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北欧

 「何を言っているんだ。あれは蛇で合っているぞ。大丈夫か?」


 絵之木実松の的外れた思考に滋賀栄助が冷静に返答する。


 「え、あ、はい。そうですよね」


 そう言いつつも違和感の正体が分からない。奴は海に生息していた設定だ。海蛇にもピット器官なんてあるのだろうか。深海にすむ海蛇が微妙な体温の変化を察知できるのだろうか。百鬼の物語は日本の文献が参考にならないのは今までの戦いで分かっている。だから絵之木実松は、世界の神話で得られる情報を読み漁っていた。深い内容の文献までは分からなかった。時間も無かった。しかし、猪飼慈雲が所有する膨大な数の書物を読んだ。これにより浅く広く外国の神話の文献を得た。


 あったのだ。アーヴァンクもデカラビアも。世界中の神獣の名前が。


 そして、今回の「世界蛇」のモチーフもはっきりしている。


 「ヨルムンガンド。北欧神話の怪物です。それがコイツの本当の名前だ」


 勿論、本物ではない。この作者は北欧神話を読んで、それを自分の物語として書き直した。いわば偽物のヨルムンガンド。


 「この作者は文学の天才じゃない。むしろ想像力に乏しい三流小説家だったということです。世界中の神話を自分の物語のように描いていただけ。少し装飾しただけなんです」


 こんな空中を猛スピードで泳いでいる瞬間に答えが思いつくなんて。奴は尻尾を地面に叩き付け何度も振り払おうとする。しかし、滋賀栄助の人間離れした強靭な握力がそれを許さない。


 「あと二回、雷を叩き込めばコイツは絶命します。しかし、どうすれば……」


 「なぁ。本当にその百鬼閻魔帳を書いた作者は、どこぞの神話を真似ただけなのか?」


 「そう思いますけど……」


 ヨルムンガンドとは凶暴な化け物である。落雷を浴びたくらいで逃げ出すだろうか。原作は神を殺す程の毒蛇として知られるのだが、毒を吐く姿も見受けられない。百鬼の作者が書き忘れたのか。いや、そうじゃない。まだ、何か見落としている気がする。


 「おい! 前向け! あの野郎は海に俺たちを叩き落すつもりだ!」


 無作為に突っ走っているのではなく、この蛇には作戦があったらしい。奴は海蛇だ。陸上よりも水の中の方が優位だろう。その前に、人間は海の中では息が続かない。窒息死を狙っているならいい作戦だ。


 「知能がある。それも賢い。いや、臆病過ぎるのか」


 頭部が海に潜ったことで、奴の進軍速度が今までより遅くなる。少し余裕が出来たのか、滋賀栄助が片腕を蛇から放して、暴神立で蛇の鱗を突き始めた。


 「えい! えい!」


 「手を離したら危ないですよ。って、あれ……」


 鱗が一枚剥がれた。上手く接合部分を切り裂けたのだ。そして、気がつく。この意味の分からない真実に。コイツはやはり蛇ではなかった。


 「機械だ。生身の蛇じゃない! コイツは機械だ。上手く配色で誤魔化していた!」


 そこには金属光沢のある鋼の皮膚が現れたのだ。

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