日射
物語にはオチがある。有り触れた結果や、決まっている結論には到達しない。相手は蜘蛛に見えて蜘蛛ではなかったのだ。創作上の怪物だったのである。過去の伝承の分析とか、動物の特徴とか、何の事件解決の足しにもならなかった。
「お奉行……」
「まだいたの……帰れって言ったのに」
「帰れませんよ! どうしてこんなことに……」
「助けようと思って飛び込むなよ。手堅くカウンターを受けるぞ。すぐに飲み込まないのは、我々を吊る餌にしているからさ」
そして、やはりこの女を信用できない。奴は妖怪の名前を知っていた。おそらく特性なども知っていたのだろう。あの死体が妖怪そのものである事も気がついていたのかもしれない。それなのに、それを分かった上で黙っていたのである。お奉行が殺されたのだって、この女がちゃんと教えてくれれば、回避できたかもしれないのに。
女性の死体が静かに動き始める。目玉がギョロギョロと回り始めた。口から白い糸を吐き出す。ダマになって、グチャグチャになりながら地面に散乱する。背中からは八本のトラ柄の巨大な蜘蛛の足が出現し、巣の中央から地面の方へ移動を開始した。
お奉行は完全に死んでいる。両足が蜘蛛の糸に絡め取られ、腕は食いちぎられている。生首が襲撃の際に喰いちぎったのか、地面に散乱していた。胴体だけでも回収したいが、奴が両腕で抱えている以上は助けてあげられない。
「血染蜘蛛。人間の死体を装って獲物を誘き寄せる妖怪」
そして疑問が尽きないのだが、結局は以前に話していた妖怪の定義に合致しないという点は同じである。人間と同じサイズの妖怪など聞いたことがない。小さすぎる。変身前で人間に擬態しているならまだしも、奴は既に本当の姿を現していると思う。人間を食べないのも異質さの1つだ。食事を目的としない殺人など妖怪の所業ではない。
今は夕暮れなのだが、日中に一般人に見える姿で太陽の日射しに当たる場所にいたもの頷けないし、黄昏時に行動を開始するのも異様だ。夜に姿がみえない状態で行動するのが妖怪なのに。なによりコイツ、まるで人間と蜘蛛が融合したような姿をしている。妖怪が人間に似るなんて有り得ない話だ。知れば知るほど理解不能だ。
「私一人で応戦する。絶対に助太刀とかするなよ。陰陽師の意地なんて見せなくていい。私は戦いで犠牲を出すのが嫌いなのだ」
そう格好良く言い放つと、物言わず攻撃もして来ない人間サイズの蜘蛛女に、腰の刀で居合い切りをした。血染蜘蛛は物も言わず真っ二つになり、その死体から出た緑色の液体がその場に飛び散った。