鬼将だ、栄助に存分に力を発揮して貰って戦わなくてはならない。足手纏いになっている場合じゃない。まして鶯小町に操られては、栄助の精神状態が不安定になる。邪魔になってたまるか。
「先ほどのように、痛みをもって能力を打ち消すことは出来ませんよ。このまま地面に頭を叩きつけても、何も痛みは感じません。まあ血は飛び出て大きな傷を負うでしょうが、あなたは何も感じない。私がこうやって強く腕を握っているのに、それも感じないでしょう?」
奴の細い手が腕を締め上げていた。鬼らしく指先の爪が長い。腕は青く変色しているのに、奴に言われるまでそれに気が付けなかった。鶯小町の前髪が長いので顔が見えないのだが、何やら笑っているように……違う、泣いている?
「幸せになるのなんて簡単ですよ。私の傍にいればいいんですよ」
滋賀栄助と偽神牛鬼はなおも激しい戦闘中であった。互いの刀を撃ち合い、激しくぶつかり合う。偽神牛鬼の方が剣の技術は上回るが、それを滋賀栄助は手数の多さで上回る。偽神牛鬼が悪気を巻き散らし、滋賀栄助がそれを薙ぎ払う。
「生きるも死ぬも変わらない。どうぜ死んでも生き返りんす。輪廻転生……知っているでしょう。同じ所を何度も何度も繰り返すだけ」
凶夢麻酔。思い出してきた。確か奴の物語ではそんな名前をしていたと思う。痛みが無くなることで何も怖くなくなる。生きるも死ぬも変わらないという思想に変わる。麻酔が開発されたのは江戸時代、まさにこの時代だ。それが奴の能力なのか。
「でも、事務所の陰陽師達は苦しんでいた」
「私が関係性を切った。痛みを感じる、いや痛みを増幅する身体に変えてしまったのですから。それは肉体的にも精神的にも。まあ大怪我をする前に、精神的な不安で死んでしまったんや」
麻薬を解くことも可能。感覚的には分かり辛いかもしれないが、百鬼将の右腕になっているだけはある実力なのかもしれない。強力な力を持っているのではなく、悍ましい能力を持っている。
「お前なんかに支配されてたまるか!」
「支配なんかしませんよ。あなたが勝手に傅いて、私にあやして欲しいと懇願するだけなのですから」
本当に悪霊のようだ。まるで意識を持った悪霊。しっかり自分で考える力があって、誰かと一緒に行動して、自分の意志で獲物を狙う。これが……未来の人間たちが悪霊を進化させる為の実験の成果などだとしたら、これは確かな成果を感じる。
この子は悪霊に似た何かにされてしまった。




