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未練

 迦頻陵迦鶯小町。その能力は洗脳。人間を誑かし、弱みに付け込み、精神を支配する。まるで母鳥のように、もう彼なしではいられなくなるのだ。まあ鶯小町は『男』なのだが。「ホーホケキョ」と大きな声でさえずるのは求婚のため。雄だけなのだから。


 「私は夫の方を引き離します。思う存分、滋賀栄助と戦うがよろし」


 「あぁ、そうさせてもらう」


 ★


 三匹目は逃げ出したと悟り、滋賀栄助と絵之木実松は座り込んでいた。大広間以外は使っていなかったようなので、茶の間に座らせてもらう。戦闘事態は激しくなかったので、疲れはない。しかし、精神的には削り切られていた。先ほどから二人に会話がない。


 陰陽師たちは赤子のように泣きじゃくった後、そのまま死因も分からず絶命した。心臓が止まって、呼吸をしていなかった。誰か生き残っていないか必死に確認したが、半分を越えて栄助に「無意味だからやめろ」と肩を叩かれた。意味が分からなったのは遊女は意識を取り戻したのである。悲鳴をあげて事務所から逃げ出して行った。もう声を掛けようとも思わなかった。


 いい歳をした大人が、自分より優秀だった陰陽師が、大勢で泣き喚いた挙句無惨に殺される。これを見せられて平常心が保てるほど、神経が図太くない。栄助もそれは同じだった。火傷の百鬼との戦闘で何かを訴えられていた。あの言葉が彼女にとってかなり傷ついたらしい。吉原に入る前はあんなに元気だったのに、罰の悪そうな顔をして沈黙している。


 蛇どもが陰陽師たちを殺し尽くした時も心を痛めたが、少なくともあの瞬間は対敵をしていた。戦闘の結末だという気持ちがあった。しかし、今回は殺し方が残酷すぎる。こんな殺し方……。


 「こんなことになるなんて……。百鬼のことを甘く見ていました。こんなに簡単に人を虐殺するなんて。悪鬼や悪霊と何も変わらないじゃないですか」


 「俺もよく分からないけど、そういうことだろうな」


 今まで散々、『今回は悪鬼とは違う』とか言い続けて、まるで新種の別の生物と戦っている気持ちだったが大外れだ。相手は悪鬼・悪霊だったのだ。おそらくこの世界の物じゃないというだけで。改めて自分たちが恐ろしい相手と戦っていると自覚した。


 「悪鬼とか悪霊って怨念から生まれるんです。生前の未練、恨みや辛み、誰かを憎む感情が死後に具現化したもの」


 「あぁ。つまり百鬼は元は全員死体なんだろうな。少なくともあの写真家は殺された」


 我慢の限界だった。もう耐えられなかった。彼女のことを信じている。愛している。それでも、この真実を知らずして精神が保てない気がする。何も言わないで彼女を信じるのが正解なのだろう。しかし、そんな事はもう出来なかった。


 「栄助さん。ごめんなさい。限界です。栄助さんの過去を教えてくれませんか?」

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