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眼球

 何も反応しない名家の党首を見るのが忍びなく、今度は親方様を注視する。だが、親方様は何の声も出さないし、簾から出てくることもない。大泣きしている陰陽師が可哀想に思えてしょうがない。


 「あの……大蛇がこっちへ……」


 「じゃあどうにかしないとね~」


 ようやく声を発したかと思いきや、水上几帳がお気楽な返事をした。穏やかで優しい声。焦りのない態度は頼りがいがあるのだが、もう少し緊張感を持ってほしい。


 「あの……逃げませんか。百鬼は滋賀栄助にしか倒せません。親方様を危険に晒すわけにはいきませんし。もう逃げるしか……」


 「馬鹿者!」


 痺れを切らし逃げる提案をした絵之木実松を賀茂久遠が怒鳴りつけた。


 「えっ」


 「正体を現したらどうだ。百鬼よ」


 賀茂久遠の鋭い声に涙を流していた男は膝から床に転げ落ちた。両手で目を覆う。今度は顔面を引っ掻き始めた。その気色の悪さに絵之木実松は座布団から転げ落ちる。猪飼慈雲は立ち上がった。それにしてもどうして分かったのだろうか。


 百鬼の妖力は感知できない。通常の人間、妖怪、悪霊と妖力の波長が全く違うのだ。だから、もし目の前に百鬼が現れても初見で判別することは難しい。そう思いつつも、座り込んだ奴の妖力を探ってみる。確かに人間の波長だと思うのだが……、確かに違和感を少し感じる。


 「相川らず素晴らしい感知能力ですね。久遠様」


 「貴様も分かっていたろうに。水上」


 えへへ、と水上几帳が笑う。猪飼慈雲は立ち上がって懐から大きなお札を取り出した。しかし、水上几帳と賀茂久遠はその場から動こうとしない。土御門芥など、まだ毬を転がして遊んでいる。目の前に敵がいて、真後ろには絶対に守らなくてはならない御方がいるのに。


 絵之木実松は唾を飲み込んだ。遂に百鬼が正体を現す。まるで眼球が勝手に空中に浮いている。


 「こいつ『からくり』か」


 機械仕掛けの右目。確か百鬼閻魔帳ではそんな名前だったと思う。百鬼のシリーズにはこの『からくり』の名を持つ者が若干名いる。生き物の姿をしているのだが、その実態は機械装置である。死体と化した生き物に憑りつき操るのだ。顔面が傷だらけになった青年は死体としてその場に崩れ落ちた。


 「あの少年。既に殺されていたようでごわすな。呼吸をしておらん」


 「う、うわぁ」


 こ実松は小さく悲鳴をあげた。ここにいるメンバーがいかに陰陽師の頂点でも、コイツを絶命させることは出来ない。倒しても何度でも復活する。


 「イノチヲモラウゾ」


 聞き苦しい機械音が鳴り響いた。目玉が赤く充血している。妖力が目玉の先に集中しているような感覚だ。


 「マズい! 何か来ます!」


 奴の目線から狙いはハッキリしていた。簾の奥、親方様を目掛けて一直線である。あの光線を発射させるわけにはいかない。自分でも驚くほどに即座に身体が動いた。実松は咄嗟に親方様のいる簾の前で両手を大きく広げる。殺すなら、自分を殺せ、心の中でそう叫んだ。


 しかし、事態は急転する。眼球が交戦を発射する前に、毬が奴を弾き飛ばしたのだ。


 「土御門芥っ」


 猪飼慈雲が叫ぶ。そこには緑色の斑点のついた赤い着物を着て直立し、百鬼を睨みつける最年少の子供がいた。目玉がグロテスクに弾け飛ぶも、すぐに残骸が空中で集合して復活する。

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