甲冑
大規模放電により黒霧が一瞬にして吹き飛ぶ。目線の先には侍のような姿の百鬼と、緑色の着物を着た女の子がいた。膨大な妖力を巻き散らしているのは武者の方である。骸骨のような仮面を被り、屈強な鎧を着ている。その懐には直刀。何やら暴神立と似ている気がするのだが。
「あのチビは鶯小町だな。で、もう一匹は……」
「百鬼将:偽神牛鬼」
この世界に現れた三匹目の百鬼将。明らかに他の百鬼とは存在が違う。百鬼を束ねる無敵の侍。獄面鎧王と違い、その姿は和風を感じさせる甲冑だ。落ち武者のようであり、鬼のようでもある。口から黒紫色の煙を放つ。他の百鬼とは比べ物にならない圧気だ。一体何人の人間を殺してきた。
「見つけたぞ、滋賀栄助。いや、柵野栄助か」
「それはお前たちが勝手に命名した名前だろうが! 誰なんだよ、柵野栄助って。知らねーよ」
推測が正しければ百鬼将の五体は以前に悪霊の研究をしていた関係者だ。この偽神牛鬼もそれに該当するはず。それが分かれば推測が大きく前進するのだが。
「一つ、聞きたいことがある」
勇気を持って声を出した。全ての謎を解くために。
「お前は生前に何をしていた。生前の記憶を覚えているのか?」
俳優、政治家、弁護士、作家、医者。この五つのどれに該当する。それとも……。
「貴様……弱卒の分際で口を開くか青二才め。身の程を弁えよ」
霧の中に殺気が混じった。その次の瞬間に絵之木実松は吐き気と嗚咽に襲われる。人の死体を無理やりに味合わさせている感覚だ。口に生き血を含み、人肉を噛み千切って、臓物を飲み込むような気色の悪さ。
次に視覚が馬鹿になった。懺悔の声と命乞いの音色。偽神牛鬼の目の前で対敵してきた人間が行った所業だ。次の瞬間に悲鳴と卑屈な叫びに変わる。痛みに覚える声と、人間が痛がる絶叫。それが絶え間なく両耳から聞こえる。そして、目にもそれが現れた。
「う、うわぁぁあ」
「えい」
暴神立の柄にで側頭部を殴られる。地面に転げつつ絵之木実松は正気を取り戻した。
「幻覚を見せる能力か? 百鬼の将軍がひ弱な能力だな」
違う。視覚のみが狂ったのではない。ほぼ五感の全てが奴に侵食された。しかも、それは奴が作り出した映像ではない。あれは全て現実。つまり……。
「過去の自分の五感の全てを共有する能力……」
自分の見てきた光景を見せ、自分が聞いたことのある音楽を聴かせ、自分の嗅いだことのある臭いを伝え、自分が味わった味覚を味わい、自分と同じ温度感覚にさせる。まるで『俺と同じ痛みを味わえ』とでも言いたいような能力。
「痛みによって人間は成長する。これから貴様等が味わう痛みは至上の物だ。喜べ、最後の瞬間を。この痛みに耐えられず、進化を果たす前に絶命する自分を誇るがいい」




