吉原
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江戸へ戻って来た。変わらない賑わいと並ぶ商店街に心を撫でおろした。まだ百鬼との闘いは全く終わっていないのに、それでも実家に戻って来るのは、どこか安心感があった。途中で食事をとる。蕎麦屋に入り、温蕎麦を啜る。滋賀栄助は一般の量を食べきれなくなり、絵之木実松が全てを食べ切った。
少しだけの休息、夫婦としての楽しい時間、温かい生活にこれ以上ない幸せを味わっていたが、そんな楽しい日々はすぐに終わりを告げる。江戸の奉行所は悪い意味で二人を歓迎してくれたのだ。悪鬼が暴れているという通報があった。江戸には絵之木実松以外にも陰陽師は山ほどいるはずなのだが、軒並み敗北してしまったらしい。
事件としては客の男が次から次に姿を消しているらしい。まるで誰からも知られぬままに。遊女も知らぬ存ぜぬ。おそらく今回の百鬼は男を狙って喰う特徴があるようだが、まだ百鬼を判別できない。今回の百鬼を実際に目撃した人間はいない。容姿が分からない以上は考察のしようがない。
ちなみに陰陽師の世界は男尊女卑が激しい。戦いに赴いたのは全員が男だろう。だから、全員帰らぬ人となっている。
「恐らく百鬼でしょうね。いや、そうじゃない可能性もありますが」
「いやぁ、江戸が私の潜伏場所だって知っているから、やっぱり百鬼だろ」
そんな折角の幸せを破壊してくれた奴に憤りを感じつつも、放ってはおけないと決心した。本来の陰陽師であれば、ここは一般人の犠牲など無視して親方様の元へ向かわなければならない。しかし、もうそんな忠義心は無くなっていた。滋賀栄助と行動を共にする以上は、陰陽師の格式など守れない。絵之木実松は半分は意思が固く、もう半分は自暴自棄になっていた。
滋賀栄助は喜んでいた。独眼巨人に世界蛇と強敵を相手取ったというのに、次の敵と戦えることに打ち震えている。まるで大好物を目の前に差し出された猫のようだ。目から火花が散っているようである。
「奴らはどこに潜伏していますか?」
「吉原です」
「え、はぁ!」
驚いた。それはもう盛大に。幕府公認の遊郭。そこに行けというのか。
「なんだ、そこ? 知らん。観光地かぁ?」
「吉原遊郭。風呂屋、遊女屋が集う幕府の風紀が届かない禁断と魅惑の……」
「いや、奉行所の人っ、説明しなくていいから」
陰陽師たるもの心を清く誠実に保たなくてはならない。女遊びに興するなど最も恥ずべき行為。いくら絵之木実松が式神を持たない三下の陰陽師だったとしても、日々人々を守る為に己への鍛錬を怠らない私がそんなそんな。いや、待て。その前に私には妻がいる。そもそも遊郭に赴く理由がないのだ。
「おい、何を瞑想している。行くぞ、我が夫よ! 行先が分かったのなら、さっさと乗り込もう!!」
「えぇ、吉原はちょっと……。あそこは本当にヤバイ場所なんですって」
「分かっているよ。だから百鬼を退治しに行くのだろう」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
「そうやってすぐ引き籠りたがるんだから! 行くぞ!」
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